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オカ研の「呪い」について 『物語』シリーズ考

貝木だ。



嘘です。

アイコンです。

タイトルどおりの本題は目次から飛べるので、そちらに関心がある方はそこからどうぞ。


私は少しだけ、ほんの少しだけ、

日々のうちに本を読んでいる。


読了記録をチェックすると、先月は15冊でした。


そうするとやはり、好きな作家さんというものがいくつかあるわけで。


日本に限って、少し挙げてみると、

山崎ナオコーラ
星新一
田中啓文
井上夢人
など


そして西尾維新


『刀語』、『十二大戦』、『りぽぐら』はじめ


『物語』シリーズ、『忘却探偵』シリーズ、『戯言』シリーズなど、

独特の文章世界が大好きです。

オススメ!

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はてさて、

本記事は、私の大好きな作家さんである西尾維新の

『物語』シリーズについて考える。

といってもその全貌を触れるものではなく、

物語内でいささか疑問が生じた、“あるテーマ”について考える。


それは、

吸血鬼もどきの変態と、ツンドラ彼女ふくむハーレムが繰り広げる

100%趣味で書かれた小説 『物語』シリーズにでてきた

あるキャラクターたちに取り憑く「呪い」についてである。


1.オカ研と斧乃木余接

オカルトサークル。

略してオカ研です。

『物語』シリーズには、二癖三癖もありまくる極彩色のキャラクターがたっくさん出てくるわけだが、

そのキャラクターグループの一つがオカ研である。


主人公たちを「怪異」という不可思議な現象から、

時に力で、時に知恵で、時に立場で、時に悪意で、

助けたり、騙したり、救ったり、祓ったり、闘ったりする。

ズバリ言っちゃうと、カッコイイ大人たちのことです!

・忍野メメ(おしの めめ)

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『物語』シリーズでいちばん最初に登場し、

いちばん最初に主人公と関係を持ち、彼(とその彼女)を救った。

「怪異の専門家」を称し、その知識や技能はまさしく一流。吸血鬼ハンターの攻撃を片手、片足で防いだりしちゃうんだぜ?

あと、かなりヘビースモーカー。
高校生の前でも気にしない。


あと、年中アロハシャツ。
断崖絶壁のクライミングもその格好。
あと、たぶん南極でもその格好。


あと、ホームレス。
ボロボロの廃塾ビルに、勝手に住んで勝手にどっか行った。


...だが、そこが良いんだよ。いいキャラしている。とがっている。


ん?褒め称えすぎかな?

ハハッ、なんだか元気が良いね。

何か良いことでもあったのかい?

・貝木泥舟(かいき でいしゅう)

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見るからに不幸そうなおじさん。もしかしたら幸福なのかもしれないけど。

忍野と同じく「怪異の専門家」


いや、「詐欺師」である。


忍野が「怪異の専門家」であるのであれば、貝木はよく「偽物の怪異の専門家」と比較される。

その怪異に関する能力によって、ことごとく金儲けのために行動する。

ので、本物の怪異の専門家とは言えないかもしれない。

だけれども、彼のおかげあって、作品中ではある少女が救われた(祓われた)ところを見ると、一概に悪人とは言えないのかもしてないね。


まぁ、その子が怪異に巻き込まれたのは、貝木のせいなんだけどね。

やはり、ただの詐欺師だ。

・影縫余弦(かげぬい よづる)

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「不死身の怪異」を専門にする、京都弁お姉さん。いや、お姉はん。

オカ研メンバーの中では、突出して肉体派・武闘派である。

だから、いくらボコボコにしてもやりすぎることがない「不死身の怪異」を専門にしている。
そういう問題か?

