発端
2018年4月16日。
その日は春めいた、天気の良い日だったように思う。
私は大手スーパーの精肉部門に勤務していたのだが、その日は珍しく仕事が早い内に片付いた。
普段は12時間から14時間程度は働くほどの激務なのだが、なぜかこの日ばかりは定時で上がれそうだった。
しかし普段の激務のせいか、定時でみんな一斉に帰ることに慣れていなかった私たちは、早く帰ればいいものをなぜか時間を潰そうと
「どうせだからみんなでコーヒーでも飲もうか」
と、同僚たちと喫煙室に行って談笑をすることにした。
「明日何売る?」
「予算いくらだっけ?」
「花見シーズンも終わってるしそんなに忙しくないよね」
そんな話をしながら、ダラダラと時間を潰す。
私は禁煙をしていたのだが、付き合いで喫煙室に入っていた。
正直、煙は嫌だったが、そんな事よりも仲間と話す方が楽しかったこともあって、それほど気にもならない。
多少吸いたくなることもあったが…
17時、ゲラゲラと笑いながらバカな話、下世話な話に花を咲かせている内にどんどんと時間は過ぎていく。
ひょっこり顔を出した副店長に「お前ら…帰れるなら早く帰れよ?」などと言われながらも、やはり楽しくて話が弾む。
職場は全店舗中でも基幹店舗であり、売り上げもトップクラス。
かなりの激務だったが、人間関係は悪くなかった。
むしろ良すぎるくらいで、一般的に考えれば常識はずれな勤務時間でも苦にはならなかった。
ここに来る以前、私は小規模店舗に転勤を断って長く勤めていたのだが、その時はそれほど忙しくもなかったし、むしろワークライフバランスの取れた職場だった。
しかし転勤を断っていたため、待遇面では最悪な状況だったし、出世も見込めない。
それでもその店舗に長く居座っていたのには理由がある。
大きな理由としては、私の実家からすぐ近くの店舗だったからだ。
実家に住んでいたわけではないが、実家近くに家を借り、頻繁に実家に通っていた。
なぜ実家に通っていたのか、ここに大きな問題があったのだ。
私は三人兄弟の長男として育った。
私は小売業、末っ子の宗次は教員、しかし次男の大輔が問題だった。
「統合失調症」
この病気を聞いたことがある人は多いかもしれない。
大輔がそうだった。
しかも重度の統合失調症。
ある時、大輔が大学に通っていた頃、突然引き籠るようになった。
大学にも行かなくなり、結局中退することになったのだが、その後は一応仕事には就いた。
なんとか探して実家近くの港で、港湾作業員として働きだしたのだが…
ある日突然
「職場に兄貴を殺そうとしている奴がいる!あんな奴と仕事はできない!」
と言い出し、職場を半ば遁走するように辞めた。
その後は自宅に連れ戻されたのだが、父に
「オレは頭がおかしくなった!病院に連れて行ってくれ!」
と懇願するようになる。
しかし、精神疾患や障害者というマイノリティに対する、偏見と差別意識を持っていた父は、そんなことは認められなかった。
父は本当に差別意識の強い人だった。
悪い人間ではないのだが、考え方が古い。
私が妻と結婚する際も、妻の身内に知的障害者がいる事を理由に、強く反対していた。
そんな父だから、大輔の必死な訴えも一蹴した。
「頭がおかしくなったなんて馬鹿なこと言ってる暇があったら働け!」
そう言って家業の手伝いをさせた。
半ば無理矢理にだ。
当然のことだが、全く仕事にはならない。
わけのわからないことを延々とぶつぶつ言っていたようだが、客前に出せるわけもなく、家業の手伝いも断念せざるを得なくなった。
そこからも両親に病気だとは認めてもらえず、放置されて仕事を探すように言われ続けていたのだが、ある日を境に
「父さんも母さんもオレを殺そうとしている!自殺させようとしている!命が危ない!」
と言い始め、暴れて暴力を振るうようになっていった。
