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キリンジ『ペーパードライヴァーズミュージック』(1998)

アルバム情報

アーティスト: キリンジ
リリース日: 1998/10/25
レーベル: A.K.A Records(日本)
「50年の邦楽ベスト100」における順位は79位でした。

メンバーの感想

The End End

 楽器の音作りが、可愛い。チャーミング。そのチャーミングさが、洗練されたアレンジと歌詞のキザなタッチの角を丸くして、親しみやすい楽曲に仕上げてくれていると思う。
 そのアレンジは洗練されていながらも緻密で、DAW的な感覚を抱くものだった。全体像を把握しながら沢山ダビングできる環境ならではのアンサンブルだと思ったけどどうなんだろう。冨田恵一プロデュースであることもその印象を補強する。
 コントロールフリークを半ば自称する冨田氏は、目標とするいくつかのドラムサウンドに合わせてドラムセットを複数用意し、それぞれを入念にチューニングした上で各パーツの様々な奏法/ベロシティでのショットサンプルをマルチマイクで収音した手製のMIDI音源を使用している。(すべての曲で、というわけではないが)彼はそれを用いて理想の音色、タイム感、ダイナミクスを備えたドラムパートを打ち込みで作成しているのだが、それを知ったうえでもう一度このアルバムを聴き直してみてほしい。ため息しか出ないから。明確なイメージと良い耳があれば、”生”にこだわることがロマンでしかない境地にだってたどり着けるのですよ。

桜子

 この企画で聴いたものは、自発的に聴いているものではないものばかりなので繰り返し聴くことは実は少ないのですが、このアルバムは何回も聴きました...KIRINJIは好きな曲沢山あったけど、このアルバムを聴くのは初めてで大好きになってしまった...最高の音楽‼️‼️
 楽しくて明るい音楽が大好きなのもあるんだけど、堀込さんの歌詞って本能に従って書いている感じがして、男らしいと思うんですよね。そこが大好き。好きな人に、こんな風に想われたら、すごく嬉しい。私だったら、こんな視覚的な事ばかり歌えない。感情を景色で覚えていて、その感性が大好きです。
 そして、暗喩的な言葉を使って聴き手に想像させる余地を持たせてあるのに、感情にはめちゃくちゃ素直でいる事が分かるのが、すごくすごく素敵です。

俊介

 軽やかさの裏に日本的な風土ちらほら。表伯が強く出る瞬間が多くないですか?盆踊りみたいな。そんなことないか。
 たまに海外に旅行するときの楽しみのひとつに、旅行先でホテルから出ないで日本文学を読んでみたり、勝手に日本ぽいと感じる音楽を海外の都市を散歩がてら聴いてみたりする。
 坂口安吾なり、開高健、児玉雨子が文章が脳内で想起させてくれる日本的風景は、その目の前にあるスラムなり砂浜を物凄い勢いでかき混ぜてぐちゃぐちゃにして、みたことない景色をみせてくれるし、海外で再生してみる、marin dou、Reiko Kudo、あがた森魚は、海外の汚い市場でしかみせてくれない表情をふと覗かせる。その瞬間を楽しむ為だけに、タクシーに乗ってホテルに帰っていく同行者を見送って、てくてく現地の公園に行ったり散歩に出たりすることもしばしば。
 その中でもKIRINJIは、オーストラリアに行った時もベトナムに行った時も聴く気にならなかった。
なんとなく、KIRINJIだけがもつ変なエキゾチカの要素があるとおもう。海外にいっても際立たない微細なエキゾチカ。
 免許の類を一切所持しておらず、この前笹塚でレンタルしたLOOPに乗った時が自分にとってはじめてアクセルのある乗り物を運転した経験で、ペーパードライバーにすら程遠い自分なんだけど多分大丈夫。家から学習塾までの蒸し暑い畦道を、遅刻を恐れて自分の足でもってチャリで爆走してく15歳の耳に1番注ぎ込まれてたのはこのアルバムだったし。

