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Miles Davis『Kind of Blue』(1959)

アルバム情報

アーティスト: Miles Davis
リリース日: 1959/8/17
レーベル: Columbia(US)
「『歴代最高のアルバム』500選(2020年版)」における順位は31位でした。

メンバーの感想

The End End

 "モード(旋法)の概念を導入することでより自由にソロをとれるようになり豊かな即興性が…"という語られ方をよく目にしていたが、私の感覚では逆で、"ルールを拡張しながらもルール自体は残した"ことこそが重要なのだと思う。
 全くの自由が与えられた時、人が行うことは"落ち着ける秩序(のように見えるもの)を作る"ことではないか。制約/ルール/枠組みがあることで、初めてそこから"逸脱する"という選択肢が生まれるはずだ。
 『Kind of Blue』はまさにその、"クリエイティビティを活性化させるのは自由よりもむしろ制約である"ということを強く感じる作品だった。安定と緊張の、崩れそうで崩れない甘美な均衡状態が、脳を一番気持ちいい揺らし方で揺さぶってくる……

コーメイ

 “なんか広い、けど締まってる”。これが全体を通しての印象である。アップテンポのアルバイかと思いきや、So Whatから終いまで、間隔が感じられた。しかし、さまざまな工夫がなされている。とくに、ALL Bluesのハイハットが、間延びさせない役割を果たしており、途中から、管楽器とピアノも惰性への転ぶことを防止していたため、飽きることなく聴き終えた。そのようなアルバムであった。

桜子

 ジャズのセッションアルバムをしっかりと聴くのはこれが初めてなのだけれど、あまりハマれなかった......。こんなことを言ったら私の問題だからどうしようもないけれど、あまりにもこちら側に委ねられすぎて、聴いていてすごく試されているような気持ちになってしまった。けど、リラックスしたい時とか、電車乗るの辛い時とか聴きたいと思った。聴いていて感情を指定されない音楽だと感じたから。ボーッとこれ聴いて無心になりたい。

俊介

 諸用でエクスペリメンタルを聴く期間がここ最近続いていて、義務に駆られた感じはあるものの結局その経験のおかげでこういうアドリブ一辺倒の音楽を聴けるようになった。
 「Kind Of blue」を聴いてるはずの俺は、 知らないリズムと温度と展開に飲み込まれて、いつの間にか「Kind Of Blue」を聴かされてる側になる。
ポップス的な鋳型を上手くすり抜けて一番楽しい部分に突き刺さってきて明確な形も残さず霧中に消えてく。
 通して聴いて俺が得たのは 「Kind Of Blue」はとにかくいいよね、って高飛車かます度量とスノッブじみた鼻持ちならない態度だけだけど、そう言う訳じゃない。そういう訳じゃないのにそういう訳の振る舞いしかできないのは正しくこれを適切に評価する為の度量が足りない。

湘南ギャル

 やっぱこういうジャズにはトランペットがいいね。入れた息のうち何割を音として出すかによって、管楽器の響きは変わってくる。これがサックスだと、7〜10割の間で推移していく感覚が個人的にはあるんだけど、トランペットの場合、0.1〜10まで自由自在なんじゃないかと、このアルバムを聴いてると感じる。マイルスがトランペット激ウマ星人すぎるだけかもしれないが……。息で作り出されるニュアンスがあまりにも多種多様で、長尺のソロも楽しんで聴くことができた。

しろみけさん

 “『Kind of Blue』によってモード・ジャズが完成した”って教科書には書いてあるけど、その革新的な試みを“わかってる”人同士のセッションで作っていくってめちゃくちゃ楽しそう。いや楽しくないかも、私だったら怖気づいちゃう。こういうミーティングは胃がキリキリして、あまり好きじゃない。“わかってる”人たちは、そんな場も自らの勘で掌握していく。例えばリーダーのマイルスは余計な口を聞かないし、コルトレーンは話題の展開に事欠かないし、キャノンボールは間の挿入に集中している。アルバムの中で唯一ビル・エヴァンスに代わってピアノを弾いている「Freddie Freeloader」のケリーなんか、早口で捲し立てて爪痕を残そうとする関西の若手芸人みたい。『Kind of Blue』って、お笑い向上委員会?

