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七夕物語 in 2021/いちばん長い夜に

こんばんは。
お手紙を開いていただき、ありがとうございます。
これを読まれているということは、おそらく無事にお家に戻られたのでしょう。

今日は貴方と一年ぶりにお会いする日。
手紙を書いている今はまだお会いしていませんが、さぞ楽しい時間だろうと想像します。
きっと今年も、貴方と会っている時間は短く感じるのでしょう。
分針と分針の間に六十の目盛りを打ったかのようです。

そのせいでしょうか。
貴方に会った日の夜、決まって時間が途方もなく長く感じるのです。
普段は感じない体の重さに身を任せ、どこまでも沈んでいくような夜を過ごします。
貴方も同じ思いかもしれない。
そこで、貴方にお手紙を書くことにしました。
僕の一年でいちばん長い夜に、少しの間お付き合い下さい。

思えば、私が貴方にお手紙を渡したことはありませんでした。
今回お手紙を書こうと思ったきっかけ、それは昨年、貴方とお会いした日のことです。
あの日も楽しい時間を過ごすことができました。

最後にしていた会話、覚えていますか。
貴方はいつもの調子で軽く挑発されました。
「貴方はいつも私にそっぽを向いているんだから」と。
もちろん、そんなことはありません。
頭のなかで、然るべき言葉を拾い並べていたとき。

一瞬、今まで続いていた会話に句点が打たれたような切れ目を感じました。
貴方の前の髪を右からの風が優しく崩しました。
ふいに風が吹いてくる方向に目をやると、あたりに生えていた菅も手を振っています。
午の刻を過ぎたのはとうの前、もうお別れの時間でした。

そのとき。
貴方の目から大粒の涙が流れてきました。
頬をゆっくりと転がっていく粒に自分の顔が映りました。
そして貴方は涙が流れたことに自分で驚いていらっしゃいました。

私は既に顎にまで伝ったものを拭いながら、手拭いをお渡ししました。
貴方はそれを受け取ると、顔全体を覆うように手拭いを構え、目頭を押さえました。
手拭いの影から一瞬、貴方の口を歪めるのが見えましたが、顔から手ぬぐいが離れた頃には、素知らぬ顔で私の方を見ていました。

このときの貴方の思いを、私は今日まで井戸を掘るように探していました。
何の感情が融化したものか知りたかったのです。

感情は川のようなもの。
涙を流すときは決まって川の流れのなかにいます。
あのとき、確かに貴方は流れる川のなかにいました。
にも関わらず、意表を突かれたような表情で涙を流したのは、貴方が貴方自身の感情に自覚的でなかったということでしょうか。

もし、そうであるならば、貴方は流れのなかに入ったのではなく、悲しみや寂しさや孤独、いろんな感情が流れてくる川にずっと足を浸けて立っていたということ。
ではなぜ、貴方はそこに立ち続けていたのでしょう。
流れている感情なんて、川岸から眺めていればいいのです。

そして私は気づきました。
貴方は流れのなかでただ立っているのではなく、杭を掴みながら立っているのだと。
それは確実な未来。
一年で一度しか会えない、この定めに貴方は掴まっていたのです。

杭と貴方の体は鎖のようなもので繋がれていて離れることはできません。
感情の赴くままに流されていこうものなら、鎖が貴方を強い衝撃となって襲いかかることでしょう。
そして、激しい感情の痛みを何度も経験するうちに、貴方は杭のそばに立つことを選んだのです。
たとえ、絶えず流れてくる水に足を浸け続けることになっても、静かに、一人で、立ち続けることを選んだのです。

ここまでの推察の真偽はわかりません。
ただ、貴方の涙によって私自身の無自覚だった感情に気づくことができました。

思えば私にも押し殺していた感情がありました。

昨年、遠くに見える青い星が自転を止めたように静かに見えたとき。
貴方にお会いしたいけど会えないので、来年のために書き留めていました。

寒い日の夜、空に霜が降ったような景色を見たとき。
貴方にもお見せしたいけど会えないので、この星に似合う言葉を探していました。

どうしようもないときは、酒を飲んで寝てしまっていました。
こうして、一年間を過ごしている自分に気づいたのです。

貴方も同じ思いかもしれない。
そこで、貴方にお手紙を書くことにしました。

私たちは限られた時間しか会えないけれど、会えないという境遇を共有しています。

そう、私も貴方と同じ杭を握って立っていたのです。
私たちはそばにいたのです。

その象徴としてこの手紙があります。
思えば、文月の今日でしたね。

最後になりますが、私は貴方にそっぽを向いていたのではありません。
貴方の琴の音が止まないよう、他の動物から見張っていたのです。

宇宙の真ん中で鳴っている貴方の綺麗な音色に、私はずっと耳を傾けていたいのです。

明けの明星が文字をなぞっていくように照らしています。
貴方を思いながら手紙を綴り、長い長い夜を過ごしてきました。
どんなに長い夜も必ず明けるものですね。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この手紙を、貴方の最後のいちばん長い夜に捧げます。

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