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【二十四節気短編・小寒】 奇跡も意味が無い時はある

○ 独白・1 冷めやすい性格

 年末の気忙しい期間を終えて年を越し、毎年恒例の新年の明るく賑わしい雰囲気を迎えるも、一週間も経つといつも通りの日常へと変わる。俺の場合、一月二日の昼にはいつも通りの日常に戻されていると言っても過言ではない。それほど新年の雰囲気を好ましいと思わない冷めやすい性格だ。

 俺は日常のあらゆる事で冷めやすいところがある。

 初めて自家製のカボチャのポタージュスープを友達から作って貰い飲んだ時の旨さに喜んだ事がある。
 作り方は意外と簡単。蒸すか水で茹でたカボチャを冷まして粗熱を取り、牛乳と一緒にジューサーで混ぜ、鍋で温めて味を付けただけだと教わった。
 そこで思いついたのは、すり潰せばペースト状になる芋類や豆類でも同じ事が出来るのではと思い、サツマイモ、ジャガイモ、空豆、小豆と試した。
 それぞれカボチャのスープと味は違うも、道理が同じだと実感する。こういった方法でプロは何かしらの新作料理を拵えるのだと思った。
 試した結果、小豆に至っては牛乳ではなく水と合わせ、砂糖と微量の塩を入れ、これは“ぜんざい”と判明する。そして煮詰めたら餡子。
 結論、プロはこんな裏技簡単レシピのようなものではなく、もっと食材の事を調べているのかもしれないのだろうが、どうあれ俺のスープへの熱意は冷めた。

 水回りを綺麗にすれば運気が上がる。玄関を綺麗に保ち、靴を下駄箱へ入れるなど、風水が妙に気になったときも試してはみた。しかし、一週間水回りや玄関を綺麗にして保ったものの、何一つ変化が無く、嫌なことは時々あった。
 本来は長い年月をかけて状況を改善していくのだろうが、俺の冷めやすい性格がソレを許さなかったのだろう。風水も続かなかった。

 おなか周りの脂肪が気になり、筋トレやダイエットに励むも見事な三日坊主。
 将来の為にと始めた英語のリスニング学習も二日で断念。
 文章の勉強とばかりに純文学を読むも、二十ページで終了。

 何か目標を立てて精進しようと行動するもすぐに冷めてしまう。この性格は昔からで、心なしか年々酷くなっている気はする。
 しかしこんな俺でも続いている事はある。
 一人暮らし。仕事。執筆活動だ。

 独身を貫き通しているのではなく、ただただ恋人がいないし作る気も起きない。
 仕事は収入が無いと生活出来ないから続けている。
 執筆活動は自分の作品が映像化すれば良いという想いから始め、今は短編小説ばかりを投稿し、受賞を狙って続けている。

 先の二つは生きる上で必要だから続いているが、執筆活動だけは目標を立てて精進する中で唯一続いている活動である。
 もう四年も続け、鳴かず飛ばずの活動だ。正直、何故続けているのか分からなくなる時がある。

 しかし十日後、いよいよ変化の兆しが起きた。
 きっかけとなったのは、一月七日の夜、スーパーへ寄った帰りの出来事であった。

1 高すぎる奇妙な商品

 雄介がその人に気付いたのは、偶然左を向いたからであった。
 路上販売。露店商。そんな言葉が頭に浮かぶも妙に気になり、足が動いた。

 ドラマなどの、あからさまに占い師が営業していると示す“占”の張り紙の無いものの、販売人の見た目も机の両端に置かれている物を見ても占い業を彷彿させる。

「おじさん、占い師?」

 見た目は五十代から六十代の男性に雄介は尋ねた。

「俺ぁ占いはせん。というより出来ん」「じゃあ、何? 机に置いてるのを売ってんの?」

 長机に並べられているのは三つ。水晶玉、金の香炉、朱色の腕輪であった。
 雄介は手に取って良いか確認し、金の香炉を手に取った。

「これ、もしかして純金?」
 男は頭を左右に振った。
「俺にゃ木製にしか見えん。そうか、あんさんには金に見えるのか」

 もう、怪しい販売にしか見えない。
 雄介がそっと香炉を机に置くも、男は続けた。

「その香炉は持つ者の状態や心境によって見え方が変わるんだ。他の二つも“曰く付き”の物ばかりだが、使い方を間違えん限りでは幸せを呼び寄せる品になるものだ」

 生まれて初めて詐欺商法を堂々と行う者を見たと雄介は抱き、関わりを持たないように去ろうとした。

「あんさん、何やら書き物でもしてるのか?」

 執筆活動をしている事は職場は勿論、家族にも話していない。それを見事に見抜かれてしまい雄介は動揺するも、無理やり気持ちを抑え込んだ。

「俺、そんなんしてる風に見える? このスーツ姿、ザ・リーマンだろ?」
「ああ、嘘は吐かんでいい。今ので大体読めた。あんさん、器用なのに何をやっても続かんで、今も尚続けている執筆活動も鳴かず飛ばずでどうしようかと悩んでいるだろ? 兄も姉も地元にいるから両親への介護やらの心配は必要なし。結婚しようとも思わんから独身を貫いてもいいと、なんとなくで考えてる。勿体ないな、他者より秀でたもんを持ってるのに」

