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【中編】 レンズと具現の扉―③

5 月夜の考察

 その日の具現の扉を通る使用時間が終わり、運よく飛ばされた場所が屋敷の近くであった為、屋敷の男性にテントを借り、そこで二人は野宿する事にした。

 一応、公共施設である屋敷には許可なく入れず、男性も翌朝の集合時間を告げ帰って行った。

 その日は丁度満月。
 火を焚かなくても辺りが明るく、色彩はほとんど同じ薄暗がりの藍色の世界にいるように、全ての色合いは独占されている世界である。
 気候は暑くなく、寒くも無く。そして、虫の音が、静かで清々しい夜の世界に、騒音ではない音色を響かせ心地よく流れた。

 バルドは、月明かりを反射し、波打つ湖を呆然と眺めた。

 扉の中の世界で知り合った男の言葉を思い出し、その指示に従い自分がこうなった経緯から思い返した。すると、不思議と多くの事が思い出せない。

 確かに自分はトルノス在住である。
 今まで何度か他国へ旅をしたことがある。しかしその旅がどういった事を目的としたのか。自分の本職は何か。そして、誰にあの屋敷を紹介してもらったのか。それとも一人でふらっと立ち寄ったのか。
 色々謎は生まれたが、屋敷の男性の第一声。あれにより、自分は誰かにあの屋敷を紹介され、そのことをあの男性に知らせている。その仲介者に会えば、何かしら分かるかもしれないが、今その人を探す時ではない。

 今度は現実世界ではなく、具現の扉内でのことを思い返した。

 一番気掛かりはあの浜辺の女性の存在。
 何度思い返してもその女性に見覚えは無い。なのに、向こうは自分の姿を見て、何かを話して逃げた。
 追いつけない距離を保っていたが、女性は立ち止まり自分を待っている様子であった。

 原因は分からないが、自分を嫌って逃げるのなら、あの動作はどう考えても待っているようにしか思えない。
 どんなにそのことについて考察しても、何一つ解決の糸口どころか、もう謎も浮かばない。

 考察に行き詰まりを感じると、頭が熱くなり、居ても立ってもいられず、服を脱いで全裸となり、月夜の湖へ飛び込んだ。

6 天井から現る女性

 翌、午前九時。二人は再び具現の扉を開いた。
 三度目になるとバルドも馴れ、暗闇から次の景色へ向かう変化も新鮮に感じなくなった。

 次に現れたのは空が朱に染まり始め、自身の影も伸び始めた頃合の場所。
 木造建築二階建ての広い屋敷の門前。
 屋敷は横に広いが、屋根の所々が崩壊し、壁も一室分の壁のあちらこちらが、全壊であったり、半壊であったり、壊れ方は様々である。
 庭の雑草は生い茂り、蔓植物は壁を這い、一部は部屋の中へ入っている。
 蔓は門扉にも、外壁にもかかっている。

 ただでさえ不気味な屋敷も、夕方の陽光により伸びた陰りが、不気味さを際立たせた。

「ここ……入るんですよね」バルドは誰が見ても判る程に怖気づいている。
「ったりまえだ。さっさと行くぞ」

 刑事は危険な現場慣れをしているせいもあってか、門扉を開いた時に鳴る、独特の軋み音さえものともせず、ずんずんと中へ入って行った。
 待って下さい。と、声をかけ、いそいそと後へついて行き、いざ屋敷の入り口の扉を刑事が開けた時、異変が起きた。

 なんと刑事がまるで石像のように微動だにせず、それは肉体が硬直したのではなく本当に体が、衣服が、石像のように動かなくなった。
 手触りは、衣服は衣服を撫でている触感だが、肌は、研磨された木製の机の表面を撫でている様に、硬く滑らかである。もはや皮膚の触感ではない。

 ただでさえ不気味な屋敷の入り口。

 思わぬ形で一人ぼっちになったバルドは、一度庭まで後退り、このまま崩壊が起こるまで待とうとさえ思った。
 庭に出て、周囲を見回し、どうしようかと迷っていると、何処からか声が聞こえた。
 その声は、はじめ何を話しているか分からなかったが、よく聞くと、女性が、何かを訴えている様に聞こえた。

