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【古代史の謎】カタカムナ神社は兵庫県の金鳥山にある保久良神社か? 楢崎皐月博士とは? アシア族とは? 蘆屋道満とは? カタカムナ文字とは? セーマンドーマンとは? サンカ、温羅、ツチグモ、鬼の正体は?


🟣漢字が中国より伝わるずっと以前から日本に古代文字があった可能性がある。


一般的には、漢字が伝来する以前の日本には固有の文字がなかったとされる。


そのため人々は神話や伝承などを暗記して口頭で語り継いでいたと言われる。


日本に漢字が伝来したのは4世紀後半の古墳時代だと考えられている。


日本で出土した3世紀頃のものだと考えられる土器には漢字が書かれているが、その漢字が文字として当時の人々に認識されていたかどうかは不明だ。


縄文時代の始期と終期については多くの議論があるが、まず始期に関しては一般的に1万6000±100年前と考えられている。終期は、諸説あるが、概ね約3000年前 とされる。


なんと縄文時代は、1万3000年以上続いたことになる。


歴史は、勝者が敗者の歴史を書き換え都合の悪いものは消しさられていく。 


ヤマト王権以前に存在していた各地の部族が、1万3000年と言う長きに渡る縄文時代から、その後の弥生時代にかけて独自の古代文字やその土地の歴史、文化を形成していったとしても何ら不思議はない。


3世紀後半~6世紀の日本に存在したとされる「ヤマト王権」が、日本各地に存在していたヤマト王権に従わない人たちを「ツチグモ」や「鬼」など様々な蔑称で呼び、征服していったのが今の天皇家に繋がる統一の歴史だ。自分たちの戦いを正当化する為に各地の有力者たちを悪者に仕立て上げる必要があった。


日本統一を進める大和朝廷に反抗する分子の話しは各地に残る。 


奈良県御所市にある一言主神社を訪れた際、参道の途中と神社の境内に、ツチグモの墓なるものが残っていた。これらは大和朝廷に従わず戦いを挑み敗れた葛城族だったのだろう。


国譲りで有名な出雲には、出雲族がおり、国津神から天皇家となる天津神の天孫族に国が譲られた。


大和朝廷から東北地方に派遣された坂上田村麻呂により蝦夷の首長 大武丸 (鬼伝説がある)や岩手県奥州市で活動した蝦夷(えみし)の族長アルテイは征服された。


今の岡山県にあたる吉備国には、温羅(ウラ)と呼ばれる百済の王子の一族(鬼とされた)が総社市の山頂近くに住んでいた。大和朝廷から派遣された四道将軍のひとり吉備津彦命によって温羅は退治された。これは、桃太郎伝承として語り継がれている。


香川県には、吉備津彦命の異母弟にあたる稚武彦命が、瀬戸内海に浮かぶ女木島を住処とする鬼と呼ばれた海賊たちを退治した伝承が残る。


ちなみに、吉備津彦命、稚武彦命の異母姉にあたるのが、箸墓古墳に眠る卑弥呼説のある倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)であり、香川県東かがわ市の水主神社、袖掛神社、艣掛(ろかけ)神社と高松市の田村神社(香川県の一宮神社)には、幼少の頃、奈良県から派遣された倭迹迹日百襲姫の伝承が多く残る。



戦後まで日本に存在していたサンカ(山窩)は太古の縄文時代から日本にいた縄文人で、弥生人である大和朝廷側に屈することを良しとせず自分たちの生き方や独特の文化を戦後まで貫いた誇り高い人たちの集団かもしれない。


古代より大陸から多くの民族が海路と陸路を使い日本に渡ってきた。日本は東の端に位置し終着地のようなところだから、多くの民族が終着地である日出る国 日本に定住するようになり融合していったと考えるのが自然だ。特に中国、朝鮮などの滅ぼされた側の王族や侍従者たちが平安の土地を求め日本に来ていただろう。


滋賀県の坂本に住む城の石垣積みのプロ集団 穴太衆の先祖は渡来人であるが、更に遡ればピラミッドの石垣を築いていた技能集団が、長い時間をかけてエジプトから中国に渡り、朝鮮を経て日本に渡ってきたのかもしれない。


宮内庁に籍を置く雅楽を受け継ぐ東儀家や京都の伏見稲荷神社、松尾大社など多くの神社を創建した秦氏は、渡来系の人たちだ。


丹羽哲郎さんの先祖も大陸から来た代々、医学を研究してきた丹波氏だ。


空海は、父方が讃岐の地方豪族 佐伯氏、母方の阿刀氏は渡来系であり、空海が遣唐使の予定20年を2年に短縮し、青龍寺の恵果和尚に学び、密教を持ち帰ることができたのは、財力と中国語力があったからであろう。


蝦夷征服に活躍した坂上田村麻呂の父は坂上苅田麻呂。坂上氏は、前漢の高祖皇帝、後漢の光武帝や霊帝の流れを組む渡来人である阿知使主とその子都加使主の子孫を称し、坂上志拏のとき東漢氏より氏を改めたもの。田村麻呂登場以前は地方豪族や下級官人であった。


兵庫県の金鳥山で、楢崎皐月が、平十字から聞いた天皇家となる天孫族に敗れたアシア族は、約2万年前から独自の文字や文化を築いてきた優秀な種族だったかもしれない。


カタカムナ文献に関するものを読んでいると色々と想像力が掻き立てられる。


●盧有三老師が言った(書いた?)噫示八人のピン音は、Yī shì bā rén イーシィーバーレンと言う発音になる。楢崎皐月が、なぜこれを 噫示八「アィシーパー」人→「アーシーヤー」=「アシヤ」と聞こえたのかは謎だ。書かれたのなら噫は、音読みで、イやアイ、訓読みで、ああ、おくび と読まれるので アイと読んだのか?


●楢崎皐月によると、1948年頃から全国の電位分布実測調査を行ううち、兵庫県六甲山山系の金鳥山(俗称:狐塚付近)での生活中に平十字と出会ったとある。

1948年当時は既に保久良神社はあっただろうから、平十字に会ったのは狐塚付近、カタカムナ神社があったのは、保久良神社と特定しなかったのはなぜか?→カタカムナ神社は、保久良神社のことではなかったのか?

1948年当時、金鳥山のどこかに、蘆屋道満の墓と言われる狐塚と言う洞穴があったのだろう (地元のお年寄りの方ならこの狐塚のことを知っているのでは?) 。 しかしながら、2022年3月現在で、この狐塚の位置は特定されていない。


カタカムナ文字は◯印の中に十字などが描かれているが、2万年前の紙がない時代に、岩に◯印を彫るのは大変だっただろう。だからくさび形文字に◯は見られない。或いはカタカムナ文字は口頭伝承され、紙が出来てから実際に書かれたものなのか?


2万年前に5-7調の歌が存在したのか?


カタカムナ文献は、楢崎皐月博士が、満州で研究した製鉄法やアヘン栽培法、原子核などの秘密裏に研究された成果を後世に残し、守るための暗号だったのではないのか?

船井幸雄さんの書籍で読んだことがあるが、確か神坂新太郎さんも満洲で研究されていた。

続き

兵庫県神戸市東灘区 金鳥山登山道にある保久良神社、祭神、カタカムナ文字、楢崎皐月、古代祭祀、アシア族、蘆屋道満、セーマンドーマンとは?



以上







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