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ショートストーリー 『 鍵のない箱 』

親友のYが逝った

ある晴れた日に

会社の屋上から

よく笑う奴だった

俺が泣き言や愚痴を言っても

肩を抱いて面白い話をしては気を晴らしてくれた

愚痴は一度も聞いたことがなかった

遺書はなく
部屋は引っ越しでもするかのようにすっかり片付いて
空っぽだった

唯一つ
リビングにテーブルが残り
その上には木箱が一個乗っかっているだけだった

箱の下には紙切れが一枚「Kへ」と
俺の名前が書かれてあった

見ると鍵穴があり
鍵がかかっていた

そっと持ち上げて振ってみると
カサカサと音がした

俺はそれを鍵屋へ持って行った

「中身は何ですか?」
鍵屋の亭主は訝しげに聞く

「分からないんです」
俺は正直に答えた

「それじゃあ鍵を作るのは無理ですね。爆発でもされたらたまったもんじゃないからね」

何軒回っても答えは一緒だった

でも
開けないわけにはいかない

あいつが逝った理由は
この中にきっとつまっているのだから

俺はドライバーを持ち出して
開けてみようとしたが出来なかった

鍵を壊したら
あいつの心を壊してしまうような気がしたから

俺はあいつの実家に行ってみた

母親は泣き腫らした顔で言った

「とんだ親不孝ものですよ。親より先に自分で死ぬなんて」

あいつの部屋に鍵は無かった

「あなたが持っていてください。あなた宛てのものだったのだから」
母親はそういうとドアを閉めた。

俺はその日から
箱と一緒に
Yとの思い出の場所を巡った。

あの時、二人して
手つかずの自然に圧倒されて、言葉をなくした屋久島も
過去に迷い込みそうだと笑った尾道も
〝 地平線 〟を胸に刻んだ北海道も

俺の心を満たしてはくれなかった。

景色は何処も色を失いあいつの笑顔が浮かんでは心を抉った。

もう隣にお前はいない。

帰宅した俺に込み上げてきたものは
怒りだった

何故
何も言わずに逝ってしまったのか?

あいつにとって俺はなんだったのか?

俺は思わず部屋の床に
箱を叩きつけていた

その時
箱は悲鳴をあげて
口を開いた

駆け寄って中を覗くと
くしゃくしゃの
紙切れが一枚。

開いてみると
見慣れたあいつの字で

〝 希望 〟


書かれていた。

あいつは鍵を捨てたのか
或は失くしたのか

分からないことばかりだけど

たった一つ
解ったのは

俺に
開けて欲しかった
ということだけだった

バカヤロウ……!

泣きながら呟くと、

あいつの涙に濡れた笑顔が過って
消えた。

それから俺は毎日
日々の中に小さな〝 希望 〟を見つけては
街角に立って歌った。

一度
捨てた筈の夢だった。

「羨ましいよ。好きな事があるなんて、勿体ない」
アイツがいつか言った言葉が蘇って、俺に夢を拾わせていた。

今度は何者かになるためじゃなくて
アイツに〝 希望 〟を届けるために歌いたい。

人には永遠の命があると言う

あれは本当だろう。

俺には聴こえる
アイツが一緒にハミングしている声が。

前よりもずっと近くで
そう。
この俺と
まるで一つの魂になったみたいに。


2024’  7/  7  rewrite

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