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【二十四節気短編・小満】 突然変異女子高生の少しズレた悩み

1 ファントムプラント


 十年前、その事態は誰一人として予想出来なかった。それ程まで唐突に発生し、世界中に多大な影響を及ぼした植物の異常現象を。
 現象の概要は、植物(特に蔓植物)が急速な成長と変化を及ぼすものであった。それらを起こす条件は様々であり、ある薬剤を使用した農薬をかけたり、ライトを照らし続けたり、急激な気温変化だったりと、まさに様々である。そして、急成長と変化を示す植物の中には人や動物を象ったり、色彩変化まで起こす事態を及ぼすものまで現れた。

 後にこういった異常変化を及ぼす植物を『ファントムプラント』と称された。

 ファントムプラントが出現し始め頃は混乱や相次ぐ信憑性の無い噂やデマ、発生地域への風評が飛び交い、パニックに落ちたり詐欺事件等が相次いだ。しかし十年も経った現在では、成長具合を知れる植物や成長条件を活用して、インテリアや風水などで使用される観葉植物も出回っている。
 こういった良い例もあれば当然悪い例もある。
 そういった類のファントムプラントは、人間の噂や恐怖の感情に感化して変異する植物である。そのような植物のメカニズムは未だに不明な点が多いものの、共通する点を挙げるとすれば廃墟や墓地やトンネルなどの心霊スポットと噂されている場所でよく目撃される。

 このように、人間社会に突如として現れ、静かに馴染ながらも徐々に新たな変化を起こしている植物・ファントムプラント。
 強かに自然界に溶け込み勢力を広めている植物だが、数年前から天敵となる存在が現れだした。それは、ファントムプラントが出現し始めた頃には存在しなかったが、ファントムプラントの胞子などが身体に入り、微々たる化学反応や同調、進化により、新たな体質を備えた人間であった。
 そのような人間達の伐採方法は、一般的な農具を使用した方法や道具を一つも使用しない方法の二つに分かれている。
 前者はこれといって目立ちはしないが、後者の方法は特殊すぎる上に妙な魅力があるらしく、若者達はその力に憧れを抱く者は多い。それは心霊スポットに出現するファントムプラントが怨霊染みた容姿が多い為、後者の伐採方法が除霊のように見えたのが原因である。
 そういった伐採方法が漫画やドラマ化されて人気を博し、間接的に宮司や祓師などの仕事が密かな人気となっている。一方で、霊能力のある者からすれば異論が出るのは当然だが、世間一般で火の点いた流行を止めるには弱く、もう数年は誤解が続くと思われた。

 特異体質の人間はまだ微々たる数だが、人気の宮司や祓師の中にはそういった人間の力を借りる者も少なくはない。

2 三橋ナミと父と伯父


 今年の春、高校二年生となった三橋ナミは、ある山間の町外れにある廃校へ、父と伯父に半ば強引に連れてこられた。理由は明白であり、それを知るナミは廃校舎へ到着しても表情変える事無く平然とするも、内心では気分があまり乗り気ではなかった。
「お父さん、ゴールデンウィーク台無しにしたの覚えてる?」
 既にナミは本件と同様の理由でゴールデンウィークも引っ張りまわされ、貴重な連休が潰れたに等しかった。
「よく言うよナミちゃん。温泉旅行行けるなんて最高の連休だったじゃないか」
 宮司の装束姿の父・広明は、笑顔で返した。
「絶賛女子高生の私としては、映画観て買い物して、レストランでパフェ食べるのが良かったんだけど」
「……うん。結構一日あれば出来そうな予定何よりだ。次の休日にでも出来るよ」
 平然とした表情で広明に返された。
 ナミのこういった欲望は、何かの映画やアニメの影響ではなく昔からの事であり、広明は密かに出費が少ない事に安堵している。

「すまんなナミ。毎度毎度怖い思いさせて。けど知ってるだろ? この時期から梅雨開けまでは我慢してほしい」
 広明の兄・光弘は、普段は事務関係の仕事をしており、詳細をナミはよく分かっていない。ただ、こういった広明の仕事を手伝うので、実家の神社絡みの仕事だという曖昧な認識でしかない。

