震える水 #01 拝名の儀~八心の登場

13年目の冬が来た。私が地獄川波震の導きによって地獄川一派に修験童として入山してから、である。

誰しも、いつかは抗えない選択にブチ当たり、その身を委ねる瞬間が来る。私にとって、いや地獄川にとって、13年目の冬というのは特別な季節なのだ。マジで。

入山してから13年目を迎えた修験童は、1年のうちで初めて雪が降った日の夜に、一派が居住地を構えている山林区のなかほど、天然の洞窟を用いて作られた聖域である「深骸堂」に集められ、そこで拝命の儀が行われるのだ。

この習わしについて語ると長くなるけれど、そもそも霊媒師軍団である地獄川の一派は、大きく分けて「山林区」と「ふもと区」に分かれて生活している。

霊媒師として修行に研鑽しつつ、聖的なまつりごとや除霊、そして「死の淵」から不意にやってくる「禍者」すなわち災いと呪いをもたらす死者たちから現世を守っている霊媒師たちは、すべて山林区に建てられた数々の地獄堂で生活を送っている。

ふもと区に住む人々は、霊媒師ではない。山には立ち入らず、農業や鉱業、繊維業を営み、霊媒師たちの衣食住を保障する役割を持つ。これら聖と俗のスパイラルによって地獄川の霊媒業は保たれている。

だが、一般的に「地獄川」と呼ばれるのは、山林区からふもと区まですべてを含む、この一帯のことだ。外部の人間にとっては、山林だろうがふもとだろうが、何やら妖しげな術を使っている意味不明な連中、といったイメージは変わらないのだろう。地獄川が「天狗の祖先」とうそぶかれる理由もここにある。私たちが天狗を作ったのではなく、人々が天狗と呼び始めたに過ぎないのに。

修行童たちが入山する方法はたったひとつ。毎年、最も月が地上に近づいた夜、ふもと区から山林区を繋げる唯一の門の入り口に、透明な一本百合がぶら下げられる。この百合が片付けられるまでの間だけ、ふもとの民は生後1ヶ月までの赤子に限り、我が子を入山願いに出す権利を与えられる。

そうして門の前に置き去りにされた、毎年十数人の子どもたちが、新しい修行童として山林区に迎えられるのだ。すなわち修行童はみな両親の顔も、自らの名前も知ることなく、地獄川の乳母たちによって育てられる。

波震に拾われた私は、その年に入山した他の修行童たちと一緒に、有無を言わせず霊媒師の道を歩まされたわけだ。

夜、運命の夜、深骸堂にて

「15番、お前、自信あるか」

深骸堂の冷たい岩肌に座禅を組み、静かに拝命の儀が始まるのを待っている間、そっと耳打ちしてきたのは4番だった。

「少なくとも厳粛な儀式の間際に、しびれを切らして隣のやつに話しかけるような奴よりは、上だという自負はあるぜ」

「ファック・ユー。本当にお前が集中してたら、そんなご丁寧な皮肉が出てくるかよ……本当はお前が一番心臓バクバクのはずだ、何しろ今日落とされちまったら、帰るところがないんだからな」

そう、拝命の儀では、初めて修行童に名前が与えられ、ようやく一人前の霊媒師として認められる。ただし、そこで未だ力及ばずと判断されたものは、名前を得ることなくふもと区への強制送還を余儀なくされるのだ。

いま4番が「帰るところがない」と言ったのは、拾われ子である私がもし山を追われたら、引き取られる家がないからだ。

我が子を入山させた親たちは、拝命の儀を終えた知らせを受けると、門の前でハラハラと胸に手を当て我が子を待つことになる……どうか姿を現せないようにと祈りながら。

で、実際、私は4番が言うように心臓バクバクだったのだ。

「そうだな……頼みがあるんだけど、一緒にお前の家でもらってくれないかな? 俺はこう見えて真面目に働くほうだし、いい年になったら家を出るからさ」

「一緒にってお前、俺が下山する前提で言ってるだろ」

私を除く14人の修行童とは、13年間、苦楽をともにしてきたマイメンだからして、このように軽口を叩くくらいの仲にはなっていた。もちろん、馬が合うのとそうでないのがいたけれど……この漁師の息子だという小柄で口達者な4番は、とくに私とよく打ち解けている修行童の一人だった。

