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荒井由実『ひこうき雲』(1973)

アルバム情報

アーティスト: 荒井由実
リリース日: 1973/11/20
レーベル: Express/東芝EMI(日本)
「50年の邦楽ベスト100」における順位は9位でした。

メンバーの感想

The End End

 ここまでこの企画で聴いてきたものと比べて、圧倒的に“歴史”の匂いがしない。これは否定的な意味ではなく、今日自分の耳に入ってくるポップスと完全に水平な地平にあるものに感じたということ。もっとも、私の耳が知らないうちにシティポップ・リバイバルに浸かってしまっているからなのかもしれないが…
 エコーやリヴァーブが醸し出すシルキーなタッチもそうだが、それ以上に“切り替わった”と感じたのは楽器の処理の仕方で、“加工”の跡が見える音になった気がする。ここまで聴いてきた作品も様々なエフェクト、処理をされていたと思うけど、あくまでも“整理”のためのものというか、楽器の音にはどことなく剥き出し感があると感じていた。比較してこちらは“作り込む”意識がより顕著で、ある種スティーリー・ダンなんかにも接続できるような音像の作り方が始まったな…と。
 細野晴臣にズブズブ人間としては、「返事はいらない」のアレンジが細野っぽすぎてニコニコしながら聴きました。カッコいい。

桜子

 これ作った時のユーミンが今の私と同じ年齢なのヤバすぎる!!!!!!自分なんてまだまだだなって思う...もうこのメロディライン、曲構成の感じは現代 J-POPまで地続きしていますよね。そしてコードメロで聴かせられる魅力があるから、編曲もスッキリと洗練されたものにできていて、いつまでも聴けるなあって思います。

俊介

 恥ずかしながら初めて聴いたけどバックの演奏めちゃくちゃすごいなというのが第一感想。調べてみると豪華な演奏陣。
 自分の知ってる、「真夏の夜の夢」と「dawn purple」時代とは趣向の異なるフォーク、ポップ調の感じが新鮮。
 でも、どうしてか歌詞が今の自分にはあんまりしっくりこない。キャリア中期に顕著な「激情」とそれを押さえつける「クールさ」が拮抗してるあの詞の雰囲気をあまり感じさせない、綺麗な愛の詞が多いせいか。なかなか苦労しながら聴き終えたけど、2曲目の「曇り空」はすごく気に入りました。他の曲に比べて歌のピッチがずれてる部分が目立ってる気がするんだけど、その不安定な感じが詞のイメージにしっかり食いついてる感じがした。
 いつか、このアルバムを、この詞を恋しく感じるときが今から楽しみ。その頃、自分はどれくらい他者に優しくなれてるのかしら。

湘南ギャル

 このアルバムを聴いていて、ひとつ疑問が浮かんだ。素晴らしいボーカリストの条件って、一体なんなんだろう。「歌が上手いことに決まってる!」って声が、今にも聞こえてきそうである。実際、歌唱力がその人の音楽的実力であるかのように語られている場面を、私はたくさん見たことがある。特にソロアーティストの場合、その傾向は顕著に感じられる。
 しかし、カラオケで100点を出せる人は、必ずしも聴衆を感激させるだろうか。高音が出ているから、声量が出ているから、音程が合っているから、という理由で人はその人の歌い方を好きになるのだろうか。その答えはきっとノーなんじゃないかと思う。
 本当に良い歌手というのは置き換え不可能なものである、と私は主張したい。荒井由実だって十分歌は上手いが、世の中にはもっと歌唱技術が高い人だっているだろう。それでも、荒井由実の歌は荒井由実が歌う歌としてこの時代まで愛されている。他の歌の上手い人に置き換わることはなかったのだ。
 1stアルバムからここまで音楽を乗りこなしているなんて、聴き進めるのが楽しみだ。

しろみけさん

 コエカタマリン。僕が最も好きなドラえもんのひみつ道具だ。その薬を飲んだ人間が声を出すと、その文字がカタカナのオブジェとなって飛んでいく。のび太はこれを飲んでジャイアンに罵倒語をぶつけたり(そんなことするからまた殴られる)、自分の発した「ワ」に乗って空を飛んでいた。
この道具は日本語の特徴を端的に表していると思う。一つのカタカナに一つの音節が用意されているからこそ、オブジェとして文字を使うことが容易にできる。
 ユーミンの歌唱方もまた、この性質を巧みに活かしている。合唱団の子供のように、文字のひとつひとつを刻み込むように歌い込んでいる。きっとコエカタマリンを飲んだら角のない綺麗なオブジェになって、どこまでも飛んでいけるんだろうなぁと、聞きながら夢想していた。

