震える水 #0 漂白のおと

こんにちは。地獄川震です。

HIPHOP霊媒師としてVTuber活動をしている私ですが、「自己紹介」などと言って1本の動画に収めるには、あまりにも長すぎる人生を送ってきました。

そこでnoteの場を使って、私のこれまでの半生の"私小説"を残していこうと思います。

理路整然とした自己分析でもなく、大どんでん返しがあるドラマでもない、出たとこ勝負のテキストに過ぎませんが、暇な時に覗きに来ていただけると幸いです。

私の人生を語るには、まず地獄川一派との出会いから始めなければいけません。

滝壺のそば、棄て子であった私を運命的に拾ってくれた、地獄川 波震(パープル)との出会いから・・・

冬, 明朝, 青淵の滝壺

積み上げてきた人生の長さで「今」を割り算した答えがその体験の密度なら、あの轟音を鳴り立てる滝の振動は、永遠のように記憶の隅で響き続けている。今も。

おそらく生後数ヶ月にも満たなかった私は、薄いボロ布に包まれて、滝壺のそばの薄い茂みに棄てられていた。

眼の先には、動かない星空が広がっていた。空は渇く間もなくあふれる自分の涙で滲んでいた。滲んだ涙は流れるそばから冬の風に凍てついていき、氷の蓋となってその光景を私の脳裏に閉じ込めた。

視界の外で滝が流れていた。凶暴な清流は寒気をつらぬいて、大地を揺るがす轟音を上げていた。

「できあがれ、死にさらせ、ホイ!」

「できあがれ、死にさらせ、ホイ!」

これは、地獄に棲む悪鬼たちが現世の住人を呪う際に口ずさむ歌である。彼らは彼岸の者であるから、現世に生きる者に直接手を出すことができない。獲物が息絶えて、しかもその供養が手厚く迎えられなかった場合、悪鬼たちの格好のエサになるのである。だから悪鬼たちは今にも死にそうな人間を見ると、よだれを垂らしながら口々に歌いあって獲物の死を願うのだ。

「できあがれ、死にさらせ、ホイ!」

「できあがれ、死にさらせ、ホイ!」

ボロ布に包まれた私の周りを、5匹の悪鬼たちが輪になって、踊りながら囲っていた。彼らは決まって右回りに呪いの踊りをおこなう……太陽が昇って堕ちていく方向と同じ。つまり「早く時よ経て、この者の命がすぐにでも尽きてくれますよう」という祈りの意味が込められている。

ふと、甘ったるい香りが鼻をついた。季節を外れた木犀の香りである。私が気づくのとほぼ同じタイミングで、悪鬼たちがギョッとしてお互いの顔を見合わせた……そして一呼吸の後、すべての悪鬼が灰のように溶けて消えていった。

「ああっ!悪く思わないで欲しい、喰いつ喰われつのこの世の中だもの。お前たちには俺の式神のエサになってもらおう……万物流転・循環構造……それにしても……」

悪鬼を一瞬にして葬ったその男は、私を興味深げに覗き込んできた。

「なんて馬鹿でかい声で泣いているんだ、名もなき赤ん坊よ……青淵の滝の轟音を破るほどグズるなんて、とうてい普通の人間の子どもにできる芸当には思えないね。もっとも……その声量が俺の耳に届いたからこそ、君は命拾いをしたわけだが」

無造作に跳ね上がった、薮のようにゴワついた紫色の髪。首から巨大な数珠をぶら下げた、痩せ気味のその男こそ、私の人生を大きく舵取っていくことになる張本人。

齢18の当時にして、地獄川一派の教育総長および「八心」のうちの一人であった、"真眼のパープル"こと地獄川波震である。

「まいったなあ。俺は生まれてからずっと自分の勘を疑わずに来ているんだけど……今度という今度はわからないぞ」

波震はためらいなく私を持ち上げると、胡乱な笑みを浮かべて、誰に言うでもなく呟いたのだった。

「六感が、君を地獄川に招き入れろと言っている」

波震の指が私の額に何やら文字を書くやいなや、大泣きを続けていた私はぷつりと泣き止んだ。いや、昏倒したと言うほうが正しいと思う。それから地獄川の里に運ばれるまでの間、私にはまったく記憶がないのだから。

赤子を抱えたまま、波震は音もなく跳び、宵闇の中へと姿をくらました。後には滝の轟音が残されているだけだった……あらゆる物ごとの位相を単一の時間感覚で隠すかのように。流れども。流れども。

つづく

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