「シッ、静かに。八心が来るぞ」

ロングヘアーのおてんば娘、3番がそう注意を促すやいなや、深骸堂の入り口から八人の霊媒師が重々しい足取りで入ってきて、座禅を組む私たちの前を通っていき、洞窟の少し奥、なだらかに盛り上がった岩肌の上に、てんでに腰を降ろした。

「すごい……八心を生で見られるなんて」

思わずテレパシーをだだ漏れにしてしまったのが、最近そばかすがちょっと目立つようになってきた、金髪美少女の9番である。私たちでさえ聞き取れるテレパシー漏洩だから、当然、向こうに座った八心にも聞こえているはずなのだが、毎度のことなのか誰も取り合おうとしなかった。

名を持たぬ修行童たちは、このように番号で呼ばれ教育を施されてきた。ちなみに1番、8番、11番は修行の途中に力尽きて死亡した。

八心は、13年間この山林区で過ごしてきた私たちでも、おいそれと顔を見れるような位ではない、まさしく地獄川のトップ8にふさわしい真の実力者たちである。ただし、そのうちの1人である波震だけは、修行童のトレーナーとして毎日のように言葉を交わしてきた唯一の八心なのだが。

ついでだから、ここで簡単に八心それぞれのプロフィールを紹介しておこう。

1. "総本山"  霊坊(レインボー)

地獄川一派をまとめる正真正銘の長にして、当時1000歳とも2000歳とも噂されていたのが"総本山"霊坊である。あらゆる霊能力において凡百の修行僧を凌駕し、平等・力の均衡を掲げる八心の中では特例的に最も位が高いとされる。

今回の拝命の儀においても、霊坊の姿だけは羽衣で遮断されており、目視することは叶わなかった。

なお修行童たちが生活する寮のトイレには、はるか昔、霊坊が修行童だったころに壁に落書きしたと言われている筆跡が残されている。「月心」と――。

これくらいの雲上人になると、さぞ近くにいるだけで力強いオーラを放っているだろうと思っていたのだが、逆にいつからそこにいたの?と思うほど薄い気配の持ち主だったのを覚えている。

人間、悟りを開きすぎると霞のようなバイブスになるらしい。

2."可視" の 折慈 (オレンジ)

折慈は外見こそまだうら若い小娘に見えなくもないけれど、或る感覚によって未来を予知するという人間離れした霊力を身に着けた唯一の霊媒師である。その過敏とさえ言える察知能力、直感力の鋭さは、生まれつき両目が見えないことにも起因しているのかもしれない。

また死者を自身に「降ろし」て言葉を与えるイタコとしてのスキルも桁外れに高いと言われている。

拝命の儀においては、波震とともに修行童の合格・不合格を決する役割を担う。これもまた未来予知の力を信頼されてのことだろう。

性格はおだやかで、少女然とした見た目のせいで大人しく見られがちだが、意外とはっきりものを言う性格で、頑固なことこのうえない、というのは波震の談だ。もっとも未来を予知し、周囲に伝えるという重要な役割を負っている彼女なのだから、それくらい骨がないと困る。

拝命の儀では、私たちから見て左手に折慈、右手に波震が腰を降ろし、片手をつなぎ合う。これによって折慈の未来予知と、波震の野生の勘がシンクロして、前にいる修行童が霊媒師としてふさわしいかどうかを見抜ける寸法だ。

