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Beach Boys『Pet Sounds』(1966)

アルバム情報

アーティスト: Beach Boys
リリース日: 1966/5/16
レーベル: Capitol(US)
「『歴代最高のアルバム』500選(2020年版)」における順位は2位でした。

メンバーの感想

The End End

 素晴らしい瞬間はいくつもあり、他にはない魔法がかかったような音像は魅力的だったのだけど、一聴して正体を掴むことはできなかった。
 ステレオ版で聴き直したらより細部が見えて何かわかるかも、と思い再生してみたのだけど、何故だか最初に聴いた時感じた魔法がそこにはない。なんか、なんか、面白くない……!
 確かに各パートで何が起こっているかはより聞きとれたし、定位のバランスも今日私たちが触れるものに近かったのだけど、そのせいでただの良いアルバムに成り下がったようにすら感じてしまう。
 絶対に何かがあるのだけどそれが何なのかは分からない、だから取り憑かれるように聴いてしまうんだろうなと、5周目あたりでようやく気づいた。

コーメイ

 音が、優しそうかなと思った途端、急に厳しくなるのが、本アルバムを聴いて、考えたことであった。それは、1曲目の「Wouldn’t It Be Nice」の冒頭が、代表的であろう。まず、ほわほわした音が流れなと思ったとき、いきなりスネアが、"ドン"と鳴らされ、「Wouldn’t It Be Nice」と歌い始める。これが、一筋縄ではいかないと思わせる始まりであった。その後も、穏やかであるけれども、そのままではない、得体の知れない音が全体を通じて確認された。この不気味な感覚を体験出来た点が、収穫であった。

湘南ギャル

 前回扱った「The Beach Boys Today!」は、聴く側のコンディションをビーチボーイズに寄せた方が良く聴こえるアルバムだった。今回は違う。聴く側を強制的にビーチボーイズが描いた場所に閉じ込めてくる。イメージ的には、壁に囲まれたような場所ではなく、物語の中に吸い込まれてしまったような感じ。
 そして前回まで耳に入ってくるのはコーラスが中心だったけど、今回は歌が鳴ってない時間の存在感が強かった。持ってくる音ひとつひとつにこだわりを感じる。絶対こいつサンプリング上手いじゃん。ガチでセンス良すぎ。ブライアンウィルソンが違う時代に生まれてバンドに巡り合ってなかったとしても、J Dillaみたいな路線で最高アルバムを出してたんだろうな。それが聞けないのは残念だけど、それでも、ペットサウンズが存在する世界に生まれて来れて良かった。

しろみけさん

 サンシャイン・ポップという言葉を初めて聞いた時に「なんやそれ」と思った記憶がある。要はただ明るいだけの音楽じゃないか、と。ただ『Pet Sounds』を聞けば、その言わんとしていたことがわかる。太陽は単に明るいだけじゃなくて、例えば二日酔いの体を引きずって最寄りのコンビニまで水を買いに行く時に照っている太陽はジリジリ痛いし、西日に向かって歩いている時には目眩す陽光で行く手を阻む。そういう太陽の焦ったさが、『Pet Sounds』の輝きの中にも感じ取れる気がした。このクドい眩さは誰にも消せないし、故に孤独で寂しい。

談合坂

 全編を通してなんだかとってもセンチメンタル。映画音楽っぽいと言うのがいちばん良いような気がする。実際には存在しないけど劇中から音楽を引っ張ってきてそのままアルバムにしました、みたいな。音楽的に全く異なる領域なんだけど、自分が思い起こしたのはラブライブシリーズのサントラとかレヴュースタァライトの劇中曲アルバムとか……こう言えばアニメファンにだったら通じるのではなかろうか……。

 幼児性を携えた声やポワーンと広がる音が重なると一つ一つの輪郭が薄れ、溶け合い、例えば電子音楽やシューゲイザーといったテクスチャーに近づいていく。あと、こういう録音環境や製作環境という技術的な側面の進化の中で生み出された作品に強いロマンを感じるし、結果的に好きな要素が積み重なったアルバムだ。初めてこの作品を聴いた時は雨が降ってるな、と思った。シトシトと悲しい感情を増幅させることもあるし、恵みの雨として感謝されもする。そんな雨みたいなアルバム。