また、とあるお供を従えており、それが本記事のテーマには深く関わっているわけだが。

ちなみに、

地面を歩くことができない。

のでいつも、塀やポストや電柱や他人の頭などを伝って移動する。

・手折正弦(ており ただつる)

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オカ研でいちばん影が薄い(と思っている)ネガティブおじさん。

人形使いであり、影縫余弦とおなじく「不死身の怪異」を専門にする。

だけでなく、彼女との共通点は多い。

彼女のお供を制作したのは、手折正弦の役割が大きいし。

また彼自身もまた、地面を歩くことができない。ので、神社に現われた際には賽銭箱の上にあぐらを掻いていた。


あんまりいうとネタバレ感が否めないので、加減するけれど、

人形を介して他人とは対面しているので、本体は別の所にある。


あとは、

折り紙を折るのが早い。

・臥煙伊豆湖(がえん いずこ)

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なんでも知っているお姉さん。

そう。文字通りに何でも知り尽くしている。


忍野メメ、貝木泥舟、影縫余弦、手折正弦らの先輩にあたる。

ヒップホップスタイルが彼女の正装である。


一応、「怪異」については専門家並に詳しいが、彼女の場合はそれにとどまらない。

この時代、この日時、この場所で、何が起こるのか。何が影響して、誰がそれを受け、その結果がどこまでに及ぶのか。

あらゆる因果関係や人間の行動予測までもが、手に取るようにわかってしまうので、一種の未来予知に近い動き・働きをみせてくれた。


まさしく、先輩には敵わないッス...


・斧乃木余接(おののき よつぎ)

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影縫余弦の式神(所有しているといった方が正しいか?)。

屍体人形である。キョンシーに近い。

肉体が死んでいるために、表情も変化しない。無表情である。

このインパクトあるビジュアルは、小説では描かれずほぼアニメオリジナルの造形をしている。

それもあって、なかなか彼女のコスプレやなりきりは人気を呈している。

よってその界隈ではクオリティが求められている。


だが、彼女には必殺の決めポーズがある。

やってみよう。

目の横にピースを置いて、まっすぐ相手を見据える。

そして、その無表情のままで次のセリフを言ってみよう。



「僕はキメ顔でそう言った」


...あまり彼女の黒歴史をイジらないであげようか。


本題1 斧野木余接の“呪い”

本記事のテーマは、表紙にもあるが、

屍体人形・斧野木余接がもつ。

いや、彼女によってオカ研メンバーにもたらされた“呪い”についてである。

そこに、少しばかりクエスチョンを向ける。


知っての通り、斧野木余接は人間ではない。影縫余弦の式神である。

だが、その誕生秘話というか、背景にあるのは、

オカ研メンバーによる「死人を蘇生する」という禁忌の術により誕生した

という因縁めいた過去だ。
ちなみに、影縫余弦は斧野木余接に、亡くなった妹を重ねているとか。


そして、禁忌に触れた人間はすべからく代償をうけることは、

金髪の兄と鎧の弟の前例をみれば分かるだろう。

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オカ研メンバーは斧野木余接という存在を作ったことにより、その代償として「呪い=障害」をその身に受けることになった。

たとえば、

影縫余弦と手折正弦は「地面を歩けなくなった」

これは彼らが、斧野木余接の制作に関して、「脚部」を担当したからだという。目には目を、歯には歯を、足には足をだ。

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これと同じことは、他のオカ研メンバーにもおきており、

臥煙伊豆湖の「何でも知っている」という、一見すると秀でた特殊能力ともいえる異常も、斧野木余接の呪いである。

彼女は制作に関して「頭」を担当したため、

「自分の頭にあらゆる知識が強制的に流れ込んでくる」という地獄のような制約をその身に抱えることになった。

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さて、のこりのメンバー。

忍野メメ

貝木泥舟

二人が担当したのは「腕・手」である。

それを踏まえて、ふたりの引き受けた呪いは以下のとおり。

忍野メメ = 住処を失う


貝木泥舟 = 嘘しかつけなくなる

....ん?

なんか変じゃない?

本題2 ふたりの呪いの違和感

「足」を担当した者は、「地面を歩けなくなった」

「頭」を担当した者は、「強制的に知識が入ってくる」

うん、わかる。

だがしかしだよ?