 五月の二十日過ぎから梅雨明けまではファントムプラントの成長速度が急上昇する期間である。この時期にファントムプラントの伐採を怠けてしまうと、七月以降に伐採しづらくなるほど頑丈な蔓に仕上がってしまう。そのため、まだ蔓が柔らかい時期に刈ってしまおうという算段である。
 だがこの時期はこの時期で、ファントムプラントの形状変化に問題が生じる。主に廃れた建造物に発生するファントムプラントに多い事例なのだが、人の形がホラー映画宛らの怨霊染みた姿で現れる。更に姿だけではとどまらず、生きた人間が近付くと蔓が動き、まるでホラー映画さながらに人型の部分が向かって来る。
 怨霊であれ動物であれ、形が出来上がった部分に人間が襲われても怪我を負わせる事は出来ない。恐怖で逃げてこけたり足を挫くなどの怪我はあるのだが。
 昨今のファントムプラントは声のような音が発生し、表情変化という細かい動きや、樹液の色を変えるなど、まるで怨霊を目指しているかと思えてしまう進化を遂げている。

 広明、光弘、ナミの三人は全員がファントムプラントに対抗できる力が備わっている。しかし広明と光弘の力は弱く、常人より農機具等でファントムプラントを伐りやすいだけでしかない。
 三人の中で群を抜いて力が強いナミは、どうしてもファントムプラント伐採活動に半ば強制参加を強いられる羽目になるのは当然であり、尚且つ広明と光弘は怨霊が、”大”が付くほど嫌いである為
「頑張るんだぞナミちゃん。父さんをしっかり護ってくれよ」
 と、娘に情けない台詞を言ってしまう始末である。
「お小遣いアップは絶対よ。この前で来たスイーツ店でケーキ買いたいし。誕生日だから」
 余談だが六月二日がナミの誕生日である。
「うん。そう言うのは仕事関係なく父さんが買うし、バッチリと愛娘の為に夕食も豪華にするから」

 ナミはどこか感性がズレつつ、消費金額が安いものばかりである。また、広明はナミと弟のミツルを溺愛している。怒鳴る事は出来ず、いつも子供達に嫌といわれようとスキンシップを測る父親であった。

3 廃校舎の蔓

 廃校舎へ足を踏み入れると、ナミの背には二つの大きな手が当てられた。
「お父さん、伯父さん、背中熱いんだけど」
 広明と光弘は、既に伐採の全権をナミに託している。
 苦手でありながらも伐採活動に励むのは、単に収入が良いからであり、家族全員が稼げる仕事だからである。

 ファントムプラント出現以降、三橋家において幸運な事が二つ起きた。
 一つは家族全員がファントムプラント伐採に役立つ力が備わった進化を遂げた事。もう一つは、ナミに備わった力が今まで他の地域で活躍する伐採力が強い者よりも群を抜いて力が強い事である。
 ただし、この伐採活動において困難な事も二つある。
 一つは広明、光弘兄弟は怨霊関連が嫌いな上にファントムプラントを寄せ付けやすい体質であるのに対し、ナミは伐採力が強い反面、ファントムプラントがナミに近づきにくい体質でもあった。そのため伐採活動中は広明、光弘が傍に居なければ仕事が出来ない。
 もう一つは、ナミは三橋家の中で一番、”大”が付くほどホラー関連が好きであり、広明達がさっさと伐採を終えてほしいと願いつつも、ナミはファントムプラントの出来栄えを観察してしまい中々仕事が進まない。
 しかし高校二年生にもなったナミも、興奮する感情が治まったのか思春期の影響か、時と場所を考えれるようにはなっている。その心境を広明達は知る由も無いが、”仕事が無事に終わるならそれでいい”思いが強く、深くは知ろうとしない。

「うっわ……、廊下からしてかなりヤバい雰囲気全開じゃないか」
 廊下の床、壁、天井と植物が蔓延していた。
 広明はナミの肩を掴んだ。
「こいつぁ……結構プラントの密度が濃そうだな」
 光弘もナミの肩を掴んだ。
 大の大人が二人揃って密着し。背中と肩に手を乗せられたのだから、
(……熱い)と思うナミの感情は尤もである。

 二階へ上がると、蔓が大量に密集して塊のようになり天井まで届いている。
「……うわぁぁ~……いるよ~」
 三人の十メートル先には、ネグリジェと思しきズタボロの汚れきった服を纏った、黒く長いざんばら髪の女性が、項垂れたままで三人の方を向いていた。
 広明と光弘は全身の震えが止まらず、更に後方や窓付近にも怨霊女性姿のファントムプラントが出現した。
「おい、ナミちゃん、父さん達もう限界。伐採急いでぇぇ」
 ナミは眉間に皺を寄せ、物悲しそうな表情が滲んだ。
「……残念」