湘南ギャル

 こないだのレビューで、周りの人に好きな日本のアーティストを聞いたら一位はフィッシュマンズになる気がするって言ったけど、嘘ついたかも。キリンジかも。彼らの存在を忘れてたのは、きっと私がキリンジをそこまで得意じゃないからだ。名曲と言われるものから攻めたり、編成が変わってからの作品から攻めたり、何度か挑戦してきたけれど、なかなかの難攻不落ぶりだった。サニーデイの時にも書いたことだけど、私にとってキリンジの音楽というのは、共感が生まれるほど近くはなくて、非日常に旅できるほど遠くもない。今回再び向き合ってみたものの、やっぱり馴染めんなあと思っていた。でも、それは原稿締切日の夕方までの話。その日の夜、バイトから帰ろうとすると見事な大雨が降っていた。雨具の類をすべて忘れたので為す術もなく、雨に打たれながら帰る。その時に聴いたキリンジは、今までで一番染みた。ずぶ濡れになりながら歩く事と、私にとってのキリンジ、それは非日常よりの日常、という同じ位置にいるものだった。次に傘を忘れたら、サニーデイに再挑戦してみよう。寒くなる前にその機会があるといい。

しろみけさん

 70〜80年代に活躍していたシティポップ(と呼称されている音楽を演奏していたミュージシャン)の面々と、リファレンスが近いないしは同じはずなのに、彼らの系譜にあるとはなぜか思えない。よくよく聞いてみると、それは浮世離れしていない、幾らか散文的な歌詞によるものだと気づいた。「甘やかな体」の″晴れのち曇り / 白いバイパス / 正午にテレビをつける / 鬱が停泊する″や「五月病」の″ニュータウン 誰かがきっと / 今夜シチューを食べるんだろう″といった具合に、暗い影もそこには落ちている。これを″諦念″だったり″冷めてる″と呼んでしまうのは簡単だ。ただ、少なくとも、私の知っているシティはこっちだ。

談合坂

 ずーっと綺麗な音が鳴っている。緻密に作り込まれていて、不気味なくらいに濁りが見えることがない。全くの予想外でもなく、かといって予想通りでもない絶妙な領域を縫うように展開していくような印象だった。
 ただただ心地良くなっているうちに聴き終わってしまったので、2周目を聴きながらこれを書いています。

 込み入ったルーツや複雑な要素を持っていながら間口を広げ、大手を広げて腰を落とすような佇まいを持っているものが「ポップ」だと思っていて、この作品はまさにそんな感じだ。全体を通して柔らかなタッチが心地よく、渋谷系とカテゴライズされる作品群とも共通するフィーリングがある一方で、引用元やルーツとなるミュージシャンの仕草を表面的ではなく血肉に宿すような落ち着きがある。そう、フリッパーズ・ギターとか岡村ちゃんと同じように貪欲だしムラムラしてるだろうに、めちゃくちゃ落ち着きがあるのだ。

みせざき

 流れるようなメロディーと一緒に心地よい音楽という感じ。この歌声が歌唱力で攻めている訳では決してなくとてもストレートで、聞いてるだけで自然に落ち着かせることのできる歌声がまた心地よかった。少しチャーミングな感じも、その親しみやすさもとてもよい味となっていると思う。

和田醉象

 昔からキリンジが分からず、大変な苦労をしています。
 今回改めて聞いてみて、音色や進行と歌詞とのリンクが一体になっていると感じた。楽しいときに思わず吹いてしまう口笛、悲しい時の独り言、そういう類のものの究極形、音と言葉の連帯が素晴らしいと思う。

渡田

 どのパート、どの楽器の音もしっかり聞こえる音楽。ボーカルの音を一番上層にした音の層がはっきりあって、一つの音に意識を向けてみるとすぐにそのパートを捉えられる。
 また、こうした特徴にすぐに気づかせる特有のメロディ構成もあったと思う。各パートが盛り上がったり、複雑になったりするタイミングが少しずつズラされている気がする。このせいで、ほんの一瞬だけど、あるパートの音だけが目立って聞こえる時があって、自然とそのパートに意識が向く。それぞれの楽器を意識できる感覚が、いかにもバンド音楽を聴いているという実感をもたらしてくれた。

次回予告

次回は、宇多田ヒカル『First Love』を扱います。

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