「腕・手」を担当した者が引き受けた呪いが

「住処の喪失」と「嘘しか言えない」

っていうのは、いささか繋がらなくないだろうか?

細かいところをいえば、忍野と貝木以外の三人は、斧野木余接の所有権を有する・欲する立場をめぐっており、その立場差によって呪いの引き受け方の法則性がズレているのかもしれない。

でもここでは、

ふたりだけが呪いの法則性から外れているという違和感を払拭したい。

どっちも好きなキャラクターだしね!

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考察前に、呪い構造からハブかれているこの二人の関連性や共通項(または相反部分)を考えてみる。

・共通①一定の住処、安定した住居を保有しない。

忍野は廃ビルにしばらくいたが途中からどっかいった。貝木は詐欺師の立場もあって、一定の街に長く滞在しないし、ホテルやカラオケなど一次的な場所のみ滞在利用する。

・共通②救済主義

「怪異」という存在や被害にあった人間に対して、忍野の貝木も“口では”いろいろ主義主張あれど、主人公側を救済する結末に運んでいる。忍野は第一巻からその立場にあり、金の亡者である貝木に関しても「金さえもらえれば」事件の解決や手助け、怪異に関する知識や言説を与えてくれる。

・共通③サポーターおじさん

具体的な年齢はあがっていないが、二人は同級生である。それは影縫も手折もそうなのだが、作中にでてくる主要なおじさんキャラ。主人公を助けてくれるサポーターおじさんとしては忍野、貝木のみである。手折に関しては人形だしね。

・相反①性格の色

忍野は飄々として、どこか相手の状況や悩みについてラフな態度で接する。彼はこれを「怪異に対して中立の立場」にあると言っており、人間に肩入れしすぎず、でも非情に突き放しはしない。貝木ではむしろ、相手の弱みや悩みやこころの不満に踏み込み、それを刺激することで「偽物の怪異」が作用しやすくする。漬けこむといっても良いかもしれない。

・相反②「怪異」の捉え方

これについてはオカ研メンバーそれぞれに共通するものもあるが、二人の相対的な視点に限ってみる。忍野のいう「怪異」とは、「すでにそこに存在しており、人がそこに巻き込まれた、と人が解釈したもの」=人の不在にかかわらず、怪異は存在している。一方で貝木は、「怪異は人が“ある”とおもうからあるのであって、本物であると思うから本物になる」=人の存在によって、偽物であるはずのものが本物であるかのようになったもの。比べてみると、やはり相反しているようにみえる。

・相対③社会的立場

いちばんわかりやすい相反点だろう。忍野はその呪いによって(もしくは性格によって)住居をもたないホームレスであり、金銭にも頓着しないので非情に貧困である。がしかし、主人公を中心に他のキャラクターを助ける立場に多くかり出される信頼厚い存在である。貝木についてはその生業もあって金に不自由はしていない(少なくとも忍野よりも)。まぁ、悪銭身につかずという言葉の通り貯金できてはいない。他のキャラクターからも、知識や技能は十分に知られてはいるものの、こと主人公サイドからは因縁の相手のごとく危険視されている。実際、貝木が救済にまわった回は異例の事態であり、実際バッドエンド...

本題3 考察

さて、では考察だ。

「腕・手」というものを、前述の二人の共通点(相反点)を踏まえて、彼らがうけた「呪い」の本質を考えてみる。


まずやはり、二人がそれぞれ

“異なる呪いを受けている”

という点が違和感だ。


それは、同様に二本一対の「足」を担当した影縫と手折が「地面を歩けなくなる」という同一の呪いを受けていることと比べての違和感だ。

すると忍野・貝木の「呪い」にも

“共通点”というものがあるのではないか

そう予想立てが出来るわけだ。


では二人を重ねるものは何か。

共通②③で述べたことを踏まえれば、それは

怪異の専門家の中でも「主人公サイドを直接的に救う側」であるということだ。

忍野がやったことといえば、
①主人公の救済・保護
②主人公周囲のハーレムへの祓い、助言、保護
③主人公の致死場面に駆けつける


対し、貝木がやってくれたことといえば、
①女子中学生へのおまじない騒動
②主人公の彼女家族への詐欺
③主人公サイドからの忌避(とくに後輩からは危険視)