その頃、私は遠方にいたのだが、偶然にも実家近くの店舗に異動することになった。
何も知らずに実家に顔を出した私は驚愕することになる。
家中の壁に穴が開いているのだ。
「何これ!どういうことなの?」
と私が尋ねると、大輔が暴れるのでどうしようもないと聞かされた。
わけのわからないことを言って話にならないとも聞かされた。
私は知識があったので、症状から統合失調症ではないのかと、父と母に言ってはみたが「馬鹿な事を言うな!」と怒鳴られてしまった。
そんな事もあって、私は何か起きないように実家の横の借家に住んでいたのだ。
その間も説得を続けた。
「病院に行かなければ大変なことになる!」
「治らない病気だから薬を飲ませないと危ない!」
そう言って説得した結果、ようやく渋々精神科に連れていく事を了承してくれた。
診断結果はやはり、統合失調症。
症状が出始めて診断が下りるまで12年。
もう症状はどうしようもないほど悪化していたので、即日入院という流れになった。
そこからは入退院を繰り返し、病院を転々としたが、症状は一向に良くならない。
奇行も日常茶飯事で、酷いときには
「兄貴の家から電波が出ている!死んでしまう!止めてくれ!」
と言いながら我が家の玄関のドアノブを壊さんばかりに回していたこともあった。
そうかと思いきや、突然おとなしくなって、何日も部屋に引きこもり、顔も能面のようになる日も続いた。
これが理由で、私は生活苦ではありながらも、転勤を断って実家のそばにいたのである。
しかしやはり生活は苦しい。
どのくらい苦しいかと言えば、手当なしで手取り17万円。
妻も私の実家で働いていたとはいえ、厳しい金額だ。
正直限界がきていた。
そんな時、母から「家は大丈夫だから、あなたは転勤して出世しなさい」と言われたのである。
私は「大丈夫なのだろうか…」と思いながらも…
「生活苦から抜け出せる!仕事の評価もいいし出世できる!いいポジションにも行ける!」
そんな思いが勝っていた。
それだけ生活が苦しかったのだ。
案の定、転勤を受け入れると言ったら、売り上げトップクラスの基幹店舗のサブマネージャーとして異動することになった。
その後はマネージャーへの昇進も織り込み済みだったようだ。
収入も上がったし、出世も決まっている。
激務ではあったが、生活も楽になった。
正直な話、私は実家のことなど忘れて浮かれていた。
今思い返せばこの時の判断が正しかったのか疑問に思う。
そして転勤してからちょうど一年、私は実家のことなど露ほども気にせず、仲間とタバコの煙の揺らめく喫煙室で談笑を楽しんでいたのだ。
そして事は起こる。
みんなで談笑を始めてちょうど1時間半が経過しようとしていた。
時刻は18時30分前後。
唐突に私のスマートフォンが鳴り始める。
「なんだよこんな時間に。だれだ?」
などと思いながら液晶画面を見やる。
父からの電話だった。
「何だろうな?何か用事かな?」
軽い気持ちで電話に出た私は
「もしもし、なに?どうしたの?」
と言う。
しかし返答はない。
声をかけ続けても一向に返答がないのだ。
「なんだ?」
と思いながらも声をかけ続けるうちに気が付いた。
受話器越しに物音がする。
ドタン…バタン…
そんな物音だ。
呑気な私は
「なにやってんだよ。早く出てくれよ、面倒だな…」
と半ば切ろうかなと思いつつ、しばらく待っていた。
そしてもう切ろうかと思った矢先、父が電話に出た。
そして一言…
「母さんが刺された!救急車と警察呼んだから帰ってこい!」
必死な声だった。
でもくぐもっていた声で誰だか判別できないし、正直現実味のないことを言われたせいもあって、私は
「え?誰?なに?」
などと馬鹿な事を言っていた。
それに対して父が言う。
「父さんだ!いいから早く帰ってこい!」