みせざき

 最初に『Pet Sounds』を聴いたのは高校生の時だった。その時は"意外にも良い曲が多いな"という表面的な印象しか抱かなかった。ただ最近『Pet Sounds』をもう一度しっかり熟聴しようと考えた。それはこの作品の音楽的偉大性に向き合うことでより自身の成長に結びつくと思ったからだ。その結果どんどん本作にのめり込むことができた。最初は何気なく聴き過ごしていた旋律がどんどん癖になっていく。そしてそれはいずれ自身の体内から切り離せない特別な旋律として刻まれていく。以下に長文となるが私の好きな曲、所感を述べさせていただきたいと思う。
 タイトル曲の「Wouldn’t It Be Nice」は、"歳を取って結婚したら幸せになれる"というあまりに単純な賛美歌であり、その後の曲たちと比べると異色な存在だ。ただなぜか、ブライアンの声のせいなのか、皮肉のような響きが一切見受けられない。20代前半のブライアン自身が目指している本心のように思える。
 2曲目からは一気にブライアンの内面的な叫びの連投となる。英国1番のバンドとして成功を収めることよりも、一人の女性・生活の為の男で居たい、今がとても辛いという赤裸々な内容が綴られている。
 「Don`t Talk」は特に大好きな曲だ。思わずシンガロングしてしまうブライアンの旋律、また途中でボーカルをかき消してしまうオーケストラが見事だ。ここまで内面的な叫びを伴った名曲がロックバンドから66年に出ているなんて本当にあり得ない。
 インスト曲である「Let`s Go Away for Awhile」も私のフェイバリットだ。特に途中の転調部分!繊細さで繋ぎ留める鉄琴からの部分、本当に見事だと思う。
 「God Only Knows」。いつ聴いてもカタルシスを持っていかれる。意外なところがキャロル・ケイのベースラインだ。ルート音が基調であるが歌い出しで高音弦のウォーキングベースを使うという抜群のアイデアはこの曲に無くてはならない1ピースとなっている。最高のベースプレイだ。
 「I Just Wasn`t Made for These Times」はブライアン自身の才能と周囲の環境との乖離への嘆きを歌っている。ブライアンの心の底から生まれた旋律は途中からのメンバーのコーラス、ハモリ、そしてテルミンによって彩られ、昇華されている。大好きな曲だ。
 「Pet Sounds」。これは12弦だろうか。エフェクターで作っている音なのだろうか。何て素晴らしい旋律なのだろう。途中からハイフレットで弾き直す部分、それに管楽器とドラムも加わり壮大に彩っていく一幕。大好き過ぎる。本当に本作はインスト曲が素晴らしい。
 「Caroline, No」。最後の一幕を飾るのはかつてブライアンを魅了した美女が年齢と共にその輝きを失ってしまったことへの嘆きの歌だ。ただそこには時間と共にかき消されてしまう人生そのものへの嘆きを重ねているように感じる。本作で一番とも言えるブライアンの高域シャウトにより幕を閉じる。
 私はリアルタイムで本作を聴いていないから当時本作がどのような衝撃をもたらしたのかは分からない。只、今聴いても内面的で孤独ながら、それを数々の才能豊かな作曲者、演奏家たちで表現した『Pet Sounds』の素晴らしさは現代でも十二分理解することが出来る。それはまるでRadioheadが90年代にやったことをこの時代で全て成し遂げてしまったかのようだ。私はこの作品が大好きだ。

六月

 複数人によるハーモニー(和声)をストリングスやらハープやらティンパニやら鉄琴などのたくさんの楽器の音(犬の鳴き声や自転車のベルなどの)が囲んでいて、出力されている音としては多重で過多といえるくらいなのに、なぜこんなにも孤独や一人ぽっちさしか聞こえてこないのだろう。ただのノーテンキなラブソングではない、ピュアであり、優しさを持つことの底なしの痛みがうたわれることに強くこころをうたれる。" wanna cry(泣きたいよ)"と高らかに歌うロックン・ロールなんてこれ以前にあったんだろうか。
 今も昔も、最上級のポップネスは、こういう究極のマイノリティ性というか、それさえも飛び越えた、本当に独りきりになった存在の内側から出てくるものなんだろうと思う。

和田醉象

 レイヤーが重ねられすぎている。絢爛な音楽だ。前のStonesが小川ならこれはかなり大きな大河みたいな余裕さだ。でも、自分ちの部屋で聞いてるのになんかのんびりできないんだよな。特に、M4「Don't Talk~」あたりからどんどん迷い路の中へ入っていくような気持ちになる。
 これはこのアルバムに心身ともにどっぷり入っていることと同等と言い換えることもできるし、単純に一言で感想を言い換えることができないので巨大な建造物に見えちゃっている、というだけのことなのか、それは今のところわからない。

渡田

 ロックとしての枠の中、クラシックやオーケストラからの引用を感じさせる音色は、一聴すると温かみや和やかさを感じるのだけれど、そうやって心地よく聞いていると、なんとなく完全にリラックスできないことに気付く。居心地が悪いとは言わないが、確かな緊張感を覚える。もちろん音楽を聴いていて緊張感を感じる瞬間はたくさんあるのだけれど、今回のアルバムの緊張感は独特のものだと思う。いわゆるサビ前の緊張感、曲が盛り上がる一寸前の静けさの時に感じる緊張感とは少し違っていて……、木製の楽器がしなやかに響く音と、子供に囁くような歌声から感じられる緊張感は、お寺を訪れた時とか、美術品を見る時のそれと似ていた。そういったものを感じ始めると時、ティンパニの音が心臓と共鳴してくるようで、穏やかな曲調に反して、焦燥感さえ感じてくる。まるで、自分と無関係な宗教の聖地に立ったかのよう。
 神聖な気分にしてくれるのは確かなのだけれど、どうしてもじっくり聴けば聴くほどに曖昧な寂しさを感じてしまう。自分が普段聴いている音楽とは音色が別種であるせいで、目の前のとても綺麗なものが、自分のいる世界とは別の世界のものだと分かりきっているような……。たとえるなら、外国のとても綺麗な場所を見せられ、深く心打たれたけれど、当然そこを住処にするのことはできない事実を再認識させられているような、考えるまでもない諦観を覚えさせられてしまう。

次回予告

次回は、Bob Dylan『Blonde on Blonde』を扱います。

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