「会社全体で“性”を考えていくファーストステップに」 ー Panasonic FUTURE LIFE FACTORYが、個“性”をアップデートする理由
すべての人が胸を張って、自分だけの幸せを選べるように。
2021年2月、Panasonic FUTURE LIFE FACTORYが、ジェンダーロールや安全・健康、関係性などの観点から、個“性”の幅広さについて理解と知識のアップデートに取り組むプロジェクト「YOUR NORMAL」をスタート。REINGは同プロジェクトのコンセプトムービー『#ThinkYourNormal』とWEBサイトの企画プロデュースを担当しました。
家族や友達、そして自分自身が持っている「普通」との比較で、答えの出ない悩みとぶつかる思春期。同じ価値観や考え方を強制するための「普通」という形のない概念ではなく、一人ひとりが持つ感情や価値観を肯定できるように。そんな想いを込めて、オリジナルな“普通”を体現する5組の出演者によるありのままの暮らしを描いたムービーは、社内外からも色々な反響があったそうです。
「企業として性を取り扱うことはデリケートな試みだった」と、語るのは担当者の白鳥さんと東江さん。REINGと議論を続けてきた担当者たちに、コラボレーションの背景や企業として取り組む姿勢について語っていただきました。
写真左から
田中 佳祐(NEWPEACE / クリエイティブディレクター)
白鳥 真衣子さん、東江 麻祐さん(パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY)
大谷明日香(Creative Studio REING / 代表)
ー まず、FUTURE LIFE FACTORYの活動について教えていただけますか?
白鳥:FUTURE LIFE FACTORY(以下、FLF)は「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、具現化していくパナソニックのデザインスタジオです。パナソニックがメインストリームでユーザーの課題解決をするとすれば、私たちは人々の価値観や意識の変化で生まれてきそうなニーズをキャッチして、クリエイションをすることが大きな特徴です。自分たちで描きたい未来を洞察し、実際に形にすることを大切にしています。いろんな部門から召集された、会社のなかの横断的なチームです。
東江:この2年間は主に「自分を知る」をテーマに置いて、活動していました。自分と、その周辺を知ること。というのも、そもそも弊社は人々の暮らしをアップデートすることを目指していますが、自分らしくアップデートしないと幸せになれないと思うし、一番最上位にあるのはやっぱり「幸せ」だよね、という話をよくするんです。そのためには自分を知ったり、周りを知ったり、そこから始めるのがいいんじゃないかということで、このテーマを中心に置いたんですよね。
生活・暮らしを扱う企業が
“性を取り扱わない理由”も無いはず
ー そんなFLFが、ライフステージにおける個“性”の向き合い方をテーマにプロジェクトを立ち上げ、REINGにご相談いただいた背景をぜひ伺いたいです。
東江:最初は本当に漠然と、何も言語化できていない状態でした。社内ヒアリングを通して「性の話ってできていないよね」というモヤモヤから始まって、どうしたら社内にも還元できるような形になるんだろうとスタートしました。
白鳥:色々なモヤモヤを集めたものの、それをどう形に落とし込むかは悩みました。例えば親子で、性の話を子どもにどう教えたらいいのか分からないという声や、お互いの健康についてパートナーとどうやってコミュニケーションしようか、イライラしているときに空気を読むのがいやだという声、セクシュアルコミュニケーションについての悩みとか…。でも、一人の人生で、ステージが変わるにつれて性の話が広くなっていくことに気づいて、年代ごとの提案に最終的に落ちつきました。
大谷:最初にお話をしたときは「FLFで性関連のテーマをやりたいと思うけど、どうしよう?」って段階でしたよね。そのとき「なんで性関連の家電ってないんだろう?」って一緒に話したのを覚えています。性というカテゴリーだけが暮らしのなかで置き去りにされているというか。ハグやキスといったスキンシップの幅やセックスの前段階のコミュニケーションが、実は自己肯定感とか自分の幸福に関わってくるんじゃないかって、そういう話をしてたんですよね。それで、生活・暮らしを扱う企業が“性を取り扱わない理由”も確かにないなと、ハッとなりました。
白鳥:そうそう。大谷さんには全く別のプロジェクトでお世話になっていましたが、その当時結構そういう話をしましたね。REINGがジェンダーバイアスを問い直すコンセプトの商品を作られていることも知っていたので、性のプロジェクトを相談するなら「じゃあもうREINGさんしかいないよね!」「話をしに行ってみよう!」みたいな(笑)。今思えば、めちゃくちゃ短絡的ですが、そもそも性をテーマにクリエイティブに取り組まれている会社が少ないなかで、REINGさんは私たちにない視点をお持ちだと思っていました。