つまり拝命の如何はすべて、この二人に一存されており、他の八心から異議を唱えられるようなことはない……よほどの例外を除いて。

「それでは、2番は前に出てきてください」

風鈴のように澄んだ声で折慈が呼びかけると、2番の修行童がおずおずと緊張を隠せない様子で二人の前にゆき、跪いた。

彼の運命は全員のプロフィールを紹介し終わってから語ることにしよう。

3. "剛腕" の 不落(ブラック)

不落はパワー系の霊媒師である。もともと身長3メートルを超える"巨人族"の末裔だったらしいが、あるとき霊力によって身長を2メートルまで圧縮したらしい。

圧縮したことで、体内で爆発するパワーボリュームは何十倍にも膨れ上がった。巨漢である不落の首には鋼鉄でできた数珠がぶらさげられ、丸太のような腕には墓石をかたどったチェーンがぐるぐると巻きつけてある。

霊媒師といえども、地獄川一派は武力行使を重視する派閥である。

「禍者」はもちろんのこと、鬼や妖怪、我々の宝を狙う山賊・野党など、生活のなかで暴力を使う機会は幾度となくやってくる。

不落は地獄川の歴史上、最強の戦士として里中に名を轟かせていた。もちろん彼の活躍によって潜り抜けた危機もたくさんあるが、強者が存在する意義は実際の功績だけにあるのではない。味方・敵を問わずあらゆる生命が"最強"と認める者が、私たちの僧兵隊長をやっていること。それだけで民の平穏は担保され、兵士たちの士気が上がるのだ。

「風が軽やかに歌っているな。こんな澄んだ夜には、禍者はやってこない。縁起に恵まれたな」

着席するや否や、不落は私たち修行童に向かってそんな軽口を叩いてみせた。彼は単なる脳筋野郎ではなく、明晰な頭脳とユーモアも兼ね揃えている。不落が慕われる理由がここにある。

4. "番人" の 腐乱雲(ブラウン)

正直、腐乱雲は不気味な存在であった。修行童のなかでも、彼を尊敬している者はひとりもいなかった。というか、目立った功績や逸話が残っておらず、尊敬に足るほどの情報がなかったのだ。

唯一の情報は、腐乱雲が「アブラ穴」の最高責任者、つまり墓守であるということだった。アブラ穴というのは、山林区の外れにある死体処理場のことだ。

地獄川が殺害した禍者、鬼や物の怪のたぐい、そして殉職した霊媒師たちを一箇所に埋葬している区域がアブラ穴である。そこでは怨念や悔恨の念が渦を巻き、瘴気となって当たり一面を烟らせているらしく、経験を積んだ霊媒師でさえ油断するとアチラ側へ「持っていかれる」という場所で、基本的に立ち入りは禁止されている。

ちなみになぜアブラ穴と呼ばれているかというと、「死亡」と「脂肪」をかけた言葉遊びらしい。この名前をつけたのも責任者である腐乱雲らしく、普通に正気を疑う。

初めて見た腐乱雲は、イメージと変わらず清潔感のない汚らしい出で立ちだった。顔は老人のようにつやが失われ、髪はぼさぼさと無造作で、目だけがギョロギョロと光っていた。しかも神聖な会の途中だというのに、うわ言のように歌をうたっていた。

「パプリカ……花が咲いたら……」

噂では、長年アブラ穴の墓守をつとめたせいで、肉体や精神が瘴気にあてられ、頭をおかしくしてしまったのではないか、と囁かれていた。私も彼の姿を見た時にはさもありなん、と思ったものだ。

しかし、同時に霊坊に次ぐ霊力の持ち主であるという噂が囁かれていたのも事実なのである。

5. "異端" の 魔振(マーブル)

6. "真眼" の 波震(パープル)

7.  "吟唱" の 哀堀(アイボリー)

8. "安楽" の 癒牢(イエロー)

上記の4人についても引き続き紹介していくが、文字数がかなり増えてきてしまったので、ひとまずここで章を閉じる。

次回は残り4人の紹介と、拝命の儀の顛末について語っていくつもりです。

coming soon.....

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