 ……めて。 ……レン…………は駄目。 お………やく、目を………。

 不気味に聞こえず、どことなく聞き覚えのある様な、心地よい声であった。
 周囲から聞こえていたその声が、やがて屋敷の中から聞こえて来た。まるで屋敷に入れと言わんばかりに。そう実感した。

 意を決するしかないと腹を括った。
 そう思えたのは、前回の扉内で出会った男が、思考し続けろと諭したが、もう思考する内容が無く、このまま逃げても解決に至らないと判断したからである。

 大きく呼吸をし、固まった刑事と、びくともしないもう片方の扉の間を通り中へ入ると、想像以上に床も階段も綺麗に保たれている。
 当然埃や、崩壊した壁の隙間から入って来た小枝や落ち葉、その他のごみのような物は散乱しているが、歩いて壊れそうには見えない。

 表から見る屋敷の印象では、扉を入ってすぐ踊り場があって、正面に階段がある印象であった。しかし全容は、左右に別れた通路と扉から中庭の扉まで繋がる真っ直ぐな木の板の通路があり、左右の壁に面して階段が設けられている。

 窓や欠けた壁から注ぐ夕日が、飛散する埃を露わにした。
 怖いながらに昔、家に一人留守番をしている夕方によく見た光景の一部。
 これが見えると、もうすぐ母親が帰ってきて夕食を作り、そうこうしている内に陽が沈み、埃が見えなくなると父が帰ってくる。

 そんな光景が思い出されたが、すぐに現実へ戻された。戻された原因は、左に曲がる通路の奥から聞こえた音によるものである。

 音は規則的な音ではなく、よく聞いても分かりづらい足音の様な、床に何かが当たる音の後、重厚感のある物体が床に落ち、ゴロゴロと転がる音が続く。球体か、円筒状の物だと思われた。

 通路を曲がり、音の聞こえる最初の部屋をこっそり覗きこむと、案の定坊主頭の、道化師の化粧をした人物を捉えた。
 袖の無い黒いシャツ、膝までの丈のズボン姿の男性が、一升瓶四本を、御手玉のように回す練習をしていた。
 慣れた手つきで練習をしているが、時折失敗し、瓶を落とした。
 それでも男性は顔色一つ変えず、只管同じ作業を続けた。

 飛散する埃漂う一室で、白塗り化粧の道化師が不自然に存在した。
 そして、真剣に練習に励む姿は、奇妙ながらも惹きつけられる魅力を漂わせていた。そこに恐怖は無く、見る角度を変えると、その道化師が逞しい姿に思える力を秘めていた。

 道化師はこの男性だけではなかった。

 今眺めている部屋の隣の部屋にも、同じような道化師姿の男性が、真っ白く塗った上半身裸姿で、棒術の型のような動きを、その姿からは不適合に思えるほど真剣に、これから何かと戦うかのような気迫を醸し出し鍛錬に励んでいる。

 バルドがそれぞれの道化師を観ている部屋の反対の窓からは中庭が覗け、先ほどまでは一切気にも留めなかったが、複数人の道化師たちが、まるで舞台の練習でもしているかのように、全身を使って感情を表現しているような踊りの練習に励んでいる。

 それは一つ一つの動作がゆっくりな者。
 バレエの様な両足、両手を広げて飛んだり、その場で回転したりする者。
 足を延ばしたままだったり、膝を直角に曲げたししながら左右に動き、上半身は、大げさに動かして何かを表現したりと、やっていることが様々である。

 突然、後ろから大きな音で何かが倒れた音がして振り返ると、瓶で練習をしていた部屋の棚が倒れたらしく、振り返ったと同時に、その部屋の道化師と目が合った。
 何かを言われるか、追いかけられるか、咄嗟に警戒し半歩後退ったものの、相手はバルドに気など向けず、再び練習に戻った。