田中:形から入っていかないのがいいですね。まず形を作ってからどう伝えようかってなりがちじゃないですか。ちゃんと思想があった上で、どうやって形にするかを考える。その転換がすごくいいなと思っていました。
大谷:実を言うと、そういうラフなフワッとしたご相談から始まったから、最初は私たちも全然イメージが湧かなかった(笑)。それに、性やジェンダー関連のことを大企業でプロジェクト化するのってめっちゃ難しいじゃないですか。だから、最後までできるかわからないだろうなとは思ったんですよ、正直な話。でも、根底にあるプロジェクトに対する取り組み方や、社会や未来をこういう風に考えていきたいよねっていう姿勢がお互いに擦りあっていたのでお二人はいつも形にちゃんと落としてるから、議論するプロセスもめっちゃ勉強になるだろうなって思って。「今日のアジェンダは!」と決め打ちでいくよりは、ふわっと議論していきましたね。
田中:アジェンダ切るのが必ずしも正解じゃないから!しかもそういう風に進めているから、社内もなんとなく進んでいる感じを共有できて、実現できたのかもしれないですよね。いきなり「これをやります!」って決め打ちでいったら、「いやいや…」って反発されるかもしれないけど「こういうことを考えてるんですよ〜」ってお二人が徐々に社内を巻き込んでいったのがよかったのかもしれないですね。
ニッチなものとして捉えられずに、
“自分ごと”として捉えてもらうために
ー プロジェクト名に「YOUR NORMAL」を掲げるまで、どんな議論をされたのでしょうか?
東江:性っていうとイメージの偏りが強くって。どうしてもセックスやLGBTQだけの問題だというイメージを持たれやすかったんです。でも、性という単語は外したくなかった。個性と普通を結びつけたのは、個性という言葉で性をちょっと強調する方向だったらマイルドだし、性が自分の個性を構築する基盤になることを伝えられると思ったのと、「性は取り立てるものではなく普通のこと」という頭でいたから。遠くの人のことではなくて、あなたのこと。ほら、毎日ご飯食べるんでしょ、性もそういうことだよ、と。
白鳥:社内でもいっぱい考えて、REINGさんにも相談して。それこそ伝わりやすさをめちゃくちゃ大事にされていたから、一瞬で伝わる言葉を色々とご提案いただきました。正直、私たちからすると「YOUR NORMALって、普通すぎる」という意見はありました。最初はなんか違うんじゃないかって。でも、私たちのような会社が個人に向けて届けることに意味があるんじゃないかって言われたときに、確かにって思えたんですよ。
大谷:たくさんヒアリングしましたよね。そのなかで「あなただけのノーマル、あなたらしいノーマルを考えよう」という意味で YOUR NORMALがいいんじゃないかというのは、実はREINGのインターンメンバーから挙がった声だったんですよ。自分たちだけだと思い入れがめっちゃあるから、加減がすごい難しかったけど、ちょっとだけ客観的な視点を入れられたのはすごくよかったですね。想いと伝わりやすさのバランスを取りながら、このプロジェクトが一部の人たちだけのものとして捉えられずに、ちゃんとマスに、できるだけ多くの人に自分のこととして捉えてもらうことが課題感としてありました。マスに向けたプロモーションに強い佳祐さんをチームに巻き込んだのもそのあたりを期待してのことでした。
田中:メッセージの伝え方って色々あると思うんですけど、理屈だけじゃないってことですよね、多分。理屈だけじゃない、なんだか心動かされること。だからYOUR NORMALっていう名前は、独りよがりにならないってところが最終的な決め手だったと思います。とはいえパナソニックの名前が入ってこのメッセージを発信されるわけだから、企業発信だからこその意味付けをどう接続させるかはめっちゃ考えましたね。
白鳥:社内からも「なんでやってるの?」という反応も多かったのですが、お二人や制作に関わった皆さんと「なぜパナソニックが、このプロジェクトや映像をやるのか」を何度も問い直して、何度も気付きがありました。
大谷:今回プロジェクトにグラフィックデザイナーの福岡南央子さんと映像監督の山口祐果さんも相当一緒に議論をしてくれましたよね。この表現を世の中に出すにあたって、プロジェクトとしての思いがちゃんと伝わるかどうか、普通じゃないと言われてきた人々の存在を描く責任について、時に対立しながらも議論をして制作しました。ビジョンがFLFのお二人のなかにちゃんとあって、それに向かって全員で対話できて議論を交わせたことが大きかったと思います。
性に触れない現状への危機感
視点を変えて、ファーストステップに
ー やはり、大企業となるとアウトプットまでの過程は難しいこともたくさんあったと思うのですが、社内のコミュニケーションはどうされたのでしょう?
