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【二十四節気短編・処暑】 語る僧侶と屋敷の主

1 少年の見た僧侶


 少年がその僧侶を見て抱いた違和感の正体は最後まで分からなかった。
 気付かない違和感の正体。少年には難しい間違い探しのような正体。それは法衣が見たことのある法衣とまるで違ったからであった。
 少年が見た僧侶の法衣は、この地方界隈では珍しい若草色を基調としたものであり、法衣よりも袢纏に近い。襟に紫文字の刺繍も施されている。
 首には長い数珠を下げていて右手にも数珠を巻き付けていた。その数珠が少年に僧侶だと印象付けた証拠でもある。

 僧侶が町一番の金持ちで町長の屋敷へ入る所までしか少年は見ていないが、どうも気になって仕方ない。だが、勝手に御屋敷へ入る事は親から禁止されている。いくら御屋敷の子供と仲が良くても、金持ちと貧乏人では住む世界が違うため礼儀正しくしなければならない。
 あいにく、少年は貧乏人で金持ちの子供と仲良くはない。なんでも、金持ちの子供は病弱で家からあまり出られず、出ても敷地内で遊ぶと聞かされている。
 少年は僧侶が気になりつつも、待つことに飽きてどこかへ向かった。

2 無駄の話


 僧侶と思しき男は庭を一望できる和室で屋敷の主を待っていた。
 八月も二十日を過ぎ、残暑はまだまだ厳しいながらも、夏祭りが終わって以降、夏の熱意と言わんばかりの暑さが緩んだ雰囲気、朝夕は微かに涼し気である。とはいえ、今は昼。夏の昼間はまだまだ暑く、蝉の鳴き声も響き渡る。
 しかし、この屋敷では不思議と暑さが治まっている。男はこの気温が丁度良いとばかりに心地よい気分で主を待っていた。
 穏やかな面持ちで庭を眺めていると、主が部屋に入り男の向かいに静かに腰かけた。

「して、町の奇怪な出来事に関し、何か分かったかな?」
 男は右手に巻いた数珠を解き、両手で珠を一つ一つ摘まみ、ゆっくりと右へ送っていた。単に手持ち無沙汰な両手を動かしたいがための行動であり、意味は無い。
「いくつか見て回りましたが、いやはや、拙僧せっそうは先入観でモノを見てしまう癖が抜けんでね。……まあ、とにもかくにも難儀しましたわ。修業不足を痛感した次第です」
「……と、いいますと?」
「貴方様は奇怪な出来事と仰られましたなぁ。その、仰った通りの言葉で拙僧は隣町にて情報を得ましてねぇ。それで町を見回った次第です。つまり、“奇怪な出来事”というので、ものの怪や幽霊の類を想定して構えた次第でして……」
 右手で後頭部を摩った。
「いやっはっはっは。もう少し早く終わるであろう調べ事に、ついつい無駄な時間を要してしまった訳で、なんとも情けない。と、戯言ついでに雑談となりますが続けても宜しいかな?」