 ここにいる道化師たちは自分に目などくれない。そう判断した時だった。

「へぇ、君だったんだ」上から声が落ちて来た。
 条件反射で上を向くと、鼻先をすぐ付きそうな程近くに、女性の顔が存在した。
 あまりに唐突な出来事に、一瞬声を失い、初めて驚きの表現が、息も出来ないほど沈黙する事を経験した。

「ん? 驚かない?」

 相手が不思議がり首を傾げる様子を確認すると、何かの枷が外れ、ようやく声を上げて驚けるようになった。
 あまりの大声に、道化師たちも動きを止めてバルドの方を眺めたが、三秒ほど眺めた後、自分たちの活動を再開した。

 天井から現れた女性が、どのようにしてその体制になったかは、驚いて尻餅をついた時判明した。
 女性は天井をまるで床のように、足をつけ立っていた。
 バルドが腰を抜かしたまま後退ると、女性は天井から落ち、半回転して見事に着地した。

「やあやあ。君が具現の扉から来た青年だね」

 驚きが醒め、多くの謎を解決する存在を見つけ、今度はこの女性に惹きつけられた。

「まあとりあえず、話が話だ。君の一つ一つの動作や驚きで、一心に励んでいる道化師さん達の迷惑となってしまう。場所を変えるから着いて来なさい」

 女性は入口手前の階段を上り二階へ到達すると、今度は通路を通って別の階段を上り外へ出た。すると、一画だけ広さにして十畳から十二畳はある四角い床を設けた屋上へ出た。

 不思議な事に、夕方の風景が一向に変化は無く、仄かに周囲は朱に染まったままを維持していた。ただ、屋上のほうが、心地の良い風が吹いている。

「さて、君を見るからに、多くの謎を抱えているようだね。あ、君が謎めいてるって意味じゃぁない。その点は察してくれよ」

 話し方が見た目の年齢に見合わず古臭く感じた。

「あの、僕の知り合いの刑事がいるんですけど……」

 屋上へ来る途中、まるでいないかの様に見捨てられた人物を気にかけた。

「ああ。彼は今回外れてもらったよ。彼の目当てはここにいない。かといって、彼の行動、言動にいちいち時間を費やされると、こちらも。……いやむしろ、君のほうがたまったもんじゃぁない。時間の有効活用のために止まってもらっただけだよ」

 この話し方から察するに、彼女はこの世界の主に思えた。

「当たらずとも遠からずだね」

 まるで、扉前で待っている男性の様に、彼女はバルドの心を読んで答えた。

「君は思ってることが表情に出やすすぎる。だが残念な事に、私はこの世界の主ではない。かといって、謎多き君の頭が破裂してしまっては可哀想だからね、ここは謎めいて残すより、真実を打ち明けようではないか」

 まさに物語の見せ場のように、風が強く吹き付け、女性の裾の長い衣服と、髪を靡かせた。

「私はこの世界の主ではなく、具現の扉の中で生きる住人だ」

 具現の扉の中は、数多くの世界が混同しているように見受けられる。そんな中でどうやって生活を? 疑問が、これ程まともな文章として生まれてはいないが、そのように疑った。
 咄嗟に、前回の世界で知り合った男性の事も思い出された。

「住人って……じゃあ、あの男の人も……」

 男の言動、奇妙な環境にも物怖じしない態度にも、理由を付けるなら、この世界の住人だから。が正解だと思われる。

「ああそうだ。その男ってのが誰かは分からないが、確かにこちらの世界の住人だね。けど、君が思ってる“住人”って概念と、私が言ってる“住人”ってのは、まるで意味合いが違うのだよ」
「違うって? 確かにこの世界は、僕の住んでる世界とは全く別で、滞在に時間制限が有ったり、崩壊があったりするけど、住人って言えば何処かで暮らしてるってことじゃ」
「その、住んでるって部分が全くもってお門違いなのだよ。我々は、姿形は君の前では人型に形成されてはいるが、在り方がまるでなってない。その説明をするには、まず具現の扉内部の世界の事について話しておかなければならないみたいだね」