 何を意味する呟きかは分からないが、広明と光弘は心臓が鷲掴みされそうな思いである。
 間もなく、周囲に姿を現した怨霊女性が三人に近づいてきた。

4 求めていた思い


 ナミは凝視しながら前方の怨霊女性へ近づいた。
 また、ナミに反応するように怨霊女性も近づいて来た。しかし、それはファントムプラントが広明と光弘の寄せ付け力が強いために起きている現象でしかない。

「……残念……本当に残念」
 怨霊女性をすぐ傍に向かえたナミは、顔をナミの目の前に近づけ、顔面が見えたその面持ちに気力が削がれた。
「ボサボサ頭、黒ずみまくった顔、薄汚れた白目、所々に血の跡」
「ううう、あああぁぁ……」
 うめき声のようなものが聴こえる。
「ありきたりなうめき声。……所詮、マニュアル怨霊か……」

 失望したナミは怨霊女性の胸に触れた。
 途端、木っ端みじんに砕け散った。

 ナミの伐採力は、ファントムプラントとなる植物に触れた途端に破壊する力である。この破壊力の不便な点と言えば、観葉植物のように扱われている日用ファントムプラントも触れると破壊してしまう為、ナミはファントムプラントの観葉植物を買う事が出来ない。また、販売店においても触れる事が出来ない。
 現在、ナミはそういった植物に興味が無く、内心では一生無縁であると思って過ごしているが、広明と妻・峰代みねよは、いつかそういったモノに興味を持った時に苦労するだろうと思うと心苦しくもあった。
 そんな親心をナミは露ほども知らない。

「な、ナミちゃん! こっち、早く!」
 駆け寄って来た広明と光弘に向かって、怨霊達が迫って来る。
「あー、どれか一つでも目新しいのがあればいいのに」
 見回して、全てが先ほど破壊した怨霊女性と同様だと分かるや否や、次々に破壊していった。
 このようなファントムプラントが密集して近づいて来た場合、一体を思いきり押して破壊すると衝撃で一斉に破壊出来る。よって、伐採活動には密集で攻めてくるのが効率的である。
「お父さん、ここもいいのいないからさっさと帰るよ」
 そう告げて、蔓が密集している所へ颯爽と向かうや、一斉に破壊しつくした。この動かない蔓も、密集していた場合、一か所を破壊すれば全てが破壊される。


 ひと仕事を終え、光弘の運転する車の中でナミは夜景を眺めていた。
「いやぁ、さすがナミだな。年々力の使い方が上手くなってるんじゃないか?」
「流石我が娘だよ。父さんも鼻高々だ」
 それでもナミは何とも言えない顔をしていた。
「あー、悪かったよナミちゃん。折角の休日に引っ張りまわしてさ」

 ナミは頭を左右に振った。

「お父さん……トンネルに行かない?」
 いきなり何を言い出すのかと思いきや、広明と光弘は真顔で黙った。
「あれじゃ物足りないよ。ボサボサ髪、汚い衣装に顔、白目、オプションで血なんか付けてるとかって、ありがちでしょ? もっと斬新で、恐怖心をそそる様な、そんなファンプー」
 ファンプーとは、ナミなりの略称である。
「絶対心霊スポットのトンネルとかに出ると思うよ」
「あ、うん。そういったのはまた今度ね。ってか、そんな事言ってたら怨霊に憑かれちゃうよ」
「え~、だってモノホン見たいじゃん! ホラー特番はありがちな展開で見飽きたし、好きなホラー映画の俳優が次々にスキャンダルで干されて観る気失せるし。ファンプーはナミが潰すから、いざって時はお父さんが怨霊祓えばいいじゃん。ね!」
「ごめんね。そういったのはモノホンの霊媒師に頼んで。お父さんも伯父さんもそんなに凄い人じゃないから。……ここだけの秘密だよ」

 またも残念そうにナミは夜景を眺めた。

「……あー、よし! 奮発していい寿司でも買って帰るか!」
 強引に光弘は話を変え、ナミの機嫌を取り戻した。
「あ、玉子とマグロ多めでね!」
 いい寿司であれ、ナミが満面の笑みを浮かべて求める好きなネタは平凡そのもの。

 やはりどこかズレた感性の持ち主だが、広明と光弘は”安上がりで済むならそれでいい”と思い、気にしなかった。

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