 香炉を手に取っただけでこうもズバズバと言い当てられると、さすがに雄介も相談してみたくなってしまう。

「え、香炉になんか仕掛けでもあるんっすか?」
「いや、それは『見定めの香炉』と言ってな、持ち主の素質を知る代物。丁寧に扱えば見合った幸を得る」

 他の二品も説明を訊いた。

 水晶は『うつつの水』といい、中には水が入っている訳ではない。物質上、透明な水晶である。
 使い方は人により様々で、映し出された人物の情報を得たり、望む光景を見たり、持ち主と同質の人間を引き寄せるなど、定まった効果はない。

 朱色の腕輪は『成就の輪』といい、願望が成就する腕輪である。

 三品の説明を訊くだけでも喉から手が出る程に欲しい。

「どれも欲しい。結構高いんだよな?」

 それぞれ百万円ずつと告げられる。
 貯金を全額降ろせば三つとも買えない値段ではないが、どうも躊躇ってしまう。しかしどれか一つだけと思うと迷いが生じる。

「あんさん、不思議な品々の良いところだけを聞いて悩んでるだろ」
 またも見透かされてしまった。
「不思議な力を持つ物には相応の守り事や危険を孕んでるぞ。そうそう甘いもんではない」
「アレですか? 悪用すると制裁が酷いとか、使いすぎるとバチが当たるとか」
「それらも守り事に入るが、さらに清潔に扱い、汚い部屋へ置くな、日当たりや掃除するとか。他にも細々したものもあるが、それら全ては持ち主の心構え次第でなんとかなるものだし、バチも大したことは無いのだがな」

 補足で管理方法を記した紙を封筒に入れて渡されるとあった。

「けど、こんな良いもん売ってたら盗まれたりしないのか? おじさん、武闘派って柄じゃないし、強面でもないし」
「これらを盗める奴はおらん。試しにその腕輪を持ってここから離れてみればいい。出来たらタダでやろう」
「マジ!?」

 まるで千載一遇のチャンスとばかりに、雄介は腕輪を手に取った。すると男は、落としたらまずいからと、鞄に入れるように指示する。
 こうなっては鞄を抱えて走って逃げれば問題なく貰えそうだが、本心では逃げ切ってあとで返そうと考えている。さすがに万引きはしたくない良心が働いてしまう。

「いいか、けして走らず、ゆっくり歩いて離れるんだ」

 何やら慎重に行動するよう促され、雄介は従った。
 十メートルは進んだ辺りで、左腕に妙な違和感を覚え、無意識に力が入ってしまう。
 さらに五メートル進むと、まるで教鞭のようなもので引っ叩かれたような痛みや電気が走るような痛みを感じる。

「い、いでで、痛ぇ!」
 急いで男の元まで戻り、机に腕輪を置いた。
「ご覧の通り、悪行に過敏な反応を示す。走って逃げようものなら気を失う痛みに襲われるって寸法よ」
「先に言ってくださいよ。超痛ぇっすわ」「すまんすまん。で、買うかどうか決めたか?」

 どうもこうも、どれかを買える現金が無い。そしてどれを買うか悩んでしまう。
 日を改める事を望むも、男は来週が最後と返した。

 タイムリミットは一週間。その内にどれを買うかを決めなければならない。

2 想像する未来

 帰路の道中、さらには家に着いてからも雄介の頭には高すぎる商品のことしかなかった。
 どれを買おうか悩みに悩み、まだ一週間ある余裕から、深く考えることをせずにノートパソコンを起動して執筆活動に専念した。しかし、どれだけ文章を綴ろうとも、一行書いては不思議な商品のことが思考を支配して思うように書けない。
 仕方なくその日は何もせずに寝ることにした。

