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防災月間スペシャル 東北紀行② 宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」を科学の目線で読み解く〜しぜんのかがく9月ep.12〜 防災まめ知識〜満月の日は要注意。大潮(新月または満月)と高潮〜

「グスコーブドリの伝記」

今回は、災害について多く話に取り上げられている「グスコーブドリの伝記」についてご紹介します。

架空の都市であるイーハトーブが舞台での主人公・ブドリの生涯を描いた伝記物語です。グスコーが名字、ブドリが名前です。

どんなお話か?あらすじを紹介します。

「ブドリが10才のとき、寒波のせいで村が飢饉に見舞われます。食べるものもなくなり、父と母は突然山の方へ行き、帰ってこなくなりました。7才の妹のネリは男に連れて行かれ、家は知らない大人に奪われます。

ブドリは生きるために工場などで働き、勉強して、大人になると町に出ました。そこでクーボーという大博士に会い、イーハトーブ火山局で働くことになります。

研究の成果もあって、火山局はイーハトーブにある300もの火山の活動をみる観測小屋や器械により、噴火しそうな火山も制御します。電気は潮汐発電所で賄います。稲(オリザ)の窒素肥料(硝酸アンモニア)を降らしたりもできます。

仕事は面白く、ブドリも27才になりました。しかしその年、ブドリが幼かった頃に来たのと同じ寒波が押し寄せます。

ブドリはカルボナード火山島を噴火させて空気中に炭酸ガス(二酸化炭素)を増やして地球を温め、寒波を止める方法を思いつきますが、それには一人が犠牲にならなければなりませんでした。

ブドリは覚悟し、自分がその犠牲になることを決意します。
次の日、イーハトーヴの人たちは空が緑いろに濁り、日や月が銅いろになったのを見ました。気温はぐんぐん暖かくなり、秋には普通の作柄になりました。

その年イーハトーブは飢饉にならず、たくさんのブドリのお父さんやお母さんはたくさんのブドリやネリと一緒にその冬を暖かい食べ物と明るい薪で楽しく暮らすことができ、最初のブドリの一家のような不幸な家庭はひとつも出ませんでした。

やませによる飢饉(冷害)、潮汐発電所、火山噴火(爆発)

ここでは、冷害による飢饉と火山噴火による気候制御について科学的な視点で見てみます。

まず冷害による飢饉ですが、東北では6月~8月のちょうど「やませ」という冷たく湿った空気がオホーツク高気圧から寒流 の 親潮 の上を吹き渡ってくることがあり(東風)、稲の生長に影響(苗が成長して枝分かれが終わるまで高温多湿であることが必要)をあたえます。(オホーツク海とは、樺太・千島列島・カムチャツカ半島などに囲まれた海で、北海道の北東にあります。)

気象庁 仙台管区気象台

すると、霧や空の低い所に雲ができやすくなり、曇りや雨の日が多くなり、気温も低くなります。江戸時代から戦後にかけて、ちょうど賢治が生きていた時代には飢饉がよく起こっていたようです。
現在は稲の品種改良が進み、寒さに強いイネができるようになったことと、食の多様化で米が主食ではなくパン、パスタなども食べるようになったため、飢饉が起こることは少なくなりました。

※賢治の時代は、雨ニモ負ケズにもあるように、1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べとあります。

※元々稲は暖かい気候にあった植物だったのですが、冷たい水でも育つ稲を選別しかけ合わせることで品種改良がおこなわれてきました。
(参考)NHKfor school  米の品種改良~寒さに強いイネを作る~

「潮汐(ちょうせき)発電所」というのは、潮の満ち引きによる自然エネルギー発電ですね。潮汐とは?地球の自転や月の公転(地球が月を回ること)に伴って海水には潮汐力が働きます。そのため時刻によって潮位が変動します。

気象庁

(海面の水位(潮位)は約半日の周期でゆっくりと上下に変化しています。 この現象を「潮汐」といいます。汐が起こる主な原因は、月が地球に及ぼす引力と、地球が月と地球の共通の重心の周りを公転することで生じる慣性力)というものです。
※慣性力について
https://www.miz.nao.ac.jp/rise/c/news/topic/20190611.html

下図のように、起潮力は地球を引き伸ばすように働くと、潮位の高いところと低いところができます。 潮位が上がりきった状態が「満潮」、反対に下がりきった状態が「干潮」です)

実際こういう発電所はあったのでしょうか?実は宮沢賢治が1933年に亡くなってから30年以上たってからこの発電所は実現します。世界で初めて完成させたのは1966年のフランス。ランス潮汐発電所(らんすちょうせきはつでんしょ、Rance tidal power plant)とは、フランス、ブルターニュ地方のランス川河口にあります。この付近は潮位差(満潮と干潮の海面の差が大きく最大潮位差が13.5m、平均潮位差8.5mにもおよび、今でもフランス全土で消費される電力の0.012%を供給する発電所として現役のようです。発電所の建設費は多額でしたが、その費用はすでに回収済みで、発電コストは原子力発電よりも安いエコなエネルギーのようです。賢治の知識と想像力には驚かされます。