 主は表情一つ変えず、「どうぞ」と告げた。

「拙僧の行い、まさしく“無駄の多い”行い」
 無駄であった事を強調して言った。
「しかし無駄と申しましても、本当に無駄たらしめるモノは如何なモノと思われます?」

 質問の意図が分からに主はやや首を傾げた。

「無駄は無駄と扱われるものでしょうが、その無駄も広い目で見れば何かの流れの一端だと思われるのですよ。……例え話をここらで一つ失礼します。
 拙僧が無駄なく淡々と奇怪な事象の正体を暴き解決したとしましょう。さすればもっと早くこちらへ参る事になります。それで、早く参る道すがら、小動物を踏みつぶしたと致しましょう。我ら人間からは大した事の無い命であれ、踏みつぶさなければ別の生き物の腹を満たすか、害ある生き物を喰らってたかもしれません。それが巡り巡って別の生き物を生かし、弱肉強食の摂理において、獣か鳥かを生かし、やがては誰かの血肉となるやもしれません」
「つまり、無駄があったために小さきモノが生き残り、その命は誰かを生かす。と?」
「これは“無駄”に着目し、結果の面にてその重要さを強引に表した極論の一例にすぎませんが」
「途方もない話です。その小さい命が生きようと死のうと、どちらの未来もありえるのであれば、御仏みほとけはその進むべき道において未来を紡いでゆくのでは?」
「ほう。なかなかに語ってくれますなぁ。
 しかり、所詮起きた事はその時点で揺るぎなく、”今”に他ならんのですよ。
 いくら後悔したとしても過去に戻る事など不可能。
 もう一つの可能性を証明するのも尚更に不可能。
 拙僧が無駄を起こそうが起こすまいが、行き着いた未来がすなわち世の定め。貴方様にはそれを念頭に置いて頂きたい」

 またも主は首を傾げ、「はぁ……」と、何気ない返事をした。

「では、まずは墓地付近の小川の話から致しましょう」
 男は話した。

3 水の色


 墓地付近を流れる小川の色が変わる。その色に決まりはないが、紫色が多い。

「……なぜこの話から始めたか分かりますか? 一番目撃した者が多い奇怪現象よりも、別段害異が無く、奇怪の原因が薄々分かっている者が多いであろう小川の話からしようとしたか」

 主は「はて……」と言葉を漏らすように呟いた。

「簡単な事です。この話は複数の奇怪現象に結びつくんですよ。いや、”奇怪現象”より“現象の正体”の言葉が合うでしょうねぇ。ええ、理由はこれから話しますよ。あの小川の色が変わる場所は大きく分けて二か所なのはお気づきで?」
 主は静かに頭を左右に振った。
「あの小川には石垣のような段差があるでしょう? 石垣より川上では薄いですが赤寄りの色に水が変わるんですよ。拙僧も、その部分は夕陽の色かと思ってましたよ。けど、それがまさに先入観。夕陽の色で朱に染まるのは空のみ。水はその色か夕陽の光を反射して染まるように思えますがねぇ、あの小川はそんなんじゃ赤く見えないんですよ。余程離れた所から、うまい具合に見るのも難しいかと。
 それでね、よくよく調べた所、赤く染まるのは時期がありまして。おもに春と秋。その時期って言ったら、野獣が冬眠から目覚めたり、冬眠前に食料を食べる時期なんですよ。つまり、野獣を捕らえる時期でもあります。
 町民が赤色に染まるとあった場所からさらに上へ登ると、町民からは知られていない人が住んでいたんですよ。ご存知、村八分むらはちぶの男ですがね。で、その男は色々とずぼらだったり雑だったりで、捉えた猪やらウサギやらの処理は上手いんですよ。まあ、お察しの通り、毛皮や肉を洗って赤くなった水を捨てたのが小川なんですよ。
 拙僧の立場から見れば、そんな行動も目を瞑るのは『いかがなものか?』と思うんですがね。更に罰当たりなのが、食べた野獣の骨や不要な臓器とかをほったらかしにするんですよ。”地に還す”とかなんとかで。
 拙僧も仏道を歩む者ゆえ、そういった輩を見過ごすに忍びないんですが……まあ、その話は後にしましょう。
 で、この話から繋がるのは、町に散らばる『獣の骨事件』ですよ。そう、村八分の男がその辺にほったらかしにした骨を、犬やカラスが咥えて運び、町に捨てたんですよ。
 なぜそいつらが住処や穴倉へ運んでいかなかったかと言うとね、今度は町に住むある老婆が、嫁の作った料理をコッソリ捨てたのが原因なんです。
 これだけ聞くと、嫁姑のいざこざのように聞こえますがね、実はそうじゃない。口の悪い女が吹聴しただけで、本当は老婆が捨てたのは残り物や傷んだ食料。窓から庭先へ捨てると楽だってんで捨ててるそうだ。これ目当てに咥えたモノを捨ててがっつく。ってのが真相です。
 これで水が赤く染まる原因、町に散らばる獣の骨の原因が解明だ」

