毎日に彩りを -着物で華やぐ私の人生-

「人生、華やぎますよね。間違いなく」
 私の問いに、彼女は満開の笑顔で頷いた。向かい合う彼女はツイッターで見ていたよりもずっと親しみやすく、「親戚のお姉ちゃん」と話している気分になる。すらりとした長身に、丈の長いスカートと紫の着物がよく似合っていた。

それは洋服か? はたまたコスプレか?

 着物業界の低迷が著しい。
 作り手の減少、企業による押し売り営業、安くない値段に、消費者の減少。理由は多々挙げられるが、200年前のように日常使いするには、あまりに現代日本は不向きだ。
1つ、洋服の方が便利。ボタンを留めるだけ、チャックを上げるだけ。ゴム紐があればベルトさえいらない。2つ、暑すぎる。絽や紗などの夏用着物があるとはいえ、半袖シャツにサルエルパンツを履く方がよっぽど涼しい。3つ、着物は日常風景ではない。七五三や卒業式なら微笑ましいが、電車や職場で着物姿の人々に注がれる目線は、良くも悪くも奇異なものであることが多い。
 私自身も、着物といえばイベント色が強かった。文化祭の衣装、夏祭り、京都観光、成人式……。「長襦袢の上に着物を着るんだろうな、その上から紐を2つ括って最後に帯だな。リボンはカポッとはめる奴」程度の知識しかなく、言わずもがな、呉服屋で着物を仕立ててもらいたい、とは思ったことがない。同じお金を払うぐらいなら可愛い洋服を買う。

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 ある日、ツイッターで1枚の写真を見つけた。
 アコーディオンスカートに黒ブーツ、無地のセーター。街でよく見かける服装に、華やかな彩が1つ。赤い大ぶりの花が描かれた羽織を羽織った女性の写真だ。

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 コスプレか? まず1番最初に思いついたのはそれだった。次点で撮影会、雑誌の撮影。洋服でもなく、かといって着物と言っていいのかこれは? 袴とも違う不思議な服装に、その写真は記憶にへばりついてなかなか消えなかった。きっとこの時から彼女に惹かれるものを感じていたからだろう。

 女性の名はKaEri。FM五條ではラジオパーソナリティを、インターネットラジオ局ゆめのたねでは音響を担当するフォトグラファー兼ライター兼モデル。情報量の多さにプロフィールを三度見した。
 そんな彼女ツイートを日々追っていくうち、分かったことがいくつかある。彼女はほぼ毎日着物を着ていること、必ずと言っていいほどスカートと合わせていること、4000円程度の比較的安価な着物しか買わないこと。着物をファッションとして楽しんでいるらしい彼女の笑顔は、写真越しでも輝いて見えた。
 昔から「見る」に関して言えば着物が大好きだった私に、その服装は見事に刺さった。出会った日から毎日、アップされる写真を眺めては可愛らしさに胸をキュンキュンさせていた。
 1人で勝手に萌えているうち、疑問が湧いてきた。どうして、そんな服装をしているのか。どこにそんな安価な着物が売っているのか。ぶっちゃけ、そんなコスプレみたいな格好していて周りの目は気にならないのか? 気になった私は、彼女に取材することにした。

毎日を変えた、着物との出会い

 約束のスターバックスに、彼女は現れた。
 その日は11月も末、急激な気温の変化に凍える1日だった。深緑色のロングスカートの下にはデニール数の高そうな黒タイツとショートブーツ。冬仕様のモコモコカンカン帽に赤いチェック柄の大きなスカーフ。赤いそれに隠された胸元をちらりと見ると、紫と薄桃色の色をした着物が見える。
(可愛い!)
 心に留めておこうと思った子ども並みの感想は、知らずに口をついで出てしまっていた。

ーー:着こなし方に「手練れの者」感を感じますが、KaEriさんが着物を着始めたのはいつからですか?

KaEri:慣れていますね、ってよく言われるんですけど、始めたのは今年の4月からですね。私、『インターネットラジオ局 ゆめのたね』というところで音響をしていまして、ある日、番組のゲストさんが着物をすごく素敵に着こなされていたんです。それを見て、「私も着たい!」って思ったんです。

ーー:4月から! それまでは、あまり興味はなかったのですか?

