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【長編】奇しい世界・七話 運命の見定め(前編)

1 資料の管理人


 一月二十一日。

「――お前の仕事は一方的に期日を守るものであって、やりようで融通の利く仕事でもあるだろ。彼女との用事が被るから、どちらを優先させるなんて選択肢を作る前に、方法、順序、複数の手立てとか、両方を全うできる方法を考えろ」
 耀壱は体を揺らしながら何度もゆっくり頷き、斐斗の意見を聞き入った。
 斐斗は耀壱から、夏澄とのデート予定とネットに投稿している小説の締め切りとが被るので、どうすればいいか相談していた。
「物語を考察するなら、色んな展開考えるのも……ん? なんだその顔は」

 呆然とした顔つきだが、ジッと見られてた。

「なんか斐斗兄……説明、上手くなった?」
「はぁ?」
「だって、いつもはもっと説明とか短くて、「自分で考えろ」とか、ちょっとした意見で終了だったのに、今なんて何かに例えたり、説明文が長かったり。……斐斗兄……本物?」
 自分が本物か偽物かを疑われるとは思わなかった。
「当たり前だろ。そもそも、この家にいて俺に成りすました奴が居座れると思うか?」

 そんな存在がいれば、耀壱へ下手な発言で命取りになり、広沢美野里の憑き物に襲われたり、真鳳と凰太郎の憑き物に潰されかねない。
 千堂家に偽物を装って住む事自体が命取りである。
 斐斗は耀壱へ何も知らない振りで返すも、説明力が向上したのは一月前半に関わった存在達が深く関係している。

 それは、一月四日に遡る。


 一月四日、午前十一時。
 斐斗は岡部に連れられて静奇界へ訪れていた。
 静奇界は現世では存在しない光景で彩られており、斐斗は瞬時に見入ってしまった。
 地面は砂地なのに踏み応えがアスファルト程に硬い。
 東は明け方、頭上は夜、西は夕焼けと、異様に染まる空。
 北は水平線、南は地平線。
 遠くの大地は草原や岩石地帯もある。しかし木が何処にも生えていない。
 空気は仄かに冷たいが肌寒くは無い。心地よい暖かさと涼しさが交互に感じる気候。
 時折、風に交じってキラキラと輝くものがある。

「……不思議な所だ」
 呟く斐斗を見て、岡部はにこやかな顔であった。
「お前が喜んでくれて良かった良かった」
「静奇界って、もっと不気味な所だと思ってたけど……」
 眼前に広がる光景は、不気味と言うより、神秘的であり壮大でもあった。居心地は悪くない。
「不気味じゃないのは“今回は”だ。今はお前が関係してるんだぞ」
「どうして?」
「元々静奇界は虚無に近い世界だ。そんな所に意識がはっきりしてる人間が踏み込むと、そいつの心象世界やら記憶やら。まあ、説明するのが面倒な程色んな思念に干渉しちまう。それでこんな感じで現れる。そんで、注意しなきゃならんことがあってだな」

 話の途中、歩いて進む岡部の前方に突然、国立図書館のような建物が現れた。

「岡部さん!」
「ああ、気にするな。ったく、話の途中でなんだがな」
 呟くように愚痴ると気を取り直した。
「驚くのは分かるが、まあ、そういうもんだ」
 全く説明になっていない。

 建物の入り口に立つと、岡部が扉に触れて「到着した」と告げ、しばらく待った。
「ああ、言い忘れてたが、今から会う奴は奇跡の資料管理人なんだが、お前とは恐らく相性最悪かもしれん。けどな、何があっても怒ったりや苛立ったりは気合で抑え込め。そして暴れるな。後、何があってもリバースライターは絶対使うなよ。こんな所で使うと何が起こるか分からん。責任取れんぞワシは」
「俺三十過ぎですよ。子供じゃあるまいし、怒って暴れるなんてある訳ない」
 斐斗の返事を聞くと、扉が開いた。


 岡部は別室に案内され、斐斗は大広間のような部屋へ案内された。
 一面を除いた壁沿いには、びっしりと分厚い本で埋め尽くされた本棚。
 入口側の壁に形状様々、大小様々な歯車が組み込まれ、全てが動いている。
 床には、複雑な絵柄が刺繍された絨毯が敷かれ、天井はやたらとキラキラ輝き、部屋を揺らめく光を漂わせている。