私はようやく事が尋常ではないことをうっすらと認識し始めていた。
でもやはり思考が追い付かない。
「そんなことあるわけない!」
そう思っていた。
しかし段々と頭が回転し始める。
最悪の予想をし始める。
当然だ、実家の現状を鑑みれば誰がやったかなんて容易に想像がついたからだ。
しかし1年間、実家を省みていなかった私には到底理解の及ぶ出来事ではなかった。
心の奥底で
「実家はもう大丈夫!」
そんな思い込みがあったように思う。
未だ私は現状を飲み込むことができず
「なんか母が刺されたって電話で言ってたんだけど…」
そんな事を同僚たちに言っていた。
ざわめく一同。
当然だ、普通に生きていればそんな事態に出くわす事なんて万に一つもないだろう。
誰も何も言わない。
静寂。
私の頭は次第に混乱し始めていた。
「え?どうしよう?どうしよう?どうしたらいいんだ?」
という考えが頭の中でミキサ-のように回転し始める。
考えているくせにそこから思考が一切進まない。
完全な混乱状態だった。
何を思ったのか私は同僚に
「ちょっと…タバコ一本くれない?」
と言っていた。
何を考えていたのかは定かではないが、とりあえず落ち着きたかったのだろう。
同僚は
「いいよ!とりあえず吸って落ち着こう!」
と言ってタバコを差し出す。
私は禁煙していたにもかかわらず、タバコを咥え、ライターを借りて火をつける。
ジュっというタバコに火のつく音…
久方ぶりのズンッとした肺に煙が充満する感覚。
紫煙を吐きながら、ニコチンの作用だろうか?
思考がまとまるのを感じた。
ここまで来てようやく
「帰らねば!」
という思考に行きついたのだが、やはり思考がそこから先に進まない。
帰る手段を考えられない。
「帰らなきゃ!新幹線?電車?どうしよう!どうしよう!」
そんな思考状態だった。
口をついて出てくるのはどうしようという言葉ばかり。
口にしたところで思考は進まない。
見かねた同僚が声をかける。
「ここはもういいから!早く帰って!」
それを言われてやっと、「帰る」という決断ができた。
「電車は時間がかかりすぎる…新幹線も待つ時間が惜しい…そうだ!店舗の屋上にレンタカーがあった!」
そこまで考えついた私は同僚に
「ごめん!あとお願い!」
とだけ言い、その日、公休日だった上司に事情を説明して急ぎ帰ることにした。
時刻は19時前、店舗内のエレベーターまで走り、上りのボタンを押す。
意味はないとわかっていながらも焦る私はボタンを何度も押していた。
エレベーターが下りてくる時間が苛立たしい!
ようやく来たエレベーターに乗り、屋上駐車場に着く。
レンタカーまで走り、その場でスマートフォンを使って車を予約し、カードをかざし、認証して乗り込む。
車に乗り込んで発進し、市街地を高速道路に向けて走る。
しかし時間が時間だけに道路が混んでいる。
当時地方の都市部に住んでいたこともあってか、帰宅ラッシュの渋滞が凄まじい。
酷く苛立った私は怒りに任せてハンドルを叩きながら、クラクションを鳴らし、高速道路までなんとかたどり着く。
高速道路に入ってからの私の運転は酷いものだった。
アクセルはベタ踏み、追い越し車線を延々150kmで走りながら前方を走る車をひたすら追い抜き急ぎ実家へ向かう。
途中再び父からの電話が鳴る。
私は運転中にもかかわらず、ひどい運転をしながら電話に出る。
「母さんは総合病院に運ばれたからそっちに来い!」
そんな内容の電話だった。
私は酷く嫌な予感に支配されると同時に、どこかで楽観視もしていた。
「なんだかんだ言って、大したことないんじゃない?死ぬほどのことでもないだろ?」
そんな事を頭の片隅で思っていた。
高速を馬鹿みたいなスピードで走りながら地元の総合病院に着く。
時刻は20時過ぎ。
急ぎ病院に入ったが、誰も見当たらない。
受付にも誰もいない。