東江:まず、会社のなかでも「とりあえずやってみたら?」と言ってもらえる部署なので、それは大変ありがたかったです。また、今回のムービーはコマーシャルではなく、私たちのプロジェクトを伝えるための“コンセプトムービー”として位置付けていたので、それで通せたのもありますね。
白鳥:そうそう。ムービーをやりたいというのは早い段階から考えていたんです。性を扱うプロジェクトなので、私たちの意図を正しく伝えるためにも、意識変容のためのビジュアルやメディアは必要だよねって。だから、社内で心当たりのある部署や広報にも色々と話を聞きに行って、「これぐらいの表現で…」「主語はこれぐらいのサイズで…」と射程範囲を狙っていきました。皆さんと議論する過程で、プロジェクトのテーマや伝えたいメッセージが「自分らしく生きるために性をやりたい」とはっきり固まっていったので、社内でも反対する方はほとんどいなかった。
東江:社外も社内もとりあえず連絡してみるかー!っていっぱいしてみましたよね。モヤモヤすることもあれば、怒りが込み上げてくることもあれば(笑)、勇気をもらうこともあって、いろいろでした。「パナソニックとして発信するには、ちょっとね。判断できる人がいないのでは?」ときっぱり言う人もいたんですが、出来上がったムービーを観て、その人がとても共感してくれて。このムービーに共感してくれた社員は結構多くて、社内でも新しい繋がりが生まれました。「俺もそう思ってたんだよな」「こういうことってマイノリティの人だけじゃなくて俺の話でもある」と言ってくれた人や「ワークショップやアイデアを具現化したりするとき、声かけてほしい」って言ってくれる人もいました。
田中:素晴らしい!YOUR NORMALという取り組みがハブとなって、いろいろなところで火がつけれたら本当に変わっていけそうですよね。デリケートなテーマだったけど、そういう反応があってすごいよかったです。裏テーマに“インナーの意識変容”もありましたもんね。だからそこが実現できたのはめちゃくちゃ嬉しい。もともと横断プロジェクトとして始まったわけではなくて、二人が横断させちゃったって感じ。いろんなところに声かけて。対話を社内でもされたっていうのは大きいですよ、なかなかできないよね。だいぶ体力使うから。そのモチベーションはどこから湧いてきたんですか?
白鳥:この会社に、これがなかったらやばいっていう“危機感”でしょうか。人々の幸せを考えてきた会社だからこそ、多様化・個別化の時代にあって、性がフォーカスされてきたなかでそこに触れてないっていう現状はやばいんじゃないかという気持ちがありました。性は社会的にもこれから凄く重要なテーマになるし、気になっている人もたくさんいる。視点をちょっと変えるだけでいろんな人に届くかもしれないし、もっと当社の良い商品を広く使ってもらえたり、困ってる人に届けられるんじゃないかみたいな気持ちもあって、やるべきだなって。とはいえ、大きな予算が動くケースだったらこうはやれなかったと思うのですが、逆に言えば、だからこそFLFとしてクイックに動いて反応を見て、社内にフィードバックできたらという気持ちでいました。企業として扱い難いテーマであるからこそ、会社全体で性を考えていくファーストステップにしたかった。だから頑張りたかった。
大谷:「そういうのってマスに届かないよね」「大企業はやれないよね」から考え直したわけじゃないですか。そこから発想できるのがすごい。大きな企業が「いやそうじゃない、できるかもしれない」という可能性を見つけられたら、他の企業にももうちょっと動きやすくなる人がいるのかもしれませんね。一方、ただ口だけのコミュニケーションになってないか?ちゃんと実態を伴うか?は大事なポイントです。そういう意味では、過去にパナソニックとしてダイバーシティのコミュニケーションやインクルージョンの取り組みを進めてこられた実態があることは改めて重要だと思いました。ムービーを観た人の受け取り方は様々だと思いますが、これが企業としてファーストステップとなる取り組みだとしたら、それが普通になる日までやり続けることの方が大事ですよね。
具現化できないモヤモヤを、
いろんな手法や視点で具現化していく
ー YOUR NORMALプロジェクトの試みとして、美容家電に関連したビジュアルも制作しました。モデルにはわき毛を生やす人、アートなメイクを楽しむ人、髭をたくわえた人それぞれキャスティングしましたが、いかがでしたか?