「天井が珍しいか?」
 斐斗が天井の出来栄えに見惚れていると声を掛けられた。
「所詮は小さく加工した硝子と鏡を組み合わせた天井に陽光が反射しているだけにすぎない」
 説明は省かれたが、静奇界の陽光は熱が弱く光力も人間界の太陽よりも弱い。
 声の主である男は突如部屋の奥に備えてある高級感のある艶やかな机の前に立っていて、本を読んでいた。
 机には本が山積みである。
 斐斗は姿勢を正し、一礼した。
「初めまして、千堂」
「斐斗」
 挨拶中に口を挟まれた。
 男は本を閉じ、近くの積まれた本の上に置いた。
「斐一の息子だろ」
 斐斗に向かって一歩を踏み出した途端、姿を消し、瞬く間に斐斗の前に現れた。
 斐斗が驚いている間に、男はジロジロと顔を観察した。
「ふーん。目元だけ斐一似か。後は母親似と聞いていたからそうなのだろう」
 斐斗は後退った。
「何なんだ急に!」
 男は悪びれもせず、平然とした様子である。
「自己紹介をしていなかったな。私は巽(たつみ)、と呼ばれている。岡部から聞いていると思うが、奇跡に関する資料の管理人だ」

2 変化と進化の時期

 巽は指を鳴らして一人掛けのソファを出現させた。
「本来、人間界では客人をもてなすのに茶や菓子を振舞うのだろうが、静奇界(こっち)では何かを口にする行為とは無縁だから座って休ませるぐらいしか出来んぞ」
 話し方が妙に鼻につくが、岡部の忠告を思い出した。
 冷静になると、相手は斐斗より遥かに年上で、奇跡に関する知識も上なのだから、上から目線の言動は仕方なくもある。
「さて、結論から先に言わせてもらうが、『大いなる奇跡』などという変化は存在しない」
 巽も自席へと瞬間移動し、腰かけた。
「存在しないって……、人の形をした奇跡が起こるって言ったんですよ」
 言ってから、カノンの説明をしておけば良かったと、僅かな後悔をした。
「その経緯をこちらで調べたが、その人の形をした存在は、”やがて来る変化”を呼称として『大いなる奇跡』と言っただけだろ」
 思い出すと、確かにカノンはその現象を何と呼ぶかはっきりしていなかった。
 静奇界の影響だろうか、アパートでの光景や言動、空気感も鮮明に思い出せた。

「では、何が起きるんですか? 何かが起きるんですよね」
「随分と知りたがるな。所詮は奇跡。何かが起きればお前はいつも通り解決すればいいんじゃないか?」
 妙に強気な印象が、斐斗を圧迫して緊張させている。
 苛立ちや怒りを抑え込めと言った理由を理解した。しかし、なぜここまで感情が揺さぶられるのかが分からない。普段なら耐えれるのだが。
「知りたいですよ。俺は奇跡が起こす問題を解決するために親父から役を引き継いだんです。事前に起きる事を知って何が悪いんですか?」
 対抗心が声にも表情にも出てしまう。それでも巽は平然としている。
「成程、親父から……か」
 鼻で嗤われた。
「何が可笑しいんですか」
「お前は斐一と違うなと。これまた、多くの言葉が必要だと思ってな」
「俺が親父に劣るから何か問題でも?」挑発的な眼になっていた。
「まあそう怒るな。何も斐一を評価し、お前を貶してる訳じゃない。むしろお前の姿勢はこちらとしては斐一よりか有難い」
「親父は何かしたんですか?」
「何かした……というより、こちらには何もしなさすぎた。どうも偏見か差別意識があったか、私とは一線引いて距離を置いていたぞ。よって、斐一がしてきた事はだいたいがこちらで観るしか出来ず、あいつが何を考えていたかなどはまるで分からないままだ。何を思って寿命を縮めたのか、死ぬまで請け負った件を、なぜリバースライターを使用せず話術で解決していったかなど、ある意味で謎多き存在だった」
「観れるなら何をしていったとか、そこから何をしようとしているかとか、分かるんじゃないのか?」敬語でなくなった。
「それは違う。こちらから知れるのは、お前達の様な人間が人間界で発生した奇跡に関わり、その時に発生する揺らぎを知るだけ。一部始終、一挙一動、映像として覗き見ているものではない。だから、お前の近場に関係している奇跡達の事をお前は隠すことは出来ない」
「別に隠してなんかいませんよ。その言い方、都合の悪い奇跡がいるので?」
「いや、そもそも奇跡に都合の良い悪いはない。土着型・現象型・才能型、それら全ては自然現象と同類に匹敵する。それに、今お前は色んな奇跡と巡り合い、害の有無を測ってきたのだろうが、大昔に比べれば些末な事だ」
「些末って!? 広沢一家の奇跡も、耀壱に憑いた奇跡も、大掛かりに環境を変化させる土着型奇跡も、全てが些細な出来事って言うんですか!」
「そうだ」
 平然と即答された。