談合坂

 何気なく触れる機会が多すぎてちゃんとした環境では案外聴くことがなかったのですが、思っていたよりもだいぶ賑やかで驚きました。今だと贅沢な素朴さっていかにいやらしさを除けるかみたいなところがあると思っているのですが、これはもうなんか自然にリッチで圧倒されちゃった。

 『荒井由実であれ、松任谷由実であれ、「ユーミン」の音楽は私にとって親が流していた音楽という印象が強い。私の中で"歌謡曲"という概念を作り上げたのは彼女の作った音楽だった。』こんな書き出しで始めようとしたのだけど、先日この作品のイメージを大きく変える出来事があった。
 自己紹介のnoteを見て頂ければ分かるのだけど、私は乃木坂46というアイドルが大好きだ。歌唱力とか、楽曲のクオリティとかは本当に小言を言いたいことだらけなのだけども、虜になっている。彼女たちの活動の中で「乃木坂スター誕生」という往年のポップスをカバーする番組が毎週放送されている。その番組の中でメンバー・五百城茉央が「ひこうき雲」をカバーしていた。透き通っていた。地上と真っ青な空の間にある幾層の空気の膜がそっと肌を包むような、儚くも確かな存在感のある歌声。
 このイメージを本家「ひこうき雲」という作品に逆流させるとなんだかアルバムの捉え方がシャープになった。特に松任谷正隆が奏でるオルガンの音、その拡がりはまさに透明感と確かな存在感が共存している。鈴木茂の引き算の美学の極みといえるギタープレイと重なってアルバムの持つイメージを作り上げている要素だろう。そして、この作品が一種「みんなのうた」として愛されている理由の一つにはユーミンの歌のぎこちなさ、があると思います。不完全な完璧さというか。それにしても処女作の一曲目が「ひこうき雲」って。
 「乃木坂スター誕生」はhuluで配信中!!

毎句八屯

 両親の影響でユーミンを幼い頃から聴かされていた私だが、能動的にこのアルバムを聴くのは初めてだった。ひこうき雲、きっと言えるなどの10代ながら曲構成、よく出来すぎているマスターピースは言わずもがな、私は後の"荒井由美"のキャリアのポップネスの行先を提示しているかのような3曲目に注目した。恋のスーパーパラシューターというキャッチーな題を掲げつつ、ベースとなるピアノの和音や装飾音が重すぎずとても風を感じられる。疾走感のある音たちを携え軽やかなステップを踏むことができる。かの有名なルージュの伝言や避暑地の出来事に通ずる気持ちのいい曲に感じた。いい意味で普通の人であれば欲張りたい場所に隙間があり、引き算の美学を思わせる曲。

みせざき

 松任谷時代の曲に親しみがあった関係で(車の中で親が良く流していた関係で)、大学二年という若さで作りあげた早熟な才能をより感じることが出来ました。特に透き通るようなソフトタッチの声はまた違ったイメージを感じました。でもシンプルな中にも歌詞の余韻までを感じさせるような深い感情を込めた歌い方だと感じました。特にひこうき雲が同級生の死を歌った曲だというのは知らなかったです。デビュー曲にクラスメイトの命、死を取り上げるという視点にも驚かされました。

和田はるくに

 この企画で聞くアルバムどれにも共通することだが、どれも「古い」と感じることが少ない。普遍的だから残っているわけだし、多くの人に愛されるわけだ。(いや、音とかは古臭いと思うことはあるけど)とりわけこのアルバムには日本人的な手触りを感じて聞きやすい。それはきっと、彼女が歌詞に和語を多用し、漢語を使わないからかもしれないし、あえて写真を使っていないジャケットのせいかもしれないし、シンプルな曲構成かもしれない。

渡田

 歌声、歌詞、曲のタイトル、演奏共に、不必要な比喩や回りくどさがなくて、曲のテーマとなる映像と、そこに掛かる心情が、音楽を経由しているとは思えないほどに鮮烈に自分の中に思い描かれる。
 聴く人の意外を狙うような強い飾り気はないが、それが却ってそれぞれの曲で表現しようとしている対象の輪郭をはっきりさせている。ケレン味に頼らずしてどの曲も完成しており、そこにシンプルで垢抜けた印象を受けた。
 日本語で音楽を聴く喜びを感じた。

次回予告

次回は、村八分『ライブ』を扱います。

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