ランス潮汐発電所
内部構造

火山噴火による気候変動として、物語では二酸化炭素を放出し、温暖化を人工的に起こすとありました。二酸化炭素が地球温暖化に関わることは、7月にもお話ししましたね。確かに噴火で二酸化炭素が放出されますが、人間が1年間に出すCO2は、火山の100倍も多いそうです。

気温が上がると言うより、大規模な火山噴火が起こると反対に気温が下がるんです。火山が噴火すると、「二酸化硫黄」や「火山灰」などの有毒な火山ガスが、長期に渡って大気中に放出されます。二酸化硫黄は大気中の水に反応し、直径1マイクロメートルより小さい「エアロゾル(硫酸塩)」と呼ばれる微粒子に変わります。このエアロゾルが気候変動を引き起こす物質です。
※エアロゾルは雨粒ができる元でもあります。8月の「水」のお話でペットボトルの実験でも再現しましたね。
エアロゾルには、太陽の光を反射させ大気が温まるのを抑える「日傘効果」と呼ばれる働きがあります。それ自体がを吸収したり反射したりするため、地表に届く太陽放射の量を低下させます。そのため、大気中に漂うエアロゾルが多ければ多いほど、気温が低下します。例えば、大規模な火山が起こった場合、一気に数十キロメートルを超える高度までとても軽いエアロゾルが噴射されます。高度数十キロメートル以上の成層圏では対流がほぼ起こらないため、エアロゾルが落下することが少なく、1年以上の長期にわたり大気中を漂います。※対流圏で雲が発生したり風が吹いたりします。

過去に火山の大噴火によって、地球温暖化を一時的に阻止するほどの寒冷化現象が起こりました。それは、1991年6月に発生したフィリピンのピナツボ火山の噴火です。

Dave Harlow, United States Geological Survey (wikipedia)


21世紀最大の噴火ともいわれるほど大規模な噴火で、エアロゾルが約3週間で地球を取り巻きました。その影響により、1992年〜1993年の世界の平均気温は約0.5℃低下したのです。

それでも、賢治がすごいのは、炭酸ガス(二酸化炭素)によって、地球温暖化を引き起こすことを知っていたことです。二酸化炭素が太陽の光によりより温められるという研究も19世紀の女性科学者ユーニス・ニュートン・フットにより、1856年に実験で発見されていましたが、ほとんど知られていませんでした。1961年に発表されたジョン・ティンダルの研究では水蒸気・二酸化炭素・オゾン・メタンなどが主要な温室効果ガスであることを発見。これも賢治が亡くなってから約30年後ですね。そして、人間の活動による二酸化炭素濃度の上昇が地球温暖化を引き起こすことを観測データとコンピューターシミュレーションによって理論的に証明したのが、2021年ノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎さんですね。

まだまだ現代でも災害を制御することはできません。でも災害を知り科学研究を進めることで、被害を少なくすることはできます。
この物語のブドリは宮沢賢治自身だったように思います。晩年は農業をし、肥料稲作の相談などに奔走してきた賢治の願いだったのでしょう。災害が起きても不幸になる家庭が出ないよう、これからも様々な研究や取り組みが行われることを期待します。

防災まめ知識〜満月の日は要注意。大潮(新月または満月)と高潮〜

9月29日は中秋の名月。「中秋の名月」とは、太陰太陽暦の8月15日の夜に見える月のことを指します。

今年の中秋の名月は満月と同じ日です(実は、中秋の名月と満月の日付がずれることは、しばしば起こります。去年は満月は、中秋の名月は例えば、2024年は、中秋の名月が9月17日、満月が9月18日と日付がずれます))

潮汐発電所でもお話ししましたが、望 (満月)、すなわち月と太陽が地球を挟んで反対側に来る瞬間や、朔(新月)月と地球の間に月が来る瞬間は、月と太陽がほぼ一直線に並び、海水に及ぼす引力が大きくなるため、満潮はいつもより高くなり、また、干潮もより低くなります。 このように干満の差が大きいときの潮汐を大潮と言います

実は大潮で海水面が上昇している時に、台風が来ると高潮の高さがさらに高くなります。台風は、2つの力で海水面を持ち上げます。「吸い上げ効果」「吹寄せ効果」で海水面が上昇することもお話ししましたね。

過去では、平成30年(2018年)9月に四国や近畿地方を中心に暴風や高潮等による被害をもたらした台風第21号が、兵庫県神戸市に上陸しました。トラックが横転したり、船(タンカー)が関西国際空港の橋の欄干にぶつかったりした映像が印象に残っている人もいると思います。関西国際空港の浸水も。
大阪府では、4日昼前頃から猛烈な風となり、台風の接近に伴って潮位が急上昇しました。瞬間値で天文潮位(図の橙線)よりも277cm高い潮位(図の青線)を観測し、過去の最高潮位を超える値となりました。

気象庁

大潮ではないからといって安心はできませんが、
大潮の満潮時に台風の接近による高潮が重なれば、それに伴って高潮の高さが高くなり、被害が起こる可能性も高くなりますので、特に注意が必要です。

美しい月が眺められることを願いつつ、台風にも備える意識を持っておきたいですね。

⭐️Podcast本編はこちら↓宜しければお聴きください♪
神田沙織 がりれでぃ スピンオフ
ナチュラル・サイエンス・ラボ
しぜんのかがく

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