 主は小川の別の色に染まる理由を求めた。

「今の話に加えるんですがね、紫色の作り方は赤色に青色を混ぜると。ってぇのは、絵師でなくても大抵の人が分かる事でしょ。じゃあ青色の正体は何かって? これはまだまだ憶測なんですがね。
 子どもってのは花を摘んで水ン中で潰してしごいて色水を作って遊ぶでしょ。要は染物屋みたいなことして遊んでるんですよ。サラシなんかを染めて、染まり具合見て喜んだりしてね。それで、町でもう一つの奇怪、花の無い花畑ってのがあるでしょ。 ”夜が明けたら前日に咲いていた花のいくつかが花を無くした”という。アレですよ。
 子どもの遊びだから、青というより、色んな色があったと思いますよ。それが混ざって紫だったり、まあよく分からん汚い色だったり。それと血が混ざったともいえるだろうし、その色だったりするだろうし。
 あと小川の色が変わる原因ってのは、大雨で地面が崩れて倒壊した小屋の中にあったものが流れたとかですかねぇ。拙僧も、さすがに中へ入って確認するには危険極まりないんでそのままなんですがね。
 まあ、そんなこんなで小川の奇怪なんてのは、町に住む大人達が見過ごしてきた諸々が正体ってことですよ。
 じゃあ次は、町に現れる人影について話しましょうか」

4 覗き見る影


 ”ソレ”は夕暮れ時に現れる影である。
 木陰から覗き見るようでもあり、曲がり角から覗き見るようである。
 時に堂々と立って現れ、時に追いかけてくる。
 捕まった者はいないとされるが、捕まれば影の中へ引きずり込まれてしまうのだと、噂がある。

「不思議なものですよね。なにが不思議って、この現象は一人で行動している時に影が現れるっていうもんだ。それなのに噂では、影に引きずり込まれるとか、人によれば地獄に行くだあの世へ連れていく水先案内人だとか。幽霊や怨霊の仕業だとか言う輩もいましたよ。
 奇妙な話にはどこかで聞いたような話を真似たようなものばかり。それもまた、人間って生きもんの習性なのかもしれませんねぇ。いや、なによりもだ、拙僧としては幽霊ってのが物陰から居るか居ないかのぼんやりした状態で現れて、嘆かわしい思いの丈を表情に晒すもんだと考えてます。その方が怖ろしいの意味合いが変わると思いませんか?」

 主は「……はぁ」と、何気ない雰囲気で返すも、男は続ける。

「まるで親の仇のように襲う気満々っていう恐ろしい暴挙や形相は、気性の荒い恨みたがりの人間と同義だ。幽霊という存在の風情に欠けます。
 でね、拙僧が調べたところ、強姦や、怨恨で殺す辻斬りのような話だったりと、確かに夕暮れ時に襲われるものもあったんですよ。
 つまり何を言いたいかと言いますと、拙僧は奇妙な現象を解決した為にこの町へ来たのに、巷で広まる噂の殆どは人間が起こした事ばかりだという事です。
 故意であれ偶然であれ、習慣であれ思い付きであれ。
 この町で起きた『奇妙な事件』と言うのは、拙僧のような僧侶や霊媒師や陰陽師がしゃしゃり出て、遺憾なく力を振るう必要のないもの・・・・、ばかりなんですよ」

「……そうですか。……遠路はるばる起こし頂いたのに……その程度の事、こちらで……解決出来るような……もの……ばかりとは……」
 男は言葉が途切れ途切れになる主の様子を伺うと、口角が上がった。

「気遣い痛み入ります。……ですが、もう一つ、面白い話がございまして。それをお話ししても宜しいでしょうか?」

 主は疑問符が浮かぶような表情で小首を傾げ、軽く頷いて「どうぞ」と告げた。

「これは、ちょいと想像してもらわなけりゃならん、正真正銘の【奇怪】な話でして。何を言ってるのか分からなくなっちまうような、ある土地の話です」

5 土地に潜む


 その土地に足を踏み入れると、なんとも表現出来ない不思議な感覚に陥る。

 それはフワフワと浮遊する感覚である。
 それは何かに見られている気分になる。
 それは奇妙な音が聴こえるも、何処から鳴っているか分からない。
 それは懐かしい思いをする。
 それは違う所なのにいつもと同じ日常のようである。

