見出し画像

"生涯独身"は、いくらかかるのか?

「老後ひとりは不安」
「生涯独身は不幸せ」

 家族や友人などからこんな考えを押し付けられる、
 またメディアを通して、こういった価値観を受け取ったりすることが、誰しも一度くらいはあったりするのではないだろうか。

「だから、早く相手を見つけなさい」

 結婚願望や恋愛願望を今まで抱いたことがない自分も、そういった"助言"をいくつも受け取ってきました。


■生涯独身は経済的にも不安な理由

 今まで受けたそういった指摘の多くは、
「ひとりは寂しいよ」や「"孤独死"したらどうするの?」
など精神面を心配するものでした。
 もっとも、孤独"死"したら、当人はどうしようもできない。なので心配してもしょうがないと思うのですが……。

 こういった精神的な「老後不安」は個人によってタイプや大小もさまざまです。自分も「不安がない」と言ったら、嘘になりますが、結婚しているひとたちとの比較をやめたり、「幸せ」の定義を自分なりに考えたりしてからは、不安の主要因である寂しさの実態がおぼろげながらつかめてきて、自分なりのコントロールと対策ができつつあります。

 ですが、依然として"生涯独身"の人生の見通しは明るくありません。

 なぜか。

 それは精神的な不安が取り除かれても、経済的な不安が未だ見ぬ先に横たわっているからです。誰かと一緒に暮らし支え合うのではなく、ひとりで生きていく――。
 こういったモデルケースは紹介されることがあまりにも少なく、自然と「ひとりでこのまま経済的に生きていけるだろうか」と先例の少なさから不安に思っていたりします。"生涯独身"という生き方に対して、果たしてどれほどのお金がかかるのでしょうか。

 今回はその「経済的な不安」を、"生涯独身"で歩んだ男性の老後というのをモデルケースに、支出はいくらくらいになるのか。自分自身を例にとって、65歳まで働いてお金を稼いでいるという前提で、算出してみることにしました。

■65歳以上男性の単身世帯、支出の月額平均は約15万円

「自分を例にとって」と書いたのは、実は総務省の家計調査では既に65歳以上の単身世帯(=ひとり暮らし)の男性の月額平均支出を弾き出しているのです。(厳密に言えば、"生涯独身"以外の死別、離別をした男性もこの中に含まれています)

家計調査 / 家計収支編 単身世帯 2020年分より (単位は円)

 税や保険料などを除いた消費支出で13万6923円2019年の家計調査年報によると、60歳以上の高齢単身無職世帯の非消費支出(税、保険料など)は12,061円、とのことなので、その金額も加えた実支出は14万8984円、約15万円ほどになりました。

 月に15万円かかるのか、と思いますが、この数字だけを見ても、イマイチ実感を持って捉えられません。そこで、家計調査の用途分類を細かく見て、自分が65歳を越えた「れいすいきおじさん」になった気持ちで、内訳にある飲料代や電気代などのそれぞれの項目から支出を予想し算出していきました。

■モデルケース 「れいすいきおじさん」

 今から約35年後、「れいすいきおじさん」の主な暮らしぶりは以下のとおりです。

・定職はない。そのため基本、暇。
・都内のマンションにてひとり暮らし。
・日課は読書、図書館に通って調べものをすることもある。
・趣味は月1回のひとり旅行。
・1日2食。
・週に2回、国立国会図書館に行く、たまに喫茶店に行く。
・週に1回友だちと会う。
・月に本を5000円くらい買っている。
・DAZNとAmazon Prime、YouTube Premium、NETFLIXに加入。

れいすいきおじさん、都内在住、65歳以上、男性。

 とんだコンテンツ吸収おじさんですが、まあこれだけいろいろやっていたら暇はしてなさそうです。

 次に1日2食、その食事の中身を見ていきます。

・朝昼兼用食事
納豆ご飯(米3/4合)、
たまごかけごはん(米3/4合)、
カロリーメイト(4個入の1箱)+シリアル(+牛乳300ml)、
カレーライス(米1合)、
麺類(1袋)

以上、5本柱をその日の先発のようにして、ローテーションを組んで食べています。

・夕食
ごはん1合+おかず
麺類(1袋)

を1日ずつ交互に食べていきます。夜はたまに外食にいくからか、淡白ですね。

■れいすいきおじさんの支出は?

