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ICTによる早期介入ができれば、この国の支援は変わるか?―「ICT×早期介入助成」による新しいチャレンジ

10年、20年分の生きづらさを、私たちは支えられるのか

74人。これは2021年度に虐待で亡くなった、国内の子どもの数である。

こども家庭庁の専門委員会がまとめた資料によれば、2021年3月までの14年間で、心中以外で虐待で死亡した子どもは747人。そのうち127人は生後0日に亡くなった。ただし、この数は国の統計上把握できた数に留まる。日本小児科学会の推計によれば、子どもの虐待死の実数は3倍以上とも言われる。

「子どもがこうなる前に、なぜもっと早く介入できなかったのか」という気持ちは、誰もが持つものだろう。しかし、この国での支援シーンにおいて、早期介入が充分に行き渡ったとは言えない状況は長く続いてきた。

子どもが生後0日で虐待で亡くなるケースは母親にとって、「予期せぬ妊娠」であることが殆どだ。しかしその背景には、母親自身の家族との不和、子ども時代からの虐待経験、発達障害、精神疾患、貧困、不安定な就労状況、性被害やパートナーからのDVなど、さまざまな要因が複合的に絡み合って困難が累積している。

若年無業者や青年期の精神疾患、少年や若者の犯罪等にも同じように、簡単には紐解けない複合的な要因がある。たとえば幼少期からの貧困、虐待、発達障害、不登校などだ。1990年代にアメリカで始まったACE(Adverse Childhood Experiences、子ども時代の逆境体験)研究においても、虐待など子供時代の厳しい経験が、将来にわたって健康や寿命を縮め、犯罪や社会不適応の可能性を高めることを指摘している。

CDC (2020) “About the CDC-Kaiser ACE study”, Centers for Disease Control and Prevention, The Ace Pyramid modified from Felitti et Al. (1998)を編集部が翻訳

さまざまな支援団体が困難を抱える成人たちに各種サポートを提供しているが、10年、20年と生きづらさを抱えてきた人の自尊心やソーシャルスキルなどを取り戻していくのは、並大抵のことではない。

もちろん運良く回復のプロセスにつながる人もいるが、支援に一度つながっても、保護された施設を飛び出して予期せぬ妊娠を繰り返したり、再犯を繰り返したりすることもあるのが、現実だ。

もっと早くからアプローチできれば、投資対効果も高い

こうした状況になる前に、もっと早期から根本にアプローチはできないのか? 米国では、何十年も前からこうしたアプローチを始めている。

アメリカでは、「ナース・ファミリー・パートナーシップ」という家庭訪問プログラムが1996年から25年以上行われている。低所得の初産婦に対して、妊娠初期から子どもが満2歳になるまで無償の家庭訪問を実施するものだ。

喫煙や飲酒を辞めるなどの生活改善のアドバイスや、子どもとの関わり方などのペアレントトレーニングを行うのみならず、学校の卒業・就職など、母親本人の経済状況を向上させ人生をよりよくしていくこともサポートする。

プログラムを通して、家庭での児童虐待とネグレクトが48%減少し、子どもの6歳時点での行動や知的な問題が67%減少、15歳時点での逮捕が59%減少するなど、さまざまなインパクトをもたらしている。母親自身も雇用される期間が 82% 延び、子どもが15歳時点での母親の有罪判決が72%減少。犯罪の予防や、負の連鎖をストップさせる上で高い効果を見せている。

サウスカロライナ州でこのプログラムを提供する費用は、1家族あたり6000ドル。一方で、高リスクの家庭を支援することによる社会への純便益は、34148ドルと試算されている。このプログラムに投資することで、将来、約5.7倍の費用を政府や地域社会は節約できる。このプログラムはすでにアメリカの40の州で実施されるようになっており、ケアを受けた親子は38万人を超えている。あくまで米国のデータだが、人口減少を迎える日本にとっても考えさせられる実例だ。

The case for investing in disadvantaged young children, Heckman, James J.. (2008)を編集部CDC (2020) “About the CDC-Kaiser ACE study”, Centers for Disease Control and Prevention, The Ace Pyramid modified from Felitti et Al. (1998) 翻訳
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ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の経済学者ジェームズ・ヘックマンも、人的資本に対する投資収益率を上図のようにまとめている。彼が関与したペリー就学前プロジェクトでは、貧困地域で学習リスクを抱えるIQ70〜85の幼児に対して就学前教育を行ったが、追跡調査を実施したところ、教育を行わなかった群と比較して高校卒業率や成人後の年収増、逮捕歴減少などの効果が見られた。