 その土地に足を踏み入れるとなかなか戻れない。戻れるのだが、帰り道が分からなくなり、偶然土地から離れてようやく元に戻る。

「まさに奇妙。まさに人外の力が働いているようでしょ」

 主は小首を傾げる。

「聞くからにあやかしや、神の力でも働いたような現象を引き起こす存在。神隠しというのも、こういった奇妙を引き起こす土地に人間風情が足を踏み入れた為に引き起こされるのかもしれませんねぇ。
 ついでの話なんですがね、神隠しってのは、色々複雑なんですよ。人攫いのように思えますが、その実、意識を未来過去へ移し、認識やら存在を元居た世界からズラす。という考え方だったり、夢の中へ意識を移したり。
 訳が分からんでしょうが、例えるなら、姿が突然消える人間が現れたとしましょう。それは一見、幽霊と思われるでしょうが、そうではなく、過去か未来から来た人間の意識。そういった解釈と思ってください。
 そんなこんなの小難しい神隠しなんかを体験しているのは、大抵が一個人である為、現象の証明も奇妙を奇妙と感じれない状態となって、真っ当な人の世界に帰ってくるから、確信を持てずに噂や伝説として曖昧で幻想的な体験談のように残るのかもしれませんねぇ」

「なにを…………仰り……たいので?」

「話しはちょいと変わります……拙僧は貴方様に嘘を吐いておりました。『突然何を?』と仰りたい気持ちは重々承知しております。
 拙僧が貴方様と同じ立場であれば、いきなり妖だ神隠しだと変な話を持ち掛けた挙句、嘘を吐いてましたなどと言われれば、虫の居所がわるければすぐにお引取り願いたいことこの上ない。
 ですがご容赦を。大切な事ですので。
 拙僧の嘘と申しますのは、『町の奇怪な出来事を解決した』というところです」