 バルドは小声で、具現の扉内部の世界。と、復唱した。

「君のいるこの世界は、単なる小説の世界の再現だ」
「――小説の⁉」

 驚いたものの、それならこの奇妙な住人達の行いや、様子の意味が成り立つ。

「長ければ長いだけその世界にとどまれるが、短いと崩壊が早い。つまり、制限時間に達したから追い出すよ。と、その世界からつまみ出される。まあ、今回は長い方だから、もう少しいける」
「でも、だったらあなたや、あの男の人は、なぜ崩壊に巻き込まれないのですか?」
「それは私たちが、この世界を成り立たせるレンズだからさ」

 レンズ。それは、現実世界で、遙か昔現れた謎の物質。その存在に害はないが、未だに謎の多い浮遊物質。

 淡々と語る女性が、人間のように、口元と顎を指で押さえ、斜め上を向いて考える素振りをみせた。

「直接レンズだと言うのは誤解を招くか。言葉足らずもいいところだね」

 調子が狂う。深刻な話が、こうも淡々と、軽く語られるだけで、本当かどうか疑わしく思える。それでも彼女は続けた。

「遙か昔、突如現れたレンズはこの世界の大地に浸透した。それが歴史の常識だ。しかし真実は、遙か彼方の海上でレンズは現れていたのだよ。そのレンズたちが何かというと、元々この世界にいた、形を持たない意識の生命体であった」

 まったくもって、そうなのか。とは頷けず、そして案の定、表情は読まれていた。

「……あまりについて行けないって顔をしているが、少し柔軟に、幻想世界を舞台にした小説を読んでいる様に受け入れてくれるとありがたいのだが」

 そうはいえ、俄かには信じがたいレンズの真相。
 まだ腑に落ちていないが、素直に受け入れる素振りとして頷いた。
 それを合図に、女性は話を続けた。

「意識の生命体。人間が神への懇願。夢を見る思念。未来に描く幻想。そういった、目の前で形作らないまでも存在する、虚無であれ、在る形。それがレンズだ。当初、硝子の様な肌触りだが、溶け出し大地に馴染む様子から、水溶性の物質と思われていたが、今まで現れた場所が海上だったため、あのような水とも硝子とも思われる形となった。そしてようやく、海上で出現しては溶け、出現しては溶けを繰り返す日々の果て、大地へ到達した。当時のレンズに感情があり、どう感じたか定かではないが、大地を見つけたことで大地全体の思念に呼びかけた。我々の求めていたものがここにあるぞ。と」

 話が壮大すぎる。それを聞いているバルドは、歴史の真実よりかは物語を聞いているようであった。

「この呼びかけは飛躍が過ぎたかもしれない。まあ、そんなこんなで、この世界に存在する陸地全てに、それこそ、噂が広がる様に浸透して行き、そこから周囲の海にまで届いた。そして現れたのが、最初のレンズと同じ形をしたレンズ。それも複数だ。それが、同じように大地に溶け込みを繰り返した。浸透しきれないレンズたちも多くいたが、それ等はまたレンズとなり、大地に溶けた。これが、次々に同じレンズが現れた理由だ」
「しかしレンズは今も、大きさで言うところの、大の大人程のものが、そこら中に浮遊していますよ。それに、初代程の硝子感も無く。ひんやり冷たい雲のような存在だ」
「それは、現代版レンズと言えばいい。まあ時折、硝子の様な触感の物もあるが、この際気にしないでくれ」

 これだけ女性が淡々と話すのに、そこの説明をしない理由は、本当に意味がないのだと思える。

「……続けるよ。陸地に人が生活するかのように、陸地近くにレンズが浮遊し、何時しか大地へ帰る。そしてまた現れる。大陸全土に馴染み、人を知ったレンズたちが進化した形。それが今のレンズなのだよ。まあ、子供が外で遊んで帰る感覚だよ」

