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Beatles『The Beatles("The White Album")』(1968)

アルバム情報

アーティスト: Beatles
リリース日: 1968/11/22
レーベル: Apple(UK)
「『歴代最高のアルバム』500選(2020年版)」における順位は位でした。

メンバーの感想

The End End

 12弦ギターの刺激的なソロプレイ、テープの早回し、当時の機材環境でどうやっているのかよくわからないビブラート・エフェクト(ユニヴァイブってもうあったのかな?ロータリー・スピーカーにしてはかかりがエグい)……コーネリアスの『FANTASMA』と同じくらい、"ガワの遊びをとことんやり切る"姿勢に溢れている。"先取り"なんて甘っちょろい言葉では片付かない、新たなシステムが定義された瞬間だな。
 昨今の音楽を指して"加工しすぎ、ビートルズみたいにシンプルで素材そのままの……"みたいに言う人って定期的に現れるけど、こんなにわかりやすくプレゼンしてくれているのに彼らのアティテュードを何ひとつ聴き取れてないのってなんなんだ。ビートルズが今20代だったら真っ先に生成AIを(採用するかはともかく)試してると思いますけど?
 ビートルズを褒めた後に私の髪型にケチをつけてきた会社のベテランとまとめて、両手で中指を立てておきます。

コーメイ

 様々な種類の音楽が楽しめるアルバムであった。久しぶりにBeatlesで聴くド直球のロックンロールもあれば、サイケ路線を踏んだものもあり、さらに、実験音楽もあった。この詰め合わせは、個人的に楽しかった。とくに、「Helter Skelter」にて、あの攻撃的なギターを繰り出すPaulには、今回も"やっぱりいいなあ"と思わずにはいられなかった。なぜなら、イントロから緩急がゴリゴリに効いたものが、最後まで絶妙に継続しているからだ。これによって、本アルバムを聴こうと思うほど、良い曲である。

桜子

 楽しいアルバムだ〜!しかし、聴いてみると一貫して、思ったより素朴な感じがしませんか?サージェントやRevolverを経てこのシンプルさに戻って来れる引き出しの多さに感服。カウンターカルチャーを自分の作品達で体現している。

湘南ギャル

 ひとつのアルバムとしてどう捉えていいのかわからず、少し敬遠していた作品だった。頭から聴いていたら前半の曲ばかり聴いてしまいそうで、今回はシャッフルして聴いてみた。そしたら初めてしっくりきた。良い意味でおもちゃ箱をひっくり返したような、バラエティに富んだアルバムだが、どの順番で聴いても意外と違和感がない。曲がどんな方向を向こうが、方角を決めているのはビートルズである、ということが紛れもなく伝わってくる。コンセプトから曲順までガチガチに練られたようなアルバムが自分の好みではあったが、アルバムに統一感を持たせる手法はそれひとつではないということがよくわかった。

しろみけさん

 なんかさ、前より曲を書いた人の顔が見えるの。ジョンの曲はイナたいルーツっぽいの、ポールさんは進行のアイデアを次々スケッチしていくし。ジョージの曲が一番ビートルズっぽいね。そう、ビートルズっぽい……。4人のイマジネーションが発散されてるのはわかるんだけど、その方向が違うのもわかってしまうというか。最後の嫌がらせみたいな曲も……。はぁ、なんかキンクス担とかの方が幸せそうだなぁ。

談合坂

 うおっなっが……冗談ではなく聞き通すことに意味あるのかあんまりわからなかった。"ビートルズのポップ音楽大博覧会"を順路に沿って回るようなイメージで、美術館を順路通りにじっくり回るのが苦手な私にはなかなか息苦しかった。ビートルズオンリーイベ、もしくは同人イベントのビートルズ島を回るマインドのほうがよかったかもしれない。そのほうが光る個性を楽しめる。
 「Sexy Sadie」のコードがめっちゃオタクで好きです。

  "ビートルズ"という概念と4人の天才による綱引き。もはやこれまでのアルバムのような一気貫通した雰囲気やコンセンサスは無く、各々やりたいようにやっている。「Happiness Is A Warm Gun」のもはやオルタナティブロックみたいなバッキングギターの差し込み方とノイズの美しき奔流から、「Martha My Dear」の洒脱なポップソングへの飛距離。だか、このアルバムに『The Beatles』と名づけたことでビートルズは4人の天才を内包する巨大な器だったのだと、歴史に残ることとなった。肩の力が抜けているようなナンバーには彼らの過去が、各々のソロに連なるようなナンバーには彼らの未来が。ビートルズのメンバーの個性と過去と未来が交錯する交差点みたいな作品。