「現代は機械文明が進歩しすぎ、昔ほど奇跡絡みの触れ合いが乏しくなった。信仰心を失った神のように、奇跡と人間の干渉具合も乏しくなっているのだからな」
「じゃあ……」
 わざわざ”大いなる奇跡を教えて存在”と、言うのが面倒臭くなった。
「敢えてカノンと呼ばせてもらいますけど、カノンが言った大いなる奇跡も些末事だって言い張るんですか!」
 巽はカノンという存在が何かは知らないが言及はしない。話の流れで誰を指す言葉かは分かるからだ。
「些末事というより、”進化や変化”という言葉が当てはまるな」
「進化? 奇跡が成長でもするんですか」
「ああ。人間がその地で起きる災害を経験し、学習し、その地に見合った建物を建てるように、その時代時代で発展した機械製品が馴染んでいくように、人間は年を重ねるごとに生き方が変わった。自然界も人間が地球を痛めた結果、災害や病の元を出現させる。こういった大きな変化と進化同様に奇跡も変わっていく。それは、その時代で発生した奇跡が成長し、捕食され、影響を及ぼし、それらが何かの奇跡を変化させるということだ」

 なら、大いなる奇跡とは、新たな奇跡の形だと想像がつく。
 斐斗は席を立った。
「巽さん、ここで奇跡を観てるなら、その進化する奇跡がどんなものか、どこに現れるか知ってますよね。俺は貴方がなんと言おうと、俺の目の届く範囲で起きる奇跡を解消しなければならない役を担ったんです。貴方は可笑しいと思うでしょうが、それが俺の仕事だから、解消しなければならないんだ。勿体ぶらずに教えてくれ!」
 巽との会話で募った昂る感情が僅かに溢れた。
「残念だが教える事は出来ないな」
 態度の悪さに怒りを買ったのだと思い、斐斗は少し怯んだ。
「正確には、”まだ形を成してないから教える事が出来ない”。と言うべきだな」
 どうやら態度は関係なく、斐斗は安堵した。
「しかし忠告しておこう。お前は近々、遭遇した事の無い特別な奇跡と会うだろう」
「特別? そんなものが存在するんですか」
「進化の時期、現存する奇跡の理には適わない存在が現れる。今までも奇跡で大きな変化が起きた時代において人間達は手を焼いたぞ」不敵な笑みを浮かべた。「おめでとう。お前は一生に一度の奇跡を体験する事になるだろう」
 なに一つ嬉しくない奇跡である。
「さて、そろそろ時間だ」
 突如、部屋全体が揺らぎだした。地震ではなく、全ての輪郭が波打っていた。

「――なんだ!」
「人間が静奇界での安定時間を過ぎると強制的に帰還する現象だ。では千堂斐斗、お前の遭遇する奇跡を観させてもらうぞ」
 言うと、辺りが真っ暗に変わった。

3 特別な奇跡

 一月五日午前十時。
 斐斗は岡部と街へ赴いていた。組合からの指令により、指定されている街路樹付近で奇跡が起きたと受けて。
「巽と話するとイライラするだろ」
 岡部は巽への不平不満があるらしい。
「あいつは理屈や例えばっかで気分が悪い。さすが”たつみ”。蛇のようにしつこく龍のように上から目線。ありゃ、何年たっても好きになれん」

