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初めてビッグイシューを買った話

ビッグイシューという雑誌をご存じだろうか。都市部に住んでいる方であれば、目にしたこともあるかもしれない。
このたび初めて購入することができたので、これまでを振り返った上での感想などなどを書き残しておきたい。

ホームレスが売る雑誌「ビッグイシュー」

「ビッグイシュー」とは、路上生活者や生活困窮者の社会復帰の支援を目的として刊行されているストリート新聞である。
発祥はロンドンで、wiki情報によると現在は10か国ほどに展開されているらしい。日本で始まったのは2003年。

事業のしくみは以下の通りだ。
販売を希望する人は、最初に10冊を無料で提供され、定価450円で販売することができる。それ以降は1冊220円で仕入れるので、1冊販売するごとに230円が販売者の収入となる。それを元手に、さらに仕入れを増やしていく。収入が増えれば、生活再建のチャンスにつながる。

つまり、販売者は施しとしてではなく、自分で販売の仕事をした結果として収入を得られるわけだ。
ビッグイシュー日本いわく、「ホームレスの人の救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を応援する事業」である。*1

販売場所は原則路上で、販売者が立っていい場所はビッグイシュー日本が細かく指定している。そのため、神出鬼没で出会えるかは運次第、というわけではなく、販売場所に行けば購入できる可能性がある。
※ビッグイシューのホームページに販売時間の目安が記載されているが、たまに不在のこともある。

なお、路上販売は今のところ主要都市に限られているため、全国配送可能な定期購読による協力も呼びかけられている。

内容は著名人のインタビューもあれば、社会問題について当事者や専門家による記事もある。月2回刊行されるため、時勢に沿った内容が多い。

ところで、(多くの社会事業がそうであるように)ビッグイシューも批判を受けることがある。主には、「貧困ビジネスではないか」というものだ。あとは、シンプルに「胡散臭い」とかいうやつ。

個人的には、自分できちんと調べた上で自信を持ってそう判断しているならそれは個人の自由だと思うが、大体の場合は単純によく知らないことによる偏見なのではないかと考えている。

こちらのnoteがこれ以上ないくらい明快に説明してくださっているので、あとは譲りたい。

なぜ今まで買わなかったか

特別な理由はない。昔は関心がなかったから。近年は毎回タイミングを逃していたから。

私がビッグイシューを知ったのは中学生の頃だ。たまたま中学の最寄り駅付近が販売場所に指定されていたので、学校帰りに見かけることがあった。

しかし、誰が何を何のために売っているのか、とか知ろうとしたことがない。雰囲気から、ホームレスの方っぽいな、くらいには何となく察していたが。
たぶん自分の経験の範囲内でしか想像できない年頃で、正直「あんな薄っぺらくて何が書いてあるか分からない雑誌、わざわざ路上で買う人なんかいるのかな」と横目に通り過ぎていた。

ある意味では「買う人なんていなさそうなのに、なんでいつも立っているんだろう」と疑問を持つ程度の関心はあったが、その理由を調べようとするほどではなかったのだ。
当時はまだガラケーの時代だったので今のようにすぐ手元で調べる文化はなく、家に帰ればPCはあったものの、その頃にはとっくに別のことで頭はいっぱいだった。

今となればなんと想像力に乏しいことかと反省できるが、少なくとも経済的には恵まれた環境で育った凡庸の中学生なんぞそんなものである、とも言い訳してみる。当時は、難関校に進学した中学生なりに熱中していた勉強があったのだ。

時はだいぶ進んで、大学卒業後、初任給がなかなか良い会社に就職した。物欲があまりなかったこともあり、最初の3年でしばらく困らない程度の貯金ができた。

実はその3年目がちょうど2020年にあたり、経済全体は大打撃を受けていた頃だったのだが、幸いにも世間ほどコロナの影響を被る業界ではなかったことで収入は安定していたので、そのあたりから「自分がすぐに必要にならない分は、社会に回そうかなぁ」と漠然と思うようになっていた。

ちなみに、私は稼ぐこと自体は結構好きだ。給料は高けりゃ高いだけ良い。
ただ、とりあえず必要な分はもう手元にあるから、それ以上は貯め込んでいるより経済回した方がハッピーな人増えるんじゃない?くらいの軽い気持ちで生きているだけである。