白鳥:私たちの視点を別の何かで表現したら、実際にモノに落とし込んだらどうなるんだろうという試みの一つとして、ビューティーに着目しました。従来のターゲット層ではないけれど、同じニーズを持つ人たちに向けてメッセージを発信するとしたらどうなるのか。今回繋がった皆さんと一緒に考えてみたいと事業部に相談したのがきっかけです。YOUR NORMALが訴求する個“性”の一つに性別もあるので、そういう表現に近い部分としてビューティーがいいよね、と。
田中:わき毛を剃るか剃らないか自分で決めているミカさん、遊び心をもってメイクを楽しむエドちゃん、そして華道家として美を創り出す大薗さん。性別も職業も異なる3人に、実際に商品を使ってみて発見したことや美にまつわる価値観を、ヒアリングでは存分に語ってもらいましたね。
白鳥:ヒアリングで特にハッとしたのは「毛があるか無いかではなく、トリマーで薄くするという選択肢がよかった」というミカさんのお話でした。毛の長さにもグラデーションがあっていいという価値観に、0か100じゃ無くて“中間”があるという選択肢に個人最適のヒントがあるのかもしれないと考えさせられました。これまでターゲットど真ん中にしか聞いてないことが本当にいっぱいあったと思うんですけど、そうじゃない層にもお聞きすることって面白いからもっとやっていきたいなと。自由に意見を交換しながらリアルな声を聞き続けていけたら、これから面白い商品も出てきそうだなーって、ちょっと思ったり。
大谷:ヒアリングの仕方から他とは全然違うのかもしれないなと思っています。お二人が取り組んでいるヒアリングの考え方って、価値観とか考え方とかそっちの方からプロダクトに落としていく感じ。モノを作ってる会社なんだけど、モノ起点じゃないところが今までと違う捉え方だし、新しいモノの生まれ方なのかなって思いました。そこもREINGとめっちゃ近いと思うんですよ。そのモノを届けたい人がどういう価値観の人で、どういう生活を目指していて、そのモノがあることによってどんな暮らしに変わっていくのかをヒアリングできたとして、そこからモノが提案できたらいいですよね。最後に、今後お二人が取り組んでいきたいことを伺ってもいいですか?
東江:そうですね。YOUR NORMALプロジェクトを続けていきたいと思いますし、今回のムービーやビューティーのビジュアルのように、自分達から社内外に声をかけて事例を作っていきたいと思っています。対話して、議論していくのはすごく大事だなと思えたし、我々ができることと言えば“具現化”が一番の強みだと思うので。今回の反響を受けてやっぱり続けていきたいと思っています。
白鳥:私たちが特にこの2年間、想いとか具現化できないモヤモヤしたものをどうやったらモノ化できるのか挑戦してきたので、そういうのがなくならない活動ができたらと思いますね。具現化できなかったものを、いろんな手法や視点をもって具現化していくのが味噌なミッションな気がするので。そういう人の感覚とかこぼしがちなものを拾っていくのをなんかうまいことやれたらいいよねって思います。
Interview / Text / Direction: Yuri Abo
Interview Photo: Kotetsu Nakazato
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今回、REINGが制作したムービーやビジュアルは、近年FLFが取り組んでいるプロジェクトから生まれたプロトタイプを一堂に会して展示する「DIG UP! あなたと考えるプロトタイプ展」にてご覧いただけます。お近くにお立ち寄りの際はぜひ!詳しくは下記リンク先をご参照ください。
DIG UP! あなたと考えるプロトタイプ展
2021年3月12日(金)~25日(木)11:00~20:00 ※入場は終了の30分前まで
【場所】NewStore by TOKYU HANDS(東京都中央区銀座5-2-1 東急プラザ銀座7 階)
【入場料】無料
FUTURE LIFE FACTORY
「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、具現化していくパナソニックのデザインスタジオ。ユーザーの課題解決や、テクノロジーを中心に置いた従来の商品開発だけでなく、未来洞察を基にした、人々の価値観の変化や社会課題を起点としたクリエイションが大きな特徴。従来の常識にとらわれない発想で、新規事業の種や未来のくらしのビジョンを世に問いかけている。
Co - creation for non-binary world.
- 二元論ではない多様な社会のための協働 -
Creative Studio REINGは 見えない“普通”という風潮をつくってきた従来のマーケティングやクリエイティブ、メッセージのあり方に疑問を投げかけながら、これからの時代を生きる人々に何を発し・伝えていくべきかを問いかけています。コミュニケーション戦略設計・プロデュース・クリエイティブ制作等のご相談は staff@reing.me までお気軽にお問い合わせください。
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