 そう言えば、何の話からレンズの話だったかを忘れたバルドであったが、またもや表情を見透かされた。

「壮大な話のせいで本題を見失ったね。そろそろ戻ろうか」

 一体、自分はそれ程までに読まれやすい表情をしているのか。今度鏡の前で自分の表情の変化を見物したくなった。

「レンズはいわば思念・意識の集合体。それが、各地で多くの現象を引き起こした。昔の人はそりゃぁ驚いただろうが、特別な害意は及ぼさなかったから馴染んだ。そこそこ話のネタになる程に受け入れられた。そんなこんなで、レンズが及ぼす奇天烈な現象の一つとして現れたのが、本の世界の具現化だ。まあ、再現と言い換えても問題ない。ある一定の場面だけ、体験できる空間として存在した。それを稼ぎ場所として、扉が設けられ、商売が始まった」

 疑問が生まれた。商売が始まった? しかし、具現の扉を案内した男性は、バルドから金銭を要求しなかった。何より、刑事は他のレンズを通して、この世界に何かの犯人が逃げ込んだと豪語した。それなのに見つからない。それどころか、眼前の女性に動きを止められ、未だに活動出来ていない。

 考えれば、あの男も、刑事のいなくなった後で現れ、浜辺の女性は刑事に見られていない。

 一つの結論が生まれた。

「――まさか、あなた達が――」
「残念だが大外れだ」即答された。しかも、まだバルドは何も言っていない。
「そ、そんな、僕が何か言おうとしていたか、分かりますか?」

 考察から、一つの結論を生みだすまでに至った熱量は、敢え無く冷まされた。

「私や、さっき話した男が、刑事の追ってる存在だと思ったんだろ? そこが大外れだと言っているんだよ」
「いやでも皆さん、刑事に会ってないじゃないですか。それに、浜辺にいた女性は、僕とも話をしなかった」

 女性は、その話を聞いて、眉がピクリと動き反応を示した。

「私と男、それに刑事に至っては込み入った事情があってね。いや、それ以上に、君がこの世界にいる事自体、大きな問題を抱えているのだよ」
「急にどうしたんですか? さっきまで淡々と色々話してくれたじゃないですか。もっと教えて下さいよ」
「残念だが、どうやら時間だ」

 遠くから、何かが崩れる音が聞こえだした。

「刑事には悪いが崩壊に巻き込まれてもらうよ。まあ、扉の近場だから大したことないさ。君には扉を用意した」

 屋上へ出た時の入り口に、あの二羽の大鷲の彫刻が施された扉が出現した。

「君に話す者達はレンズに関する存在だ。ただ、君は君の置かれた状況を見抜かなければならない。そして、さっき言ってた女性」
 浜辺の女性の事だと直感し、その事を聞き入った。
「彼女は君自身が抱える問題の、重大な一部だ。今ここでどう話そうが何一つ進展はない。君自身が見つける事だ」

 前回の男にしろ、今回の女性にしろ、話を聞くだけで何か固く結ばれていたものが次々に解かれていく感じがする。

 遠くから聞こえた崩壊が、屋敷の外壁ほどの所でその様子を表した。それは、地面が、大きな暗闇の中へ崩れ落ちる現象であった。

「また、どこかで会えますか」
「残念だが、この容姿、この思想で会うのはこれが最初で最後だ。同じ話の中にいても、もう会う事も無いだろう」
「そう……ですか」

 さすがに、これは誰でも分かる程に、残念さを露わにした。

「だが、この世界に来続ける限り、“今”の君は私の様な存在に会うだろう。しかし、それで何一つ解決出来なければ、君は――」

 女性が何か言いそうになった所で、崩壊の音が大きくなって聞こえなくなった。続けて、崩壊が屋敷に迫った事も確認すると、女性はバルドを強引に扉へ通すのではなく、自ら、ここにいても意味は無い。と、選択させる行動に出た。

 自ら崩壊の穴の中へ落ちていったのだ。

 悲しみは無い。しかし、軽度の虚しさを抱きながらも、女性が用意してくれた扉を開け、中へ入った。

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