 主は口を半開きにし、ぎこちなく首を傾げた。

「確かに町の奇怪は調べましたよ。なぜなら頼まれましたから。『ある廃村・・の奇怪を調べてくれ』と。その依頼は”廃村”と言っておりましたが、調べた所、過疎が進み、家々が災害等で崩れ、村……いや集落かな? そういった小さな所となったのが経緯だそうです。
 けどね、その廃村には仰天してしまいそうな奇跡がございましてね。
 いやぁ、拙僧も奇跡という言葉にすがるのはまっぴらごめん被りたいのですよ。なぜなら、こういった仕事を生業としてますとね、なんでも奇跡奇跡と説明してしまうと、”ちゃんと説明しろ”だ、”もっとしっかり調べろ”だとか。臆して逃げてる連中が傍でごちゃごちゃと五月蠅いのなんの。……あ、今のは黙っててくださいよ。
 話が余計な所に逸れちまいましたね。本題に戻して……奇跡についてですが、一つは世に名が知れ渡らなかったがかなりやり手の絡繰り技師がいる事。そしてもう一つ、この土地には思念とやらが燻り、幻覚を見せる現象が起きやすいんですよ。
 何言ってんだ? って目で見ないで下さいよ。本当の事です。
 でね、単に幻覚が見えるってだけなら、拙僧程度の僧侶でも長文の術を説き続ければ容易に解決するんですが、噂自体が見事に仕上がった怪奇譚となっていました。
 それは、”かつて村長であった者の屋敷にて未だ尚、村を取り仕切る村長が存在する”ってんですよ。
 どうでもいい話を取っ払った、大雑把な結論ですがね。要は、土地に沁みついた奇怪な気の法則によって土地内に世界を作り上げるってことですよ。
 拙僧がこの地へ足を踏み入れると、『これぞまさしく!』と言った、幻覚が起きましてね、かつて町であった頃の風景に変わったんですよ。
 噂でしたら、ここで”廃村の住人の仲間入りしかけ”なんでしょうが、こう見えて拙僧も修験道に足を踏み入れた、現役の行脚僧、そうは問屋が卸しませんぜ。しっかり意識は保ってますよ。
 貴方様にはご容赦願いたいのですがね、今し方まで淡々と拙僧が語り聞かせた奇怪な事を解明した話。あれは、とうの昔に解決された、隣の町で怪談話として広まる話の元なんですよ。じゃあ、どうしてこうも長々と続けたか? と思うのは当然の事でしょう。
 拙僧としては、「謎は謎のままで」と言って帰りたいですよ。だって格好良いじゃないですか。全てを知るのは自身のみ、って。あれ? 無反応は止めてくださいよ。はいはい。拙僧だけですよ、これに魅力を感じるのは。
 おっと、雑談が過ぎました。
 本来は長口上じゃないんですよ。こんな雑談を続けなければならんのは貴方様のせいでもあるんですよ。何故かって? だって、絡繰りである貴方様・・・・・・・・・が弱るのを待ってるんですよ。
 この地の幻覚は、元々は土着の神か何かの存在です。この場は神と言わせてもらいますよ。分かりやすいでしょ?
 本来は何も起こしゃしないんですがね、それが起きてしまったのは、絡繰りづくりに心血を注ぎ、一生涯を絡繰り造りに費やした御仁の念が貴方様に沁みつき、土着の神の力は反応した為でしょう。
 要は気の流れが滞ってしまったために起きた幻覚。そして貴方様は長持ちするゼンマイを巻いては動き、巻いては動き、を繰り返すか、将又はたまた動力源は別にあるか。誰もが想像できない、かなり複雑で繊細な造りの、人間としか見えない頑丈な人形だ、死体でも使ったのか疑わしい程に。それとも、その容姿は神の御力か?
 どうあれ、ただ人前では村の主を気取り、本当の人間を奇怪な事を調べた者と見定め、逃げたやつは殺め、語る奴は話し終えると殺める。恐ろしい暗殺者。まるで蜘蛛だ。糸に絡んだ獲物を捕らえる絡繰り人形。
 拙僧は、気の流れをずらす陣を、貴方様に見つからぬよう張り続け、ようやく一仕事終えたのでここへ来た。
 貴方様の動きや言動にガタが来たんで、ようやく締めの術を使えるようになったって訳ですよ」

 既に主は口を開いて首が垂れている。しかし目は男を見つめていた。
 男は笑顔で語った。

「初めに申しましたでしょ。『無駄も広い目で見れば何かの流れの一端』と。拙僧の語る意味の無い無駄な長口上も、時間稼ぎをするためのモノだった。嘘や秘密というのは、気づかなければ真実みを帯びるもんでしょ」

 男は手に巻き付けた数珠を外し、着物の懐から引っ張り出した。何と、首にかけていた数珠と連結しており、かなり長い数珠であった。

「……ではでは、十分に長話は飽きましたので、これにて締めとさせて頂きます。そして、長きに渡り村の見回り、ご苦労様でした」

 男は術を使用した。

6 竹藪で


 少年は数珠を手に巻いた珍しい色の服を来た僧侶と竹藪の道端で出会った。
 僧侶は少年の傍に寄ると笑顔で頭を撫でた。

 どういう訳か、少年は頭を撫でられる何かを思い出し、突然涙が零れた。
 何度も拭うがとめどなく溢れ出る涙は止まらない。僧侶に理由を聞こうとするも、いつしか竹藪ではない町中に少年は立っており、突然背後から両親の呼ぶ声を聴いて振り返った。
「早くおいで」
 母が呼ぶので、もう一度涙を腕で拭い、元気よく走って両親の傍へ向かった。

 竹藪にて、男は廃村の地を彷徨う、神隠しに遭った少年を解放すると、応えるように微風が周囲をざわつかせた。
 冷ややかに感じる風に、夏の終わりが近いと感じた男は、黙々と竹藪を進んだ。

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