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【NEWS】路上販売でわずかな金を稼ぎ、生き、人生を知るシミュレーション『Cart life』が完全版の開発に向け、itch.ioにて資金援助を募集。2012年のインディーで最大の評価を得た路上の伝説が、再生に向かう。


2012年は『Hotline miami』や『Gone Home』など、インディーゲームのクラシックとなるタイトルが多数リリースされた歴史的な1年だった。

その年にて、数あるクラシックを押しのけ、インディーゲームイベントの老舗であるIndependent Games Festivalにて最高賞を得たタイトルがあった。そのゲームは、誰も殺したりしないし、家族がすべて消えた家で謎を解いたりもしない世界——ドラマチックで、刺激的なことは起きない、我々がよく知る日常そのものを、新鮮に体験させる路上販売を題材にしたものだった。

それが『Cart life』である。IGFで栄冠に輝いてから12年。現在、本作はクリエイターのリチャード・ホフマイヤー自らitch.ioにて開発のための資金を募集している。目標金額は50万ドルだ。

なぜいま12年前の伝説的なゲームの完全版を作ろうとしているのか? そしてなぜ資金をこうした形で集めているのか? そこには『Cart life』というタイトルの数奇な運命があった。

執筆 / 葛西祝

文学的ともいえる日常を、ゲームデザインで体験できるようにした革新

『Cart Life』は、露天商として生計を立てようと奮闘する3人の主人公となり、彼らの生活を体験していくゲームである。主人公たちは誰もが苦い背景を背負っている。

アメリカに来たウクライナ系移民のアンドラスは、禿げ始めた頭と無精ひげに包まれた面構えでモーテルに暮らしている。やることは新聞の販売だが、毎日モーテル代が削られていき先行きは危うい。シングルマザーのメラニーは自分の娘の親権を守るのに必死。この二人のように切羽詰まってはいない青年ヴィニーは、生活費に困っておりなんとか道端でベーグルを売って口に糊している。

いわゆる中流~貧困層に当たる彼らにとって、生活費を削られることはアサルトライフルの掃射を浴びるように厳しく、新聞配達やパンの販売で金を稼ぐことは戦場を生き抜くかのように難しい。

プレイヤーは主人公たちの金銭、満腹度、のどの渇きといったパラメータを管理しながら、後ろ盾のないぎりぎりの生活を体験していくことになる。モノクロームのピクセルアートで描かれる世界は、レトロさを意味するのではなく、まるで手持ちの8ミリカメラで日常風景を撮影したみたいな殺伐さを映している。

昨年にあった復活の噂、しかしまた消えることになる


まったくの戦闘も、ミステリの意匠も、メタフィクションのアプローチをやることもなく、文学的すらある状況をゲームデザインとして体験できるように作られたことがもっとも新しく、評価されたゲームだった。

しかし、本作そのままストアで長く販売され、多くのプレイヤーに遊び継がれていく……という経歴をたどらなかった。『Cart life』は非常に奇妙な運命をたどるようになる。

Steamで公開するも、やがてアップデート対応などの問題を背景に本作のストア公開を取り下げ、その後にオープンソースソフトウェアとして無料公開するという不思議な流れをたどり、そのまま音沙汰が長い間なくなっていた。


そんな本作だが、なんと昨年2023年に完全版として作り直すニュースがWIREDなどで報じられていた。開発では元Talltall gameなどのスタッフで構成されたADHOC STUDIOがパブリッシャーとなり、進められる予定だったという。

しかしホフマイヤーの告知ページによれば、突如としてADHOC STUDIOはパブリッシングすることを中止したという。またしても『Cart life』はねじれた道のりをたどるようになったわけだが、それでもホフマイヤーは完全版の開発をあきらめていなかった。

ホフマイヤーは現在、経済的にとても不安定な状態に置かれたまま、開発を続けているという。公式ページでは完全版の内容を任意のキャラで20分24秒プレイできる「DANGER デモ」を公開している。そのデモをプレイしてもらい、プロジェクトをitchから支援するか、または直接、送金してもらうか決めてほしいと語っている。

いずれにせよ、伝説的なインディーゲームに長らく打たれていなかったピリオドを打つために、開発が続けられている。またしても作中の主人公たちのようになりながら、ホフマイヤーは完全版を目指しているのである。この情熱に共感があれば、下の公式ページより援助してみてもいいかもしれない。

本作についてより詳しい話は、筆者のサイト『GAME SCOPE SIZE』にてまとめている。こちらは作者のホフマイヤーにフォーカスした内容であり、天才的なクリエイターが開発したゲームと同じような人生を送る……という状況が書かれている。

『Cart life』オリジナル版もItch.ioにて公開中。現在、こちらを完全なものにしようとホフマイヤーや奮闘している。


葛西祝
令和ビデオゲーム・グラウンドゼロ主催。
「ジャンル複合ライティング」というスタンスで、ビデオゲームを中核に映画や現代美術、文学、あるいはスポーツや格闘技なども越境するテキストを作り続けている。
●Twitter:@EAbase887 ●公式サイト
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