 翌日はスーパーへ寄って晩飯のおかずを買い、奇妙な販売人がいないかを確認して帰った。
 夢の出来事だったのかと悩みならが帰宅し、いつものように惣菜をレンジで温め、缶ビールと一緒に自室のテレビ前に夕食の準備を構え、テレビを点けて夕食にありついた。
 毎日の変わりない生活習慣を送ると、本当にあの男性は夢だったのではないかと疑ってしまう。そんな疑心を抱きながらも、右手はなんとなしにテレビのチャンネルを変えている。

 素人のカラオケ番組、中堅芸人の司会者が雛壇の若手に話を振る番組、クイズ番組、ローカル番組。
 もう、昔のように心弾ませて番組を見ようという気になれない雄介は、ニュースを点けてスマートフォンを操作しながら食事する。
 行儀としては良くない習慣であり、改善しなければならないのだろうが、この時間、食事と同時進行でなにかしないと無駄な時間を過ごしている感覚が治まらなくなっている。

 食後、シャワーを浴び、日課の執筆活動を開始する。
 昨日は考え事が多くて執筆が進まなかったが、今日は思いのほかスムーズに書くことが出来た。

 投稿サイトの短編小説イベントの締め切りが近いため、執筆を添削に余念が無く、午後十一時三十分にようやく投稿出来る状態へと下書きは完成した。
 後はギリギリまで加筆修正や見直しをすればいい。
 ここまで出来て、雄介は布団へ横になった。

 電気を消し、暗くなった部屋の天井を呆然と眺めていると、色々考えてしまう。
 もう五十六作目だが、こうも何一つとして成果も進展も無いのなら、自分の実力はまるで成長しておらず、才能というものは皆無なのかと疑ってしまっている。それでも続けられるのはもはや意地でしかない。
 ここまで続けてきたなら行けるところまで行きたい。

 家業を継いだ兄、結婚しても在宅ワークで収入を得ている姉。
 自分だけが何も起こせずに平々凡々と、ただ生きているだけの人間でいる現状を変えたい。冷めやすい人間がここまで続けてきたのだから、どうしても何か変化を起こしたい。小説家となって、少しでも見られ方が変われば生き方も変わるかもしれない。
 しかし現実は”何も起こらない”を示している。

 諦めたらそこで終わり。
 続けているといずれ成果が得られる。
 書けば昨日の自分より成長している。
 自分は遅咲きの人間だ。

 前向きな言葉を無料動画やテレビのドキュメンタリーなどで見続けると、本当にそんな気になって少しでも前へ進んでいると思いこんでしまっている。
 一方で、前向きな言葉でやる気を保ちつつも、真っ暗闇を進んでいるつもりが足踏みしているだけかもしれないと、時々、悲観的に考えてしまう自分もいる。

 何をしてもすぐに冷めてしまい手放してしまう自分が、才能と実力と努力が有無を言わせるであろう執筆活動を続けていて、本当に意味があるのか悩んでしまう。

 無駄と思ってはいけない。
 悲観的に考えてはいけない。
 精進し続けなければ成果は得られない。

『諦め時を決めるのは大事だろ。もう、先を考えなければならない年齢なんだから』

 不意打ちのように、ヒューマンドラマでこんな台詞を聞いてしまい、心が揺さぶられる。その何気なく、些細であった揺らぎが日を追うごとに増し、ノートパソコンの前に座ると考えてしまって電源を点ける手が止まってしまうまでに悪化した。

 今までは何かの前向きな言葉で動けたが、もう、雄介は考え込んで止まってしまう状態となっている。

『願望が成就する腕輪だ』

 あの腕輪が欲しい。
 このまま成果を得られずに歳をとっていくと、何も成せずに老人となり、自分は一体何をして生きてきたのかと考えてしまう。

 悲観的。考えすぎ。と言われても、このまま行く未来を想像するとそうなってしまうのは誰でも分かってしまう。だから皆、苦渋の決断とばかりにどこかで区切りを付けて『諦め』や『挫折』の言葉を選択して別の道に歩むのだ。

 前向きな言葉を信じて邁進する事が正しいのではない。
 綺麗な言葉にすがって自分の実力を見ない事は逃げているのと変わりない。
 目の前にあるチャンスは掴むべきだ。

 数々の想い、自問自答の一週間を雄介は過ごした。

 奇妙な販売人が営業している日、今まで夢かもと疑っていた雄介の思考は、男性が確実に存在すると決めていた。

 百万円の入った封筒を鞄に入れ、男性とであった場所へ向かった。

3 止まる手

 一週間前と同じ所、同じ状態で男性は構えていた。どうもこの空間だけが一週間前から持ってきたように思えてしまう。

「おじさん、今日が最後って言ったけど、なんか訳あり?」
 男は人差し指を立てて口に当てた。
「守秘義務。商売上の都合ってやつだ。……で、どれを買う? それとも全部か?」