談合坂

 私は何も知らずにとりあえずビルエヴァンスを、それからマイルスを聴き始めてジャズなるものを知ったたちの人間で、正直これが登場するよりも前のことは想像ができない。このバランス感覚があまりにも自分のなかのジャズ像として出来ていて、これ以前のものについて時代性を伴って何か捉えられるかというと……。でも、それを差し置いてもプレイヤーとしての魅力がしっかりマイクに拾われていることは感じられた。

 ポップスや多くの音楽には単純な時間の流れとは別に楽典に基づくコード進行があり、知識があればこの〇小節後にこの展開が来るという予見も難しくない。「Kind of blue」はそういった知識を備えたメンツが集結しているはずだが、一方で各々の感覚を元に判断した"クール"を集めたような瞬間瞬間が重なっているように聴こえる。そして、その感覚が熱情的なプレイヤーのエゴやテクニックの応酬では無く、しっとり降る雨の密やかさに通じるアンサンブルにつながっている。しかし、こうしっかり耳を傾ければ良さは分かるのだけど、たまたま耳にしたくらいだと聞き流してしまいそう。そういう意味ではニューエイジやアンビエントに近いのかもしれない。

みせざき

 この作品はジャズというジャンルを優に超えてしまう程のとてつも無く深淵な音楽世界が描かれ、表現されている。
 マイルス・デイヴィスのどの作品に比べても、本作はあまりに作品としての完成度が高過ぎる。これが全てジャムセッションによって繰り広げられているとは到底信じることができない。
 前まで好きな曲は「Blue In Green」だったが、今では「All Blues」が至高であると感じる。「All Blues」は神曲です。「All Blues」は神曲です。ジョン・コルトレーン他、あのビル・エヴァンズまで、各々のプレーヤーが固有にアドリブ取りながらD7のコードに落ちてゆくあの感覚を超えるものは無いです。
 とてつも無く素晴らしいジャズ作品がこの50年代には溢れており、どのアーティストも固有の表現力を持っていたが、はっきり言ってこの作品はそれらを凌駕する程の孤高の存在感を持っていると思う。

六月

 最初の難敵が登場した。ジャズ自体、全くその理論も歴史もちんぷんかんぷんなのに、モードジャズとか言われても。
 個人的には、このアルバムの数枚前の『'Round About Midnight』は夜の甲州街道を歩きながら聴いてその風景にあまりにもマッチしていてガツンと喰らわされた以来大好きなアルバムだし、「電化」といわれるエレキ楽器を導入した以降のアルバムも何枚か聴いてて、特に『Dark Magus』と『Get Up With It』は、なんのジャンルかわからなくなってしまってる音楽が好物な自分にとってはドストライク。だが、このアルバムは何度も聴いてその都度勘所を掴めずに挫折感を味わうアルバムの一つである。
 このアルバムがどのように音楽的に凄くて、ジャズ、そして音楽の歴史を変えたのかは、かのスーパーヒーロー、菊地成孔御大がNHKの番組で大変わかりやすく解説している。けれどそういった背景を抜きにして(というかそもそも理解できないのだが)感じたのは、“空間”、音楽に関して、一人のオーガナイザーが、演奏、そしてそれが満たす空間を独裁的に支配している音楽は数多くあるが、このアルバムも、(このアルバムに限らずマイルスの音楽は)その内の一つだと思う。全く民主的ではない緊張感が、始終張り詰めている。そういうふうに感じた途端、このアルバムと私との距離を少し、狭めることができたような気がした。またひょいとすぐに逃げられてしまうだろうけど。

和田醉象

 悪いんですけど、すごく魅力的に感じる...という物ではなかった。自分はジャズプレイヤーじゃないから、ここのフレーズがすごいとか、言えない。だけどこれがなんとなく、この後のスタンダードになったんじゃないか、っていう、ファーストペンギン的な気合い入ってるぞ、という圧力はしかと感じました。なんとなくセクシー、って感じっす。
 少し前にメンバーの推薦盤聞く企画やったわけだけど、その際ハマるものとハマらないものがあって。誰かがすごく評価されているものが自分に伝わってこねえとなんか素直に少し寂しいな。

渡田

 アルバムの始まりの、独特のゆったりしたリズムの重々しいベースの音が、まるでスタジオの個室に練習で入った時の、最初の音出しで聴く音のようだった。そこから繋がる、ドラムの音、管楽器の音も、奏者たちが隣り合って弾いている姿が思い浮かぶ。それぞれの楽器の節が完全に合っている感じはしないのだけれど、演奏者それぞれが目配せしてリズムを合わせているような、自然なリズムの合い方で、なんだかスタジオに練習で入った時の木の匂いが思い起こされてきそうだった。

次回予告

次回は、Charles Mingus『Mingus Ah Um』を扱います。

#或る歴史或る耳
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