 では次に、このおじさんの生活ぶりから算出された支出を見てみましょう。

比較のため、さきほどの65歳以上男性、単身世帯データを再掲しています。
その右にあるのが、れいすいきおじさんの支出金額。(単位は円)
セルが青くなっているのは平均を下回った支出、
赤のセルは平均を上回った支出を示している。

 どのように計算したか。
「1.食料」を例にとってみてみましょう。この項目の分類を細かく見ていくと、穀類>米と穀類>パン、穀類>麺類などがあります。

このように「食料」と一口にいっても、細かく細分化されている。

 さきほどの食事メニューから、1ヶ月30日のうち、朝昼兼用のメニューはそれぞれ×6回訪れます。ここで米が計15合使われています。
 また、外食5回を除いた25回の夕食機会のうち、12回ごはんを主食とした食事をするとして、夕食に使うのは12合とします。
 米1合はタイガーさんのHPによると約150gとのこと。月15+12合で27合を換算すると4050gになります。

 まれに麺類を食べたあとに、「シメ」としてご飯を入れることがあるので、4200gとして、5kgの8割ちょっと。
 5kgを今の自分は2000円以内で購入していますが、年を取ると同じようなお米には飽きて、もう少し良いお米を食べたいと思っているはずなので、3000円と予想。1ヶ月分で計算し、その8割+αの2500円をお米代の支出として算出しました。

 このような感じで細かい内訳から、れいすいきおじさんの1ヶ月を想像し、数字をはじき出していきました(と、かっこよく言っていますが、要は妄想です)。

■衣食住は低く抑える倹約おじさん

 1日2食という生活スタイルから(あっ、察し……)という感じかもしれませんが、れいすいきおじさん、食べることにあまり興味がありません。
 表にある1~5の衣食住に関する項目は低めに抑えている傾向が見て取れますが、都心のマンションに住んでいるれいすいきおじさんは管理費と修繕積立金がかさみ、住居の費用に関してはやや平均を超えてしまっています。
 その頃にはニッポンも空洞化、人口減少に歯止めがかからず、郊外の建物は空室が目立っているでしょうし、マンションは誰かに貸して、自分は安いところに住むというのもありなのかもしれません。

■平均から70倍超えの異常な支出

 とはいえ、見過ごせないのが、「7.交通・通信」「9.教養娯楽」です。いったい、このおじさんは何をそんなに浪費しているんでしょうか。

 どうやら、このおじさんはひとり旅が好きなようです。正確には一緒に行くひともいないからひとり旅になっているようですが、とにかく旅が好きなんですね。
 そのため、仕事をやめ、割と時間に余裕がある65歳になってからは国内を、時に海外をところ狭しと旅をしています。1ヶ月に関東圏以外の国内に旅行するのがデフォルトのため、65歳以上男性の単身世帯平均が2,003円なのに対し、れいすいきおじさんは38,500円と10倍近く交通費にかけています。このおじさんは車をもっていませんが、3ヶ月に一回は旅先でレンタカーを借りたりしているみたいです。車を持ったほうがかえって安上がりなんじゃないですか、おじさん。ねえ。

 次に教養娯楽です。ゴルフやバイク、盆栽のようなものを使った趣味ではないため、毎月かかる5000円の本代も平均的な娯楽の値段としては、さほど高くありません。ではなぜ、ここまで平均より高い金額になっているのか。
「宿泊料」に答えがありました。65歳以上男性の単身世帯平均は216円。しかし、このれいすいきおじさんは70倍近い15000円もかけているではありませんか。
 なんでも、どこか旅行に行ったら、現地の宿で宿泊もしたいらしく、「若いときのようにゲストハウスには泊まりづらくなった」と愚痴をこぼしながら、ちょっと落ちついた小綺麗なホテルやビジネスホテルに泊まっているそうです。これも車中泊をすれば……と思わないでもありませんが、おじさんにしかわからない宿には宿の良さがあるんでしょうね。このおじさんは旅が好きなんだからしょうがない。自分の首を締めているのはおじさん自身ですから、外野がとやかく言う話ではありません。

■「交際費」に関するおじさんの考え

 ところで、「10.その他の消費支出」もだいぶ高めです。これは一体......?