 とても貴重な品なので売り切れを覚悟していたが、幸いな事にどれも売れていなかった。
 一品百万円だから易々とは売れないのだろう。当然といえば当然であった。

 雄介は百万円の入った封筒をそのまま渡した。

「一つか。ではどれにする?」
「これで」

 迷わずに腕輪を指さすと、男性が「まいど」と返した。
 徐に掴もうとする雄介であったが、どういう訳か手が止まってしまった。それは腕輪の力でも、香炉や水晶のちからでも、ましてや男性の影響でもない。直感が働き、手に取る寸前に思い悩んでしまった。

(本当にこれでいいのか?)
 頭に疑問が過った。

 確かに腕輪の力を得たならば、雄介は小説家になるまで一年はかからないのかもしれない。しかしそれは雄介が実力で得たものではなく、腕輪の力によって与えられたものだ。
 願望成就と聞こえは良いが、端から見れば卑怯な方法である。
 雄介のように苦悩しながら活動を断念した者や、それでも続けようと暗中模索で進む者も多い。そんな中、裏技を使って成果を得るのは無様でしかない。

 そこいらの願望成就の御守りではない、効果が実証されている不思議な腕輪なのだ。きっと良い方へ人生の舵をきってくれるに違いない。しかしそれは雄介本来の実力ではない。
 このままプロの道へ足を踏み入れると、待ち構えるのは地獄ではないだろうか。

 ライトノベルで評価されても二作目以降が成果を出せずに潰れる者もいる。
 プロ作家でもこれでいいかと悩みつつ、それでも締め切りに間に合うように物語を絞り出していると言っている。
 どの位置に立っていようと、『小説を書く』という立場にいる以上、書き続けなければならない。そして、必ずしも売れるとは限らない。

 卑怯でも正当でも、プロでもアマチュアでも、執筆活動の道を歩むかぎり不安と戦いながら執筆し続けなければならない事には変わりない。
 現在苦しくても、将来も苦しまない保証は何処にも無い。

 購入に抵抗が生じてしまい、腕輪から手が離れた。

「どうした? 買わんのか?」
「……ごめんおじさん。やっぱ百万返してもらえる?」
 残念といった表情を露わに、男性は封筒を雄介へ返した。
「何があったか知らんが勿体ない。他の二つから選んでも良いんじゃないか?」
「いや……管理とか面倒だし、なんか冷めちゃったから止めた」

 男性は鼻でため息を吐いた。

「では、また何か縁があれば会えるだろうから、その時はよろしくな」

 立ち上がると冷たい突風が吹き付け、腕で顔をかくした雄介は、次に見たときには男性は消えていた。机と商品共々。

 雄介はようやく”不思議な存在”と話をしていたのだと確信を得た。

4 選んだ道

 男性が消える奇妙な体験をした雄介が帰路につく間、頭に小説のネタが浮かんだ。
 不思議な商品を売る露天商の話であり、購入者が思い悩むたびに姿を現せては事の顛末を見届ける話。
 昔、有名な漫画に類似しすぎるから、どこをどのように変えようかと思考が働いてしまう。そこまで夢中に考えている事に気付くと、無理やり構想を練るのを止めた。

 家に着くと、いつもと同じように夕食の準備をし、何気なくテレビを点けて食事して、シャワーを浴びてノートパソコンの前に座る。

 男性と別れたこの日、雄介はある決心を固めていた。

 パソコンを起動し、投稿サイトを開くと、『新作を書く』ではなく、今まで自分が書いてきた小説全てを消去する作業を行った。
 けして今までの自分をゼロに戻し、新しく進む為の作業ではない。諦める決心を固めた行動であった。

 負け犬かもしれない。
 自暴自棄かもしれない。
 自分と合わない道を進んでいたのかもしれない。
 どうあれ、もう、書くことを完全に諦めたのである。

 きっとこの作業が将来、後悔する作業になるかもしれないが、もう執筆活動が自分の進む道ではないと雄介は判断したのだ。

 全ての消去作業、投稿サイトの退会作業を行うと、雄介は布団に寝転がって呆然と天井を眺めた。
 しばらくしてリモコンで部屋の電気を消すと、なんとも言えない空虚な気持ちになった。また、憑きものが落ちたような身軽な気分でもあった。

 もう、締め切りに追われることもない。今まで趣味としてやってきた事と決別しただけだ。
 空いた時間は、また何かしたいと思える事をすれば良いだけだ。

 どこか清々しくありつつも、何か虚しくもあった。

 人生の決断を下し、心身共に疲れ切て眠る雄介の目から涙が零れた。

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