早期介入におけるアプローチは費用対効果において優位性が高いことは、米国の先行事例からもわかってきている。問題の芽が小さいうちに介入することで、課題が顕在化してからよりも、より小さなコストで、より大きなインパクトを生み出せるのだ。

日本における現実的な早期介入には、ICTが不可欠となる

こうした早期介入を実施するエコシステムを、日本にも作っていけないか。

そうした問題意識を反映して立ち上げられたのが、リープ共創基金の「ICT×早期介入助成」だ。「ICT を核とした早期介入のエコシステムの構築」をテーマとして掲げており、休眠預金を活用して3年間で合計約1億9200万円の助成を見込む。

本助成の特徴は、単なる早期介入支援のみならず、ICTを活用したカバレッジの拡大をマイルストーンに置いている所にある。なぜ、ICTの活用が必要なのか?

早期介入という点で言えば、乳児への家庭訪問事業自体は、日本でもすでに行われている。2008年の児童福祉法改正で制定化された、養育支援訪問事業だ。若年妊婦や予期せぬ妊娠、産後うつ、虐待リスクがある家庭に訪問し、相談支援や育児・家事援助等を行う事業である。

これだけ見れば「日本でも早期介入が進んでいるんだな」と思うかもしれないが、大きく違うのは当事者への支援の量と質だろう。厚生労働省が実施した養育支援訪問事業の実施調査によれば、平成27年度の訪問回数は1家庭あたり、平均3回だ。

一方、アメリカの「ナース・ファミリー・パートナーシップ」プログラムは、最初の1ヵ月は毎週、その後子どもが生まれるまでは隔週、出産後6週間は週1回、その後20ヶ月になるまで隔週、20ヵ月から24ヵ月までは月1回と、合計して1家庭に対して60回前後の訪問を行う。だからこそ、保護者のペアレンティングスキルの向上や支援者との信頼関係構築につながり、大きなインパクトが生まれていく。

こうした事業の予算を増やし、人材育成を行いながら訪問の頻度や質を高めていくことももちろん解決策の1つではある。ただし、一方で、増大する社会保障関係費から今以上に予算を獲得していくのはこの国ではもはや現実的ではないだろう。支援にアクセスしやすい一部の人、金銭リソースに余裕のある人だけではなく、国内の早期介入必要群の全人口をカバーするためのレバレッジとして、ICT活用は必須となってきている。

初期の開発や展開コストはかかるが、ICTを活用することで、支援の量的な拡充と質の平均化が見込める。優れた早期介入サービスの提供によって、分野にもよるが将来的に5倍程度の社会的費用の節約につながると考えられる。

もちろんICT だけで全ての問題が解決するわけではなく、人が対応せざるを得ない場面はあるだろう。しかし既存の支援現場においてICTを組み合わせていくことで、支援者の業務負担を減らせる部分や、支援経験の長い人にしかできなかった当事者への関わり方を平準化して行えるなどの支援の質の向上に繋がることも予測できる。

全人口を早期にカバーできる早期介入エコシステムの構築を目指して

リープ共創基金では、介入が必要な当事者として、約400万人の子ども、約139万人の若者、母親となる妊婦11万人と、合計で550万人の早期介入必要群がいると想定している。

リープ共創基金の「ICT×早期介入助成」は、そうした全人口をカバーする早期介入エコシステムの構築に向けて、まずはプロトタイプをつくっていくものだ。ICTシステムを持つ法人がこれまでリーチできなかったハイリスク層の問題解決を行うことや、福祉現場を主導する団体がICTシステムを活用しながら広域的な問題解決を行うことを想定する。

募集は11月末からすでに開始しており、1月15日の公募〆切に向けて、いくつかの団体とは面談を始めながら、企画をブラッシュアップしている最中だ。最終的には7団体程度を採択し、3年で少なくとも、5万人の早期介入必要群に支援を届けていくことを目指す。

助成事業に対する評価も、研究者等を交えて行い、日本の中でもトップ水準の効果検証を実施する予定している。こうした科学的な効果検証も、ICTを活用して大量のデータ取得や処理が可能になるからこそ実施できるものであり、研究成果を通じた広域的な社会実装も可能になる。

休眠預金を活用した助成事業と並行して、民間資金を活用した「早期介入基金」の設立も、年度内に見込んでいる。公的な財源と民間財源を組み合わせながら先進事例に戦略的資金提供を実施し、これまでの支援のあり方を塗り替えていく早期介入エコシステムの構築をリープ共創基金では目指している。

2023.12.19
書き手・田村真菜


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