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親の介護

10年前までは介護のイメージがつかめなかった。「介護」と聞いても、何がどう大変なのかわからなかった。介護場面として、寝たきり老人のオムツを交換するような、そんな絵面が漠然と頭に浮かんでいた。

私は親と同居していない。両親、義父母とも、どちらも車で1時間かかるところに住んでいる。家を建てる時、夫と私の実家の中間地点で夫の会社に近いところを選んだ結果、どちらからも少し遠い場所になった。

コロナ禍が始まると同時に介護に関わることになった。父が風邪をひいたとき、私が市民病院に連れて行き、PCR検査の第一号となった。まだ仮の隔離棟のだだっ広い検査室で、防護服で全身白づくめの看護師が待っていた。誰がどのようにそこに連れて行くかだけでも協議があり、タクシーの使用はだめ、家族が一人だけで連れて行く、連れて行く人の氏名、車のナンバーも明らかにして届けた。

肺炎になりかかった老人を病院に連れて行く。
文で書けばシンプルな行為だ。だが、そこには、病院との調整、連絡、書類書き、引率、結果が出るまでの待機病院探し、入院の手配、病院へ送り書類を書く、同意書、父の入院荷物を選別、運搬など何人も巻き込んで時間を使う行動があった。たいしたことはしてないように見えて知らないうちに気力も体力も消耗していく。
今思えば、それが介護の始まりだった。

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