 その他の消費支出は主に美容室やタバコなどの諸雑費が内訳に含まれますが、ほぼ1000円カット(2ヶ月に1回、2200円カット)で、タバコを吸わないこのおじさんは諸雑費に関しては微々たる額です。
 しかし「交際費」はとたんに平均以上に跳ね上がっています。他のおじさんたち(65歳以上男性の単身世帯平均)が12179円に対し、30000円。どうしてしまったのでしょうか。

 どうやら、ここにはれいすいきおじさんの哲学が隠れているようです。話し相手がいないからか、何かを語りたげなおじさん(=約35年後の自分)の解説に耳を傾けてみましょう。

「自分が若い時に比べれば、結婚をしないひとり暮らしの人が多くなりました。ただ、その分、『ひとり暮らしであれば、みんな仲間』という雰囲気でなくなり、グループがより細分化されていきました。なので、話し相手も『同じ者同士だから』で、作れる時代は終わりました」

 じゃあ、れいすいきおじさんはどんな人と付き合って、交際費が高くなっているんでしょうか? 2人以上の世帯の場合でも高くても19000円~20000円ほどです(2020年時点の家計調査のデータ)。

「今は高校時代のともだちと、自分と同じアセクシュアルと呼ばれるセクシャリティーで、なんとか生きてきた同志みたいな人たちとかと会うことが多いですね。ただ、これも自分から付き合いをしていって、関係を維持していないととたんに薄れてしまう、そんな危機感はあります。
 昔、社会学者の上野千鶴子さんが、著書『おひとりさまの老後』で、『友人にはメンテナンスがいる』と言っていたんです。友人関係にそんなドライに『メンテナンス』だなんて……と当時は思っていましたが、今になって『たしかに関係を維持するために必要な考え方だ』と思います。寂しさと付き合うため、そして家族、近隣との人付き合いがない孤独な独居老人が"孤立"しないためには重要な習慣だと思う」

 このあたりからおじさんの口調は、聞き手の自分と通じるものを感じたのか、少しくだけてきます。

「だから、たしかに交際費は平均的な値段よりかは高いかもしれませんが、自分からしたら"必要経費"なんですよね。週に1回くらいは知り合いに会いたくなるから、LINEとかで連絡とったりしてね。孤独なのに人付き合いのお金が結婚している人よりかかっているって笑っちゃうけどね。でも結婚して疎遠になった友だちとかも、死別、離別したりして、自分と同じ独居老人になって、またよく話すようになったりして……。人生って何があるかわからんね」

だったら、時たま会うくらいでよいのでは?

「だって、自分が寂しいからって、いきなり何十年ぶりに声をかけられたら、嫌でしょう? 僕も迎え入れたいけど、え? 急になんだろう? とはなるよね。だから、僕も会いたいなって人にはできるだけ定期的に会っているんですよ。まあ、そもそも人を迎え入れようとする姿勢だったり、この人となら付き合ってもいいかと思われる魅力がないとこの「メンテナンス」も成り立たない、つまり会っても、もらえないっていうね(笑)。ひとりだと必ず来る寂しさを補完しあうため、独居老人同士が顔をあわせている側面もある。まあ、要は互助会みたいなもんですよ。あんなビジネス、若い時はなくなるとおもっていたけど、今もあるとは……」

 話が長くなりそうなので、途中で切り上げましたが、"生涯独身"の高齢男性が交際費にお金をかける理由はわかりました。こういった交際費を含め、合計していくと、おじさんの支出は税や保険料を含めて約18万円。平均寿命を83歳として65歳以降の高齢者としてかかる費用は、月18万円×12(1年)×18(年分)。一生を終えるまでに3888万円が必要な計算になります(これも概算になるが……)。
 はたから見ると、お金が余分にかかっている、ひとりで寂しそうな独居老人。
 ただ、嘆き節をこぼしながら、どこか幸せそうな表情をして口を突き出すように語る姿が印象的だった。

このおじさん、支出の詳細はどうなっているのだろうかと気になった方は
→コチラ 「食」編「衣」「住」編「娯楽」編


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?