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与えることで豊かになる人と貧しくなる人

与えるというのは、持っている人が持っていない人に何かをあげる行為です。与えることはすばらしいとは思いますが、どこか上から目線に感じてしまうこともあります。

見返りを求めずに与えるというけれど、与えると返ってくるともいいます。それって見返りを求めているのでは?と思ってしまいます。我ながらなんて小さい考え方(笑)

それともただ事実をいっているだけなんでしょうか。とはいえ、与えることで豊かになる人もいるし、そうでない人もいます。この違いは何なのでしょうね。

世の中には、与える人ともらったら返す人と奪う人がいると聞いたことがあります。その中で、いちばん豊かになるのは与える人で、実はいちばん貧しくなるのも与える人なんだそうです。

豊かになる人というのは自分が好きで与えている人です。自分が与えたいから与える人です。多分こういう人が見返りを求めずに与える人なんだと思います。

逆に、貧しくなる人というのは、ほんとは嫌なんだけど義務感で与えるとか、嫌われたくないから与えるとか、そういう人です。たしかにこれだと苦しいです。無理して与えたんだから、何か見返りをくださいってなっても不思議ではないと思います。

見返りが返ってくれば、少しは報われるかもしれませんが、それでも無理は良くないです。豊かになる人も何でもかんでも与えるわけではなくて、自分が与えたくないものは無理してまでは与えないのではないでしょうか。

結局は自分がどうしたいかなんだと思います。

たとえば、1,000円札を1枚寄付するという行為でも、喜んで寄付するのと、強引に迫られたから嫌々寄付するのとでは、まったく違った出来事になります。

前者は良いことをしたとご機嫌になるし、後者は取られたとか奪われたとか犠牲者になります。これは、お金をたくさん持っているかどうかは関係ありません。

大切なのは何をどれくらい与えるという行為ではなく、どんな気持ちで与えるかです。なので、何か大きなものを与えなければいけないと思っている場合は考え直した方がいいです。

与えるものは大きければ大きいほど良いとは限りません。高価なものをプレゼントすることで、相手にかえって気を遣わせてしまうこともありますし、ちょっとしたものをプレゼントしただけなのに、思いのほか喜ばれることもあります。

人にプレゼントをするのって、たしかに楽しいです。今、父の日に向けて何を贈ろうかなって、楽天を見ながら考えているんですが、その時間って幸せな気持ちになります。

食べ物が無難かな?とか、ある程度健康にも気をつけて欲しいので、体に良いものの方がいいかな?とか、滅多に食べられないプチ贅沢品もいいかな?とか。

普段はあまり考えない父親のことをいろいろと思い出します。こう考えると、たしかに僕が与えているようで実はもらっているのかもしれないですね。

与えるって人のためにする行動ではありますが、自分が良い気分になるかどうかが大切です。自分のために人に与えましょう。

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