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【短編】勝利の先の生活

~ある研究者の手記『記憶』より~


 人間の記憶は曖昧だ。
 覚えた時は定着するが、どれほど頑張ろうとも脳に刻まれる記憶は確実に残るとは限らない。たとえ残ったとして、曖昧に漠然と。
 残りものは一部が強調されている程度であり、100%完璧ではない。
 しかし人間それぞれに脳機能の統一性が無いことが、個性を築く要因の一つなのかもしれない。

人生を賭けたポーカー


 今、男は最終ステージでトランプを用いたギャンブルを行っていた。

 ルールは簡単。一対一で向かい合い、中央の山札から自分の出番の時に一枚取り、いらない手札のカードを一枚捨てる。この時絵柄を上に向け相手に見せ、後はポーカーと同じで役が揃うと『コール』を宣言する。
 相手はその宣言の後、一枚引くか引かないかを決め、その後に勝負する。
 それを一セット。計合計五セット勝負し、先に三セット獲った者が勝ちである。

 このギャンブルは人生を決めるものである。勝者には裕福な生活が、敗者は特別な者達に飼われ、良いようにこき使われる。所謂奴隷となる。
 過去の一例を上げるなら、雑用、人体実験、性行為目当てだったり動画撮影に使われたりなど、人権など存在しない奴隷。死ぬまで抜け出せない生き地獄を味わう羽目になる。

 それを決定付ける証拠のように、男の着ているモノは、白濁色のビニール袋のような服。トランプを引きやすいように両手は出ているが、体感ではほぼ全裸。
 勝敗により即運ばれる状態である。このスタイルが焦りに拍車をかけた。

 男は一枚一枚山札からトランプを引く手が震えていた。なぜなら、一セット目は勝利したが二セット目、三セット目と敗北した。
 現在四セット目。生き地獄と裕福な天国との狭間で苦しんでいた。

 手持ちの札はクローバー、ハート、スペードの三とクローバーのキングとダイヤの五。
 スリーカードで勝負したいところだが、三セット目は相手もスリーカードを控えていた。要はもっと強いフルハウスかフォーカード狙い。

 男がコールした時、手持ちは二のスリーカード。相手は八のスリーカード。
 互いに同じ役の場合、数字が大きい方が勝利とされる。
 先のセットの二の舞になるまいと、男はフルハウスを狙った。

 負けると奴隷。
 聞いた噂だと病気になろうが怪我をしようが命令には絶対服従。人体実験で死んだ者は薬の後遺症で激痛に悶え苦しんで死んだと。
 そんな生き地獄が今まさに迫っている。

 男は手に汗をかきながら札を取り、震えながらゆっくりと絵柄を確認した。途端、男は息が詰まる程の思いをした。
 絵柄はダイヤの三。これによりフォーカードが確定した。
 男は即座にコールと宣言し、相手は最後の一枚を引いて勝負となった。結果、男がフォーカードで勝利し、二対二で引き分け。
 二人の命運は最後の一セットにかかった。

 男はカードが配られた時、咄嗟に眼を見開いてしまい、相手に気づかれまいとすぐさま冷静な表情に戻した。
 手札の中に同じ絵柄のカードが二枚とジョーカーが一枚。この時点でツーペカかスリーカードは確定である。
 すぐさまコールと宣言し、勝負に出たいところだが、やはり三セット目の痛手が邪魔をして宣言できない。なぜなら、ルール説明の際、使用するトランプの中にはジョーカーが二枚入っていると聞いたからである。
 もしかすれば相手もジョーカーを持ち、絵柄が同じ物を二つ以上持っているかもしれない。
 そんな不安と焦りの中五セット目がスタートされた。

No.693984


 男は一枚札を取り、一枚を捨てる。
 相手も一枚取り、一枚捨て、コールが無くゲームが進められた。
 この時点で、相手の手持ちに同じ絵柄が三枚とジョーカーの組み合わせはほぼ無いと思われる。
 もし絵柄三枚とジョーカーだと、初手でコールすれば勝利確定のはず。
 人生がかかった大勝負で、フォーカードを持っているのにファイブカードを狙うなど考えにくい。
 この時点で、相手にフォーカードは無いとされた。後は男のカードでフォーカードを狙うか、スリーカードで早めに勝負を決めるしかなかった。

 そんな中、男の引いたカードは、ダイヤの二。先にあるクローバーとスペードと同じ数字。
 これによりフォーカードが確定した。
 男がコールを宣言すると、相手は最後の一枚を取り、勝負となった。

