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『書く』って瞑想らしい




こんにちは、れいなです。

朝から近くの公園を散歩して芝生に寝転がってずーっと本を読んでました、夕方から少しzoomしたり作業したりして、とりあえず今日もいい日だった。


私たち(特に日本人)って、今を犠牲にして未来を良いものにしようとする思考を強く持ってると思う。

未来のために今を手段化して、辛くても明るい未来を信じて今を苦しむ。これは完全に私が数年間全力でやってた事で、たしかにこの苦しさによって得れた出会いも経験も沢山あったけど、じゃあ今幸せか?って聞かれたら『うーーんわからない』って感じだった。


少し社会的な話をすると、
1950年以降の数十年間は今を犠牲にして物を作り続ければ未来は明るく開かれてた。

ビジネスは物質的な不足を補充する為に生まれた存在で、数十年前までは世界が物質的な不足で溢れてたから、頑張って頑張って作り続ければ未来は幸せで明るくて発展してお金も入ってきてって流れが正しく機能してたんだけど、

物質的な不足が先進国ではほとんど解決されちゃった今、ビジネスの役目は既にほぼ終えているといっていいし、永遠の成長はいまや幻になってる。

これは金利の話で証明ができる。
資本主義という無限の成長を前提とした世界では、時間の経過によってお金に価値がつくのが当たり前だった。けどいまは、金利がゼロが多い。これは違う理由もたくさん入ってきてるけど、時間の経過によって資本が増大しないことを証明してる1つの指標になると思う。


もう、今を犠牲にすれば明るい未来が自然とやってくるなんてことはない。

幸せは自分の手で、今この瞬間から創り出していかないといけないんだと思う。

今を手段化して未来に幸せを託しても、『今』が続くだけで永遠と幸せになれない。今この瞬間をを幸せに生きているっていってた人たちの意味が今やっと分かってきた気がする。

別にこれは、先の未来のことを考えないで後先考えずに行動するってことじゃないけど、でも『今』を犠牲にすることだけはしたくない。

そう思って、毎日を幸せだと感じながら生きはじめると見えてくるものが沢山あった。美しい自然や自らが持っていた純粋な綺麗な感性を感じられるようになった。

なんかこう、うまく言えないけど
今の生活や最近の出会いや経験を通して、
自分にとっての本来の正しく面白い道に近づいてきてる気がする。

もう少しでなんか見えてきそう。

まあ、焦らずゆっくりと、とりあえずしっかりと今を生きていきたいな。


最近は紙やnoteに文字を書くことを放棄してたけど、でもやっぱ書くことによって整理されたり、心が落ち着いたりする。

ジャーナリングっていうのがあって、それは『書く瞑想』って呼ばれてるらしい。

とりあえずなんでもいいから言語化する。ノートに書く、それだけでデトックスの効果があるらしい。

私は思考ノートを通して毎日、『瞑想』してたみたい。

本読んだり人から話聞いたり学んだりして頭が最近こんがらがって言語化することを諦めたり、めんどくさいからコミュニケーションとるのを避けてたりしたけど、それじゃ勿体無いからちゃんと頭の中を整理するために当たり障りのない事でもとりあえず書くようにしよーっと。



p.s
今日はお金が無さすぎて、昼に塩分を摂取するためケチャップを舐めてました。
いい人生です。笑


死にそうになりながら笑って楽しんで生きてる感じ最高に楽しいです。
別にお金とか沢山はいらないんだよな。最低限何かを口にできて、好きな本を買えるお金さえあればあとは本当に要らない気がする。

いや、少し欲しいわ。笑笑

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