みせざき

 ホワイトアルバムは音楽というものに興味を持つ以前から私の耳に馴染みがあった。
幼少期の頃車で私の父と兄はよくホワイトアルバムをかけていた。特にM6の奇妙なオノ・ヨーコの声はなぜか耳に残り続けた。
 高校の時改めてビートルズを聴き始めた。その際何回も幼少期になり続けていたホワイトアルバムは、アルバムとして、一つの作品の姿として再認識することができた。
 ホワイトアルバムが好きな理由は、この真っ白なジャケットの中に軽快なロックンロール・ハードロック(ヘヴィメタル?)、北欧の神話、王国について、オーケストレーション、黒人応援歌、子守歌、前衛音楽、そんなワードで出すと数知れない様々な瞬間が一つのパッケージとして収まっているからだ。そんな夢のようなアルバムがこの世に一つくらい存在していても良いではないか。その答えの一つが本アルバムだと思う。
 どの曲が一番好きとか、音楽的にどう優れているのか、制作秘話がどうとか、そうしたことは必ずしも大きく意味を成さない気がする。ポールの抜群のソングライティングが発揮された曲も大好きだし、勿論Whili my guitarも大好きだし、少しダレたジョン・レノンの曲も好きだし、そうした曲が集まったホワイト・アルバム自体が大好きだ。
自分が生涯の中で好きな作品の一つの前であまり専門家ぶった感想にしたくないのでこの辺で留めておきたい。

六月

 さて、どこから手をつけ、何から話すべきなのだろうか。勇気を持ち、息巻いてそのように思ったとしても、掴むどころか触れることさえ到底敵わないと思えるくらいにこの作品は本当に大きすぎるのだ。これで何度目になるのかわからないが、今回視聴した時は演奏や曲の構成よりも、本作に流れている空気のようなものが一番入ってきたかもしれない。何か剥き出しになった感。何かこれまで彼らがまとっていたベールが突然破られ、素裸の姿が曝け出された。明らかに事実であるのは、『Sgt.』以前の幸福感がここにはなく創作的にも頂点にあるはずの彼らが、何かに対する敗北、退廃的な挫折の雰囲気を纏っているということだろう。
 このアルバムを評するときにいろんな音楽ジャンルがこの一枚に集められているとか、披露されているバリエーションの多さ、むしろ大事なのはそれほどいろんなジャンルを飲み込んでいるのにもかかわらず、出力される時は"ビートルズ"の音楽になってしまうということに目を向ける方が大事かもしれない。「Savoy Truffle」というあまり話題に上がることもない楽曲があるのだが、この曲のバックトラックを聴いてみるとまんまこれはファンクやなR&Bやなと即座に何を参考にしたのか、何をやろうとしているのかがわかるのだけど、そこにジョンの歌声がのると、一気にジャンルが不明瞭になる感じがある。もっというのなら、あの難解極まりないとされるような「Revolution 9」だって、参考にしたであろうテープコラージュや実験音楽よりは少し違う、Beatles印が付いたポップソングに僕は聞こえる。この剥離は、どこから起因しているのだろう。私は黒人が作ったR&Bが本物でそれ以外の人種が作ったものは偽物だとか、そんな馬鹿げた話をするつもりは毛頭ない。でも、何かに影響を受けて、真似ようとするとき、その元となる存在との乖離することがある。ていうか進化や分化はそこからしか生まれないだろうと思う。それがどのように乖離するか、という重要な瞬間を考えるとき、このアルバムは非常に有用な観察対象になると僕は思う。
 そういえば、今作の50周年のスーパー・デラックス・エディションに収録されている本作のデモ音源集、「Esher Demos」は必聴です。どうやらインドから帰ってきた四人がジョージの家に集まって和気藹々とアコースティックに持ち寄った曲を録音している(そしてこれが四人にとって最後の仲が良かった瞬間だったそうな)のだが、これがまた、Adrianne Lenkerのソロ作に匹敵するんじゃないかというくらいの、現代でも通用するどころの話じゃない音が鳴らされていてぶったまげる。なんか『Revolver』をレビューした時にもおんなじようなことを言っていたような気もするのだけれど、やっぱりビートルズ恐るべし。

和田醉象

 他の傑作アルバムが一冊の優れた小説ならば、これは分厚いカタログだ。そう思えるほどに正しく整ってなく、集中力はないが要所要所に十分すぎるインパクトが詰め込まれている。
 他のバンドであれば、この一曲があればそこそこ有名になれるであろうクオリティの曲がゴロゴロと入っているし、挙句の果てに「Hey Jude」はこのアルバムに入っていない。(逆に入っていたらこれ基軸のアルバムになって妙な作りになっていたかもしれないし、逆にもっとバラバラで面白くない印象のあるアルバムになっていたと思う。何にせよ一枚組にしないなら抜いていて正解だっただろう)
 僕らが今、カタログのごとくこのアルバムから好きな曲を選びとって話すとき、それぞれで多分ぜんぜん違う話になるだろう。とても愉快だ。それで話しの腰が折れないほど、The BeatlesをBeatlesたらしめているアルバムだと思う。まとまりがないほどにまとまっているこんなものは他にない。

渡田

 今までもたまに聴いていたアルバム。ジェントリーウィープスを聴き終わった後も続けて流しておくと、たまに悪ふざけみたいな音色が出てくるアルバムくらいに思っていた。
 レビューのために通しで聞いてみたけれど、むしろ悪ふざけの曲がほとんどで、その中に突然変異として後々の代表曲になるような曲が出てきているんじゃないか。
 奇妙な試みばかりしているからか、その「突然変異」で出てきた代表曲の印象は他のビートルズの曲とも一線を画しているように感じた。上に挙げた「While My Guitar Gently Weeps」や他は「Helter Skelter」などは、その曲でしか得られない複雑な印象をもたらしてくれる。

次回予告

次回は、Kinks『The Kinks Are The Village Green Preservation Society』を扱います。

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