さんざんである。

しかし彼の呪いが「嘘しかつけなくなる」という、全てを裏側(裏目)に運んでしまうことであるならば、
①のちに女子中学生の被害者はすべからく救済(解決)した
②主人公彼女からは一転、救済依頼を受ける
③主人公サイドへは助言(とくに後輩は保護観察していた)

など、同様に救済する立場に置かれているのだ。

他のオカ研メンバーは、怪異の専門家であることは同じだが、

影縫 = 怪異の抹殺目的。主人公の身内もその被害にあっている。

手折 = 怪異の立場にあり、むしろ主人公たちと敵対。

臥煙 = 知識や助言は与えるが、主人公のためでなく街・世界のため

逆説的に、他のメンバーは主人公側と少なからず敵対している。


つまるところ、西尾維新構文にのっとれば、

忍野と貝木は

「救いの手」をさしのべている存在である。


いわば、そこに「呪い」を受けているのではないだろうか?

つまり、

「救いの手を出せなくなる」

というものだ。

実際、救済サイドに立ちぎみな忍野は、「怪異」から主人公たちを援助する側にあり、

「怪異」を解決するのは「君自身だよ、君が勝手に治るだけさ」という本人立ち返りによって救済している。

影縫のような直接的に祓う・退治するということをしない。
いや、できなくなったのではないだろうか。

※これは精神分析的なアプローチに似ているのだが、こころの治療は医師が行っているのではなく、医師のサポートによって患者が自分について洞察を深めることで、問題が把握・解決の糸口が見えるというもの。
これもまた、直接的な問題の解決の立場に立っていない。あくまで援助である。


貝木もそうだ。

「命より金」をモットーに、自分の意志や思いだけで

他人に技術や知識、ひいては「怪異」も与えることをしない。

彼が「怪異」について他人に手を出すときは、「金」を介した間接的なことでしか出来なくなっているのだ。

貝木の過去については“見るからに不幸”などは言及されていても、“守銭奴”ということはなかった。

金を重視する彼の立場もまた、直接的な救済が出来なくなった彼の「呪い」によっておきた制約なのではなかろうか。


こうした点で、ふたりは「腕・手」の「呪い」を、

「他人に向けた働きかけの制約」として受けている。

と、

するとまた違和感がある。

他の三人の呪いが「自分に向かっている」点で相違がある。

忍野と貝木は「(他人に関わらず)自分のみでも生じる呪い」はないのか?


ひとつだけある。

それは、ふたりの生活スタイル。共通①、相反③による。

一定の住処をもたない二人、

貧困生活の忍野と、放浪生活の貝木。

要は、二人とも


「(経済的な)生活が安定しない」のだ。


どんなに「怪異」がらみの仕事を引き受けて完了しても、生活空間が向上することはない忍野。

詐欺をいくら働いても、次の詐欺行為のたびに身銭がすり減り、収入に反して貯蓄できずじまいの貝木。

貝木の「手をさしのべる」役割が忍野によって見えづらくなるのであれば、

忍野の「金銭的な困窮」の立場は貝木によって見えづらくなっている。

二人は相反的に、似たもの同士である。

「腕・手」が二本ずつあるのであれば、

「得たものが、常に手から零れていく」

というもう一つの特徴が「呪い」にあってもいいのかもしれない。


手とは、すなわち

与えるものでもあり、奪うものでもあるから


救いたい相手がいたとしても、「手が出せなくなった」二人。

日々の生活に「手を焼いている」二人。

だがどんな形であれ主人公側に「手を貸してきた」二人。

この二人の類似性について述べたことは、私の戯言にすぎないので、一時の虚言として聞き流してくれればいい。

所詮は、一読者の妄想にすぎないのだから。


けれど、もしかしたら、これも嘘かもしれない。


だって、冒頭でそういったもん。

ね?


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