 干支の方位神における東南に位置する”『巽』・『辰巳』”を用いて愚痴るが、蛇と龍への偏見が酷い。

「斐斗も嫌だっただろ」
 しかし斐斗は別の事を考えている。
 進化する奇跡。カノンが告げた大いなる奇跡に当たる奇跡だが、現存する理が適わない存在とはどんなものかが気になる。
 頭の片隅で、陽葵が無事かが心配で仕方ない。
「おい、斐斗」
 岡部の話を耳にしていない斐斗は、肩を叩かれてようやく我に返った。
「え?」
「なにボーっとしてんだ? 巽の野郎に何か言われたか?」
「大したことじゃないですよ。別に暴言や罵声は浴びせられてないし」
 岡部は頭を掻いた。
「何があったか知らんが、あまりあの阿呆の事は気にするなよ」
 ずっと悪口ばかり。どれ程嫌いかが分かる。

 目的地へ二人が到着すると、別段変わりない街路樹と周辺を眺めたが、やはり何もない。
「なんだ? 本当に何かあんのか?」
 岡部は捜索よりも寒さに耐えきれず、ジャンパーのポケットに両手を入れ、近くの樹に凭れて座った。
「お前寒くないのか?」
 薄着ではないが、両手に手袋も着けずポケットにも入れない。時折手を擦り合わせるが、酷く寒がっている素振りは見せない。
「俺、結構寒いの平気ですよ。暑いのは嫌ですけど」
 ふと、街路樹が気になった。
「どうした?」
「……何かいる」
 雰囲気は圧迫感。まるで見えない巨大な風船で軽く押されている感じだ。
 斐斗と岡部が街路樹を見つめていると、木の後ろから長髪の女が現れた。
 髪色は金髪。目の色も青いが、顔立ちは日本人に近い。服装はトレンチコートを着ている。
「さすがね。こちらから声を掛けていないのに、気づかれるとは思わなかったわ」
 静かで品のある声と口調。
「何者だ?」
 人間の見た目だが、そうでないと気付く要素は、やはりこの圧迫感であった。女から発せられているとしか思えない。
「一応、人間の姿をしているのだけど、貴方には気付かれてしまうわね。奇圧(きあつ)も抑えているのに」
 奇圧とは人の形をした奇跡の気配であり、従来の奇跡は奇圧が弱い。
 眼前の女が奇圧を抑えていると言っているのに強く感じるのは、それ程強い奇跡だからである。
 奇圧が強い存在で思いつくのは、土着型奇跡である。
「人間らしく自己紹介を致しましょうか」
 女性は丁寧にお辞儀した。
「私は“運命”を司る奇跡よ」
 巽の言う、「特別な奇跡に遭遇する」の言葉を思い出した。

4 大元と派生

 奇跡が自らを何かを司っていると聞いた事は無く、眼前の女はまさしく異質な存在であった。
「……運命って」
 斐斗の疑問は岡部も抱いており、視線で理由を求められても「知らねぇよ」と即答された。

「そちらの御仁に訊いても分からないと思うわ。本来、奇跡は大きく二分されているの。何かの役を司るモノとそうでないモノ。貴方のリバースライターも“改変”の役を担っているのよ」
 今まで訊いた事の無い解説である。
「静奇界の連中もそんな話はしていなかった。放浪している奇跡がどうしてそんな事を知っている」
 いつもならすぐに仕事へ取り掛かるのだが、やはり奇圧がそうさせない。
「人間で言うなら『流行』と同じ。いつの間にか特定の言葉や食べ物や道具などが流行り、自分の生活圏もそれに染まっていく。静奇界の方々も追々、奇跡が担っている役に気付き、さも当たり前のように使用する筈よ」
 ここで役割についての問答に時間を費やすのは得策ではないと判断した。「確認する。貴女はこれから何をするんだ? 俺の前に現れたって事は、もうしてきた後か?」
 女は小首を傾げた。
「貴女……でもいいけど、私も貴方達のように名前で呼ばれてみたいものね。千堂斐斗君、名前を付けてくれないかしら」
 いきなり名前を求められても、即興で浮かばず、視線で岡部に求めるも、出される名前が“花子”“ヨネ子”“福子”“幸子”と、時代を感じさせる。
 運命を司る女の雰囲気や容姿や顔立ちには似合わない。