 不思議と相手の動きは淡々としたもので、恐怖も震えも無かった。余程自身があるのかと思われるが、そんな相手の心情を気にする余裕が男には無い。

 互いに手持ちのトランプを公開すると、相手は役無しで勝利は男のものとなった。
 男は歓喜を立ち上がり、咆哮し、両手を上に上げて勝利のポーズをとった。そんな歓喜の瞬間を堪能している間、相手はディーラーの後ろで待機していたスーツ姿の男性達に連れられて部屋へでた。

「おめでとうございます。貴方には祝福された生活が待っております」

 ディーラーが勝利の暁となる、手のひらサイズの四角いネームプレートに鎖を通した首飾りをかけてくれた。

 No.693984

 意味を聞くと、その番号が与えられる祝福の場所であると返ってきた。
 つまり、こういったギャンブルが幾度となく執り行われ、その度に勝者へ商品を提供するのだから、番号付けされてもおかしくないと思われた。

 男は、ディーラーの案内である部屋に案内された。なぜか、そこからは意識が飛んでしまい以降の記憶はない。

~ある研究者の手記『感情と仮定』より~


 人間の心は謎そのものだ。 脳の機能により多種に渡る感情やその加減を調整される。その多種に渡る感情を【心】と名付けられる。

 感情の加減・変化に統一性は無く、人間が変われば脳機能も表現も変わる。人間は個々によって違った感情表現・性質・特性があり、それを【個性】と名づけた。

 更には存在が不確定な、生き物に存在する精気、肉体から独立した存在に属するものを【魂】と呼ぶ形も確立させた。

 人工知能が心を持つという事は、数ある感情の種類を確立させ、一つ一つの感情の変動加減・上限等をコントロールする。
 後は記憶を固定する機能を加えれば心は作られると仮定される。

試作


 男が目を覚ますと見知らぬ家の布団の上で寝ていた。
 視界に入ったのは、幼い男児、母と思しき女性、父親と思しき男性。三人は男を囲んでのぞき込むように見ていた。

「……――あ、ああ、旦那様、奥様……トモヤ様……」
 男は三人を見回すと起き上がった。
「おおぉ。凄い。本当に動きが滑らかだ」
「凄いわね。設定どおりになってる」

 驚く男性と女性。子供は喜びを男に抱きつくことで表現した。

「トモヤ様おやめください。布団が畳めませんので」
 しかし三歳の男児には、男が遊んでいい大人としか思っていない。
「お父さん、名前を付けましょうよ。No.693984だから……」
「いやいや、何も製品番号で名前考えなくていいだろ。……そうだなぁ」

 男性は男に名前を付けた。
 男は了承し、その名前を自分の名前と認識した。


 ◇◇◇◇◇


『No.693984、無事起動。基礎ソフトウェアのインストール完了。三日後、最新データアップロード準備完了』

 使用人ロボのデータを一括管理するメイン動作確認ルームから、担当者への起動確認の情報が送信された。

【使用人ロボ】
 十数年前、主に介護・家政婦用として開発された人工知能搭載型ロボット。現在では、共同生活を送るためのパートナーや家族として購入されたりする。

「ふう。どうにか無事に起動しましたね」
 使用人ロボ開発に携わる女性が、所長の男性に報告した。
「しかし大丈夫なんですか? 一般の使用人ロボと違い、最新モデルは【マインドデータ】を搭載した試作機。……実用にはまだ早いのでは」

 所長はコーヒーを一口飲んだ。

「マインド試験はクリアしたんだ。それに、試作機を使用しているのは俺の弟夫婦だし、前の使用人ロボが故障したから丁度いい」
「弟さん、実験台に使って大丈夫ですか?」女性は呆れた表情を僅かに滲ませた。
「緊急停止装置は持たせたし、故障・暴走時の停止措置も施してる。問題ないよ」
「しかしマインドデータ試験、本当にあれで良かったんですか? 確かに不安と恐怖を生み出す人口精神プログラムと、発汗と震えを及ぼす数値の上限を変えた時、変化は人間並みになりました。ですが相手をロボットだと気づかず、更には自分が勝った時に相手がすんなり退いた点を不審がらなかったのは、少々人間らしくないのでは?」
「人間も大事なものは見えてなかったりするよ。何より、何でもかんでも異変に気づくと問題ばかりが積み重なり、学習どころかデータが山積みして処理が追いつかずフリーズするだろ。少々『遊び』がある程度の方が扱いやすかったりするし、使用者たちがロボを育てる体験が出来る。その為の試作実験でもある」

 所長と女性従業員のロボ談義はさらに続いた。


 後、この試作機は所長の弟家族の一員として世話役として暮らす事になり、無事滞りなく機能した。
 弟家族もこのロボの事を本当の家族のように愛着を抱き、定期的にメンテナンスを行い大事に扱われた。

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