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厄除けは必要なのか?

能登半島地震、飛行機事故に
自分の人生に影響を与えたダウンタウンの松ちゃんが活動休止。

また僕の職場においても、予想しなかった人事がありました。

これら全て自分ではコントロールできない事です。
自分の出来ることに集中するべきだし、他人は基本的にどんな事を言っても変わらないので、そこに労力を使うことは無駄です。

「下手な考え休むに似たり」ですね。

しかしやっぱり・・・
頭ではわかっていても僕のような意志の弱い凡人は、どうしてもそういった情報に引っ張られてしまうのです。

しかも僕は今年本厄です。
2024年がはじまってわずか一週間で色々あり過ぎました。
とてもモヤモヤするので気持ちをリセットする必要があると感じました。

そう思ったので、正月が終わって最初の休みの日に初穂料5000円を握りしめ、厄除けに行くことにしました。

今年厄年を迎えた、凡人の厄除けの感想を書きます。

なんだか心がざわついている方は、ちょっとお付き合いいただけると嬉しいです。

自分でも意外だった厄除けの3つの感想

結論 厄除け・・・意味あったのかな?・・・
というのが今の僕の感想です。

でも同時にこれからはこういう世の中なのかもしれないと感じました。
自分でも意外だった厄除けの感想が大きく3つです。

①境内、みんな外国人
厄除けに行ったのは1月9日。
正月は終わったとはいえ、まだ初詣に来る人で境内は賑わっていました。
よくよく耳をすますと聞こえてくるのは外国語ばかり。
外見はアジア系でしたが中国、韓国人がほとんどでした。
おみくじも外国語に対応しており、ちょっと驚きでした。

ーー

②周りの雑音がすごく気になる
受付を済ますと次のご祈祷を待つ部屋に案内されました。
何もない畳の待合室。一人で番を待ちます。
すると僕と多分同じ厄年の男性が一人入ってきて、その方と2人でご祈祷を受けることになりました。

神殿の待合室

この人誰なんだろう・・・
結構気になってしまっていました。

最後に僕とこの男性2人で神殿の奥へと進み、二拝二拍手一拝をします。
なんとなく隣の男性と二拝のタイミングを合わせ、二拍手の後、今年の無事を祈ります。
僕は祈りを終え、うっすら目を開けると男性はまだ祈っていました。
それにつられ、なんとなく僕ももう少し祈りました。

さらに僕達2人がご祈祷を受けている最中に、次の番の方が待合室に入ります。
次に番は個人ではなく、仕事初めの祈願として会社の上層部らしき人達10人くらいの僕より年上の集団でした。

その人たちがまた結構ペチャクチャ次の待合室で話しているんです。
これがまた静かな神殿には響いてだいぶ気になって自分に集中することができませんでした。

ーーー

③神主めっちゃ若い
ご祈祷を行なっていただいた神主さんは綺麗な顔をしたアイドル系でした。
所作は素晴らしく仕事としては全く問題ありません。

しかし僕は心のどこかで、人生の先輩から気持ちの晴れるようなアドバイスをもらいたかったというのがあったと思います。

明らかに20代前半の若者ではちょっと物足りなさを感じてしまったのは事実です。

モヤモヤが解消するのを期待していました。
しかしあっけなく終わってしまった厄除けの儀式に物足りなさを感じ、外からぼんやりと神殿を眺めていました。

僕と一緒にご祈祷を受けたおそらく同期の男性も、僕と同じようなどこか物足りない表情を浮かべ、自分と神殿を自撮りしていました。

改めて感じた事


しかし・・・
これが今後の縮図かもしれない・・・

・自分より全然若い人に教えを乞うことや、立場が上になること。
・年齢を重ねるにつれ、アドバイスなんてもらえなくなる。
・今まで自分がやってきたことに、違う文化を持った外国人がどんどん参入してきて、共同していくことになる。
・何かをすれば、周りの特に自分より上の世代はうるさく騒ぎ立てる。
・自分に向き合う事って雑念が邪魔して、以外と難しい事。

そして何より
自分のモヤモヤを神様にお願いして解消しようという考え方。

厄年に神社で厄除けするという事になんの疑いも持たず初穂料を払う。
これ意味あるのか?という疑問を持たなかったこと。

もちろん厄除けが無意味ではないと思います。
しかし厄除けに意味をもたすのは自分自身の行動でしかない。

ーーー

そんなこんなでますますモヤモヤが増した厄除けでした。
意味があったのかは今の段階ではわかりません。
しかし僕と同じようにモヤモヤしているあなたに何か感じてもらえるんものがあれば意味はあったのかなと思います。

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