「……また今度だ。それより俺の話に応えてもらおう」
「あら残念ね。まあいいわ、次に期待しましょうか」
 女は気を取り直した。
「先ほどの質問、これから何をする? と訊いたけど、既にしてきたわ」
 斐斗に緊張が走り、半歩足を下げて何が来ても対処できる姿勢に構えた。
「というより、”何かを行い続けてる”が正解ね。私の存在意義は司った役を全うするだけですもの。人数を聞いても無駄よ。数えて無いから」
「……人間を殺したのか」
「結末で死に至った人間もいるかもしれないわね。だからと言って、悪行三昧に振舞ってはないわ。私がしてきたのは、対象となる人間の日頃の行いに見合う対価を結び付けるの。背負った悪業の解消も含まれるのかしらね」
 答えの意味が分かりづらく、岡部はまるで理解できていない。

「俺の知り合いに、同質の人間を結び付ける力を持った奴がいる。貴女もその類か」
「あら、回りくどい言い方をしてるけど、弟さんの事でしょ」
 斐斗の家族構成も割れている。
「千堂叶斗。能力名はヘブン。同性質同士の人間を結び付ける、”運命”から派生した力よ」
「派生? そんな事もあるのか」
「ええ。大元となる役、それから派生した力。他には何にも属さない放浪の奇跡もあるわね。貴方の力はもう少し特殊よ。大元となる改変の役の片割れ、いえ、分離した力とでも言いましょうか。それが引き継がれてるようなものね」
「俺と同じ力を持った者がいるって事か」
「それは名前が決まった時にでも」両手を合わせて笑んだ。「さて、奇跡の役についての話はこれくらいにしておいて本題に入りましょうか」
 いよいよ、何かが来ると構えた。
「ああ、構えなくていいわ。私は大仰な技で貴方を襲う奇跡じゃないから」
 しかし圧迫感は強くなった気がする。
「じゃあ、何をする気だ」
「私の運命の力が次のターゲットを貴方に決めたの。だからね、千堂斐斗君。貴方には運命の試練に挑戦してもらうわ」
 女の笑みが不敵なものと変わった。


 一月五日十六時。
 斐斗と岡部は千堂家の応接室で頭を抱えていた。
 運命を司る奇跡の女は、何かを始めるのでもなく、「翻弄されないようにね」と告げて姿を消した。
 立て続けに頭を悩ませる問題ばかりが積み重なった。
「ああ~、面倒な事になったなぁ」
 岡部はソファに深々と凭れた。
 斐斗は湯のみに入ったお茶を一口飲んだ。
「だが、強力な土着型でなくて良かった。向こう側へ連れていかれなかっただけでもマシだ」
「そんな悠長に構えてていいのか? 何なんだ、運命の試練ってのは。叶斗のヘブンは奴の派生って言ってたけど、つまりは斐斗と同類の奴が集まるってだけか?」
「俺は何も悪い事はしていない。集まった所で大事件も殺伐とした環境にもならんだろ」
「けどよ、どうやってこの件を対処するんだ? さっさとリバースライター使って、あの姉ちゃんを消しゃあ良かったんじゃねぇのか?」
「あの強い圧迫感が彼女の強さの表れだったから容易に力は使えない。弱小奇跡を掃うのとは訳が違うから、彼女を消すのは本格的な書き換えが必要だ。けどそれにはもっと調べなくてはならない」
 とはいえ、特殊でしかない奇跡を調べる方法が斐斗には無かった。ただ、それを知る存在は頭に浮かんだ。

「お前、あいつの所に行く気か?」
 表情から感づいた岡部は嫌そうな表情を向けている。
「お願いしますよ」
 それが巽の所であり、岡部の嫌悪を含ませた溜息が深く吐かれた様子から、どれ程嫌かが分かる。
「何度も行くの嫌だからな。訊きたい内容、ちゃんとまとめてから行けよ。それと長居できんぞ。数も絞って分からんやつはお前が考えろよ」
 斐斗は同情し、僅かばかり切ない思いの表情を向けて小さく何度も頷いた。
「その哀れみに満ちた顔止めろ」

 翌日、再度巽の所へ行くことが決まった。

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