【ちょっとした話】怖い不思議な話・招き猫の置物
男は玄関に置いている置物を正面に向けた。
置物は父が買ったもので猫が両手を挙げている全体的に丸い置物。一般的によく目にする定番の形ではないが、いわゆる招き猫だ。
骨董品店にて“何か呼ばれている気がしたから”という意味深な理由で買ったのだから、奇妙であり、宜しくない幽霊の方々まで招き入れそうな雰囲気が若干漂っている。男が密かに抱いている思いである。
僅かばかりの不安を抱えながら過ごす内、とうとう男の前では奇妙な事が起きた。父が買った十日後のことである。
男は招き猫を毎朝出勤する際には真正面に戻しているが、帰ってくると少し入り口側に向いているのだ。
いつも下駄箱向かいの壁向きになるよう置いているが、帰ってくるとやや斜めに向いている。休日に同じ事をすると変化を示さないのだが、男が出勤日だけ傾いているのだ。
二十九歳にしてこの程度で怖がっていては情けないと思い、共に暮らす両親には黙っている。いらぬ心配をかけさせたくないからだ。
特に怖いものが苦手な母親に報せると、そのまま父へ苦情を浴びせ、粗大ゴミへ招き猫が行く顛末を迎える。
別段、大した事故や怪我が起きている訳ではないのだから、この程度の怪奇など気にしなければ良いだけだ。
招き猫に悪気はないと思う男は、今日も向きを変えて家を出る。
男は知らなかった。
母が招き猫の置物をいつも斜めに向けている事を。
棚を全体的に見た際にやや傾いた角度で置いているほうが見栄えが良いと、彼女のセンスがそうさせた。
昔、自分のセンスを息子に否定されてからというものの、やや傾けている事を息子には告げず、密かに些細な喜びにしている。
いつも息子が戻すのを見て、また自分も傾ける。
息子は知ってか知らずか、何も言わずに続けている。そんな事を気にもせず、母は今日も真正面を向いている招き猫を斜めに向けた。
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