医師も看護師も見当たらないまま、父を探し病院中を走り回る。
「イライラする…何で誰もいない!」
イライラしながら、どのくらい走り回っただろうか。
ようやく父と鉢合わせした。
頭に巻かれた包帯。
腕と足にはギプス。
それ以外にも傷が多数見受けられたが、かなりの重傷だった。
「なにが…」
そんな馬鹿みたいな問いが口をついて出てくる。
「大輔が暴れてな…止めようとしたんだけどな…母さん刺されて死んでしまった…」
そう言われた。
私の頭は思考停止していた。
言われている意味が分からない。
「母さんが死んだ?死んだってなんだ?」
そんな思いが頭を駆け巡る。
何も言葉が返せず呆然としている私を見ながら父が
「何でこんなことに…」
とボソリと漏らす。
その一言が私を現実に引き戻した。
「母は死んだんだ…大輔に殺されたんだ…」
それが現実として私の心に重くのしかかった。
現実として認識したからといって、何か言えるわけでもない。
父に何も言葉をかけられずただただボーっとしていたところに、末っ子の宗次が到着した。
宗次も最初は事態を把握しておらず
「母さんどうしたの!大丈夫?」
などと言っていたが、同じように事実を突きつけられて、何も言えなくなっていた。
ただ誰も涙するでもない、怒り狂うでもない。
ただ淡々とこれは現実なんだという思いと、非現実感の狭間で葛藤していたように思う。
とりあえず、立ちっぱなしも父には辛いだろうと思い、診察待ちのためのベンチがあったので、そこにでも座ろうと促す。
ベンチに腰掛け、誰も何も言わず、ただただ時間が過ぎていく。
空調の稼働音、チッチッという時計が時を刻む音だけがやたらと良く聞こえるほどの静寂。
「夜中の病院とは静かなものだな…」
そんな現状にそぐわない思考が頭をよぎる。
まだ何も感情は湧き起こらない。
ただ母が死んだという現実は、現実なんだという認識が持てていた。
沈黙が支配する中、ただただ時だけが過ぎていく…
私は耐えられなくなったのか、父と宗次に
「なぁ…タバコでも行かないか?」
と言う。
正直それどころではなかったと思うが、他に気の紛らわせ方など思いつかなかった。
この時点で私は禁煙していたことなどどうでもよくなっていた。
父と宗次も沈黙と静寂に耐えられなかったのか
「行こうか…」
とボソリという。
病院の外の喫煙所に行き、宗次と父はタバコを吸い始める。
私は気を利かせて三人分の缶コーヒーを買い、コーヒーをすすりながらタバコを吸った。
何本も何本も吸ったが、特に美味しいとも感じていなかった。
ため息代わりにタバコを吸っていたように思う。
涼しげな夜風が吹いていた。
星は町明かりで見えなかったが、心地の良い夜だった。
父も宗次も無心にタバコを吸っている。
私も安堵感を欲してタバコを吹かしていた。
安堵感などやってくるはずもなかったが。
唐突に父が言う。
「この後警察が来るんだった…戻らないとな…」
そうボソリと呟いた。
私も
「そうか…殺人事件なのか…」
と当たり前の事をこの時点で認識した。
三人で待合に戻り、警察を待つ。
時刻は22時を回っていたが、一向に警察はやってこない。
イライラしたが、イライラしたところでどうにもならない事もわかっていた。
ふっと話声がすると思い、前方を見やる。
看護師に付き添われたスーツ姿の男性が目に留まる。
慌てふためいた様子で、でもどこか嬉しそうな、期待のこもった声色で看護師と話をしている。
私は直感的に
「あぁ…奥さんが出産するのか…」
などとぼんやり思っていたが、あまりに対極的な構図に皮肉さを感じた。
かたや大事な人を失ったという現実を飲み下せないまま、呆然と時が過ぎるのをただ待つばかり。
かたや生まれてくる命に歓喜の色を隠せないでいる。
「こんな皮肉な鉢合わせがあるかよ…」
そう一人胸の中で思う。