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勝負師



私の職業は勝負師…。といってもギャンブラーではなかったはずだ。ギャンブラーではない勝負師なのか…。では何の勝負師なのかと問われると答えが見つからない。とにかく私は毎日、張り詰めた時間の中で生きてきたはず…、そして毎日毎日を勝負してきたはずだ。与えられるのは、コインではなく自分のインスピレーションのみ。発想をBetしていく感覚に近い、思考の勝負師…だろうか。
私には過去の記憶がない。すっかり失われてしまった。過去の記憶の断片すら残っていない。ただ自分が勝負師という意識だけは残っているような気がする。

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気が付くと私は、山奥の駐車場車に止めた車の中にいた。車の後部座席で一人眠っていたようだ。時計を見ると午後7時過ぎたあたりで、初夏の割には涼しめな夜だ。何でこんな場所でいったい何をしていたのだろう。その前にここは何処だ。辺りは緑が生い茂っており、風で草木がさらさらと揺れている。私は自分の服のポケットを探ると、スマートフォンが入っていた。私はスマホで現在地を検索した。携帯の電波の感度は良好だ、という事はそんなに山奥ではないはずだ。検索してみると県外だった、自分の住んでいる所から100キロほど離れている。こんな所で私は何をしていたのだろう。ドライブにでも来て眠くなったので、ひと眠りしよとしてそのまま眠ってしまったのだろうか。よくある事だ、きっとそうに違いない。しかし、ドライブに来た覚えがない。ポケットにはハンカチ、免許証、財布と車のキーが入っていた。財布の中身は7万ほど入っており、免許証は自分ので、新橋 敬と記載されている。
とにかく家に帰ろう、そう思って私は後部座席を一旦降りて、運転席に移った。新橋の車は外車でBMWの高級車だ。運転席に座り、ふと助手席に目をやると革の手袋が置いてあった。はて誰のだろうか、新橋は普段は革の手袋はしない。何か気になり新橋はダッシュボードを開けてみた。するとそこには拳銃が入っていた。新橋は驚きを隠せなかったが、革の手袋をはめて銃を手に取った。製造不明のリボルバーだ、5発弾倉に装填できるが、弾は一発しか入っていない、しかも空の薬莢だ。つまり発射された後という事なのだが、いったい誰の銃で、誰が撃ったのかは新橋には分からなかった。

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そこは薄暗い丸太小屋風の部屋に蠟燭の炎が数本並べられた部屋。木製のテーブルに向かい合った2人、女と男は椅子に座っていた。
女はロシアンルーレットで勝負しようとしていた。ロシアンルーレットとは、マフィアなどが行う、リボルバー回転式装填の銃に一発だけ弾を込め、一対一で交互に引き金を引いていく、命懸けのゲームだ。弾倉分の1の確率だが、実際はそれ以上の確率で、運が悪ければ一発目で負けるかもしれない危険なゲーム。
そんな命懸けの危険なゲームにその女、金城未亜が挑もうとしていた。
相手の男は、百戦錬磨の勝負師だ。
運の良さと勝敗強さ、運を呼び込む能力も備わっているかのような男だが、こっちも闇のプロフェッショナルで殺し屋の女は、銃の扱いはもちろんの事、これまで様々な修羅場を掻い潜ってきた女だ。このゲームは勝負師vs殺し屋の好カードという訳だが、ゲームを仕掛けたのは謎の殺し屋、未亜の方だった。
5弾倉に一発だけ弾を込めると、コイントスで順番を決めた。ルールは交互に頭に銃を突き引き金を引いていき、ただ一度だけ「パス」という選択肢が、お互いに許されるというルールだった。先攻は相手の勝負師だった。「お前さんが先だよ」未亜は革の手袋をはめ、拳銃をテーブルに置いた。
「ああ…俺か」男はテーブルに置いてあるリボルバーの銃を手に取り自分のこめかみに突き付けた。だが男は、なかなか引き金を引くことが出来なかったが、もし逃げだしたら殺し屋の女、未亜に殺されてしまうのだ。助かる方法は、殺し屋の女とロシアンルーレットで勝負して、もし勝つことが出来たら生き残れるという選択肢を与えられた男だったのだ。
そんな状況でなければロシアンルーレットなんてやるはずがない。
助かる方法があるのなら、イチかバチかに賭けた方が良いのは当然だが、この勝負には自分の方が分があるように男は思っていた。
それは勝負師としてこれまで、張ってきたしのぎもそうだが、確率の勝負に関しては自信があったからだ。
男の確率は5分の1だが、ロシアンルーレットの場合運が悪ければ一発目で発射する事もある。先攻者が不利というデータもあるくらいだ。だが確率的には一番低い。ここは撃つを選択だ。男は目をつぶり引き金を引いた。

ガチャ!という音がセーフという意味を示していた。

未亜の番だ、同じように女は銃をこめかみ部分に突き付け、男の顔を見ながら引き金を引いた。

ガチャ、という無機質な音が鳴った。女もセーフだ。男は愕然とした。ここからゲームの難易度はグン高くなる。パスの選択肢も使う事になってくるだろうし、2発めで発射しなかったのは、結構奇跡に近かったであろう。

さあ、男の番だ。ここはパスを選択するか、撃つかで勝敗に大きく左右される分かれ目だだと男は思った。
ここパスを選択すべき、もういつ弾が発射してもおかしくはない。「パス」男は選択した。
相手がどう出るか…。

未亜「じゃ私もパス」

何!男は絶壁に立たされた気分だった。
残りは3発変わらないままだ。次の一発で発射される可能性もあるが、もしここでセーフならだいぶ勝ちに近づけるだろう。さあもう撃つしかない。男はこめかみに銃を自ら突き付けた。あとは引き金を引くだけだ。んんん…、もう逃げられない…。どうしようもない…。撃つしかない、死ぬか、生きるか、勝つか、負けるか…。だがここで終わるとは限らない。それはまるで全ての運とこれまでの人生でやってきた行いも左右されるかのようである。だめだ撃てない。危険過ぎる!だがやめればこの女に殺されてしまう。

男はゆっくり引き金を引いた。いや引くしかなかった。

私は勝負師。最後の最後まで勝負師だった…。


男は覚悟を決めて引き金を最後まで引いたのであった。

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