ともかくもそういう心境と懐の変化があって、それからは寄付やクラウドファンディングをよくするようになった。やや遅れて、ようやくビッグイシューの存在を思い出して、仕組みや意義を調べた。

率直に、なるほどなぁと思った。というより、むしろ私のような意志薄弱な人間にはありがたいしくみだ。
社会問題に関心は持ちながらも、自分が身を投じるだけの勇気を持たない人間にとって、普段の生活の中に少し行動を追加するだけで「一応できることからやっている」と言い訳することができるのだから。

しかし、今度はなぜかうまいことタイミングが合わない。
行きに勇気が出なくて「帰りこそ声をかけるぞ」と思っていたら販売時間が終わっていたり、販売時間をネットで調べてから赴いたら不在だったり。

東京在住なのにこんなにもエンカウントしないものかと一人憤慨するほど買う機会に恵まれなかった。(とはいえ、最初の数回は自分の勇気の無さ故であることは白状しておかなければなるまい)

そうして、本日ようやく満を持して購入できたのである。

販売者との普通の会話が普通に楽しかった

帰りがけの駅近くで例の赤いユニフォームを見つけた。以前にネットで「優しい人が多い」と読んでいたので、今日こそはと意を決して近づいてみた。
すると、(帽子とマスクで表情は分かりづらかったが)穏やかな声で「こんにちは」と会釈され、何月号があるかを早速説明してくれた。

一方のこちらときたら、情けないことに初めて買うというのでドキドキしてしまって、とりあえず最新号1冊だけお願いしてみた。販売員の方は、慣れた様子でおすすめのコーナーの紹介をしてくれた。

ひとまずミッションコンプリートと安堵し、その場を離れながら裏表紙のバックナンバーに目を通してみると、どうにも2号前の内容が気になってきた。スティーブン・スピルバーグの記事は是非とも読みたい。
結局、10秒ほど進んだ道を戻って、先程お釣りでもらったばかりの500円玉を彼のもとに返すことになった。

その際も、彼は丁寧に特集の内容を教えてくれた。毎年3月は福島のことを扱っているらしい。
それから、今度販売員インタビューに彼が載るということで、撮影日と発売日も案内してくれた。

実のところ、私はこういう店員さんとの会話が好きなのである。(普段はあまり社交的に見られないのだが)
商品を熟知している店員さんと、どれがおすすめだ、今日は何の気分だと盛り上がる時間を含めて、買い物の思い出だと思っている。
だから、かつては"無関心の目"を向けていたビッグイシューで、普通の買い物の思い出ができたことで、勝手に晴れやかな気持ちになった。

"普通に"売り物として面白かった

実際に読んでみて、想像していたより何倍も記事の内容が充実しているなというのが第一印象だった。
そして、すぐに反省した。これはビジネスとして販売されているのだ。
読者がまた読みたいと思えるものでなければ、本当にただ道徳心でお金を出してくれる人しか残らない。それは恐らくビッグイシューの理念と違うのだろう。

ちなみに、最新号の表紙はカズオ・イシグロが飾っているが、このたびちょうど公開されたばかりの映画『生きる -LIVING』のインタビューだった。
これを読んですぐ席を予約しようと決意したので、何がどう繋がって明日の行動を変えるか分からないものである。

一つ付け加えるとすれば、政治や社会問題に関する記事が多いので、書き手の立場に内容が左右されやすい。ビッグイシューに対する批判の中には、自分と政治的な意見が異なるゆえに「左傾化」などと不買を選ぶこともあるようだ。
それもまた個人の自由ではあるのだが、素人のでたらめな感想が載っているわけではなく一つの意見として参考になるものなので、むしろ勉強&支援で一石二鳥なのでは?と個人的には思っている。


かくして、もしビッグイシューの購入を迷われている方がいたら是非一度販売者さんに声をかけてみてほしい、と実体験をもって言えるようになった。
支援事業という意味では、直接購入が難しい地域であれば配送であっても定期購読した方がプラスになるだろうが、やはり街角で二言三言交わしながら行われる取引が私にとっては楽しいものに思える。

(ちなみに、ビッグイシューでは雑誌販売以外の取り組みもされているので、それはそれで今後アンテナを張っていきたいと思っている)

*1 有限会社ビッグイシュー日本「ビッグイシュー日本とは」


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