KaEri:なかったですね。「かっちりして格式高い印象の服だな」程度の認識でした。でも、学校の卒業式で先生が着ていた袴、あれはずっと記憶に残っていて、いつか着たいと思っていました。他にも花魁体験とか、和洋折衷コーディネートとか、そういったものはやりたいと思ってました。どっちにしろ、所謂「正統派」じゃないんですけどね。

ーー:その時から、いまに繋がる着方への思いはあったのでしょうね。お話を聞いていると、特段着物は敷居の高いものという風に感じていない、という印象を受けます。

KaEri:そうですね。クローゼットにワンピースと着物がかかっていて、今日の気分でどちらを選ぶか。そんな感覚です。だから、長襦袢着て伊達締を締めて、着物を着て帯を結んで……そういうものより、和洋折衷の方が好きです。よく合わせるのは、ブラウスと、スカートと、ブーツですね。カジュアルに、ファッションとして楽しみたいから。

 ハレの日、訪問着、結婚したら振袖は着てはいけません、この場面ではこの柄が……。当たり前だと思っていた今までの固定概念が、ぱちぱちと音を立てて弾けて消えていった。

ーー:実際、着始めてから周りの反応はどうでしたか?

KaEri:うーん、私の周り結構独特だから参考になるかはわからないけれど……。勤めてるラジオ局って、みなさん個性的な人ばかりなんですよね。なので、びっくりはされましたが批判的な意見はありませんでした。それでも毎日服で反応されたらたまったものじゃないので、結局はFacebookで「着物着ます!」って宣言しましたね。今じゃ何も言われないです。

ーー:なるほど。あまり気にはされなかったのですね。

KaEri:はい。街中歩いていてもそんなに声をかけられることもありませんでしたし、着物警察(着方を指摘してくる人々)にも会ったことがないんです。ただ、細かく言ってくる人はいますね。裾の丈とか、その服はもっとこんな帽子合わせた方がいいんだよ、みたいに。分かってないな、和に和を合わせたら和だろ、貴方とは意味が違うんだから黙っていてくれとは思いますけどね。その程度です。

人生楽しむ、それが1番

ーー:着物を着ると、人生が華やぎますよね。間違いなく。

KaEri:それは間違いない。私、かなり引きこもり体質で仕事がない時はずっと家の生活を続けていたんですけど、ここ半年で変わりましたね。いろんな人と繋がりができて、イベントにも行くようになって、行動範囲と交友関係が広がりました。すごく楽しいですよ。

ーー:着物を着ること自体が目的ではなく、着て楽しみたい。ある種手段ということでしょうか。

KaEri:手段だと思います。ラジオでパーソナリティとして喋ることも同じですね。着物もラジオも、『きっかけ応援コーディネーター』として周りを笑顔にしたい、その手段の1つです。ラジオを聴いて誰かが元気になったり、笑ってくれたり。SNSの着物の写真を楽しみにしてくれたら嬉しいです。何より自分自身も楽しいし、周りも笑顔になってくれる。これほど楽しいことはないですね。

 彼女と写真で出会ってから、ずっと不思議に思っていた。どうして、そんな素敵な笑顔を浮かべることができるのか。人前でうまく笑えない。就職活動の最中、真剣に悩んでいた私にとってその笑顔は眩しかった。
 ところが、この取材で1番の笑顔を見せた彼女を見て、すとんと腑に落ちた。心底人生を楽しんでいるからこその笑顔だと理解した。心から楽しんでいる人の笑顔とは、こうも華やかなのかと。その生き方が、とても羨ましいと思った。同時に、こんな人になりたいとも思った。まず変えるなら、内から。外に原因を求める前に、自分自身が本当にやりたいことを見つけよう。ゆっくりでも構わないから生き方を変えていこう。着物のインタビューをしていて、自身の生き方を見直すことになるとは思わなかった。

ーー:最後に、これから着物を着たい人たちに向けて一言お願いします

KaEri:「悩む前に、まず着てみたら?」って思います。この界隈の人たちみんな親切だから、わからないことあればなんでも教えてくれますよ。着物屋さん(アンティーク・ウール・ポリエステル着物を安価で販売する服屋)に行ったら、ゼロからレクチャーしてくれます。私も店員さんに教えてもらいました。何もわからなかったから、私着物初めてで〜って話したら、ウール着物のコーナーに連れて行ってくれたんでよ。帯と合わせても4000円ぐらいだったかな。それが全ての始まりです。

ーー:まさに運命の出会いですね。

KaEri:うん、そうだったと思う。お店に関して言えば、初めてでどこに行けばいいのかわからないって声もよく聞くので、最近自分のサイトでおすすめ着物屋さんを紹介してるんです。ネットで調べても、実際行ってみないとわからない部分もあるしね。そういう意味でも最初の1歩ってなかなか踏み出しにくいと思うんだけど、絶対に行動した方が手っ取り早いよ。

華やぎたい、これからの私の人生

 ここ2ヶ月で着物が3着増えた。自分で店に足を運んで、選んで、試着して、財布と相談して買った、とっておきの3着だ。どれも可愛くて、着ているだけで心が踊る。
 襟のしまったブラウスを着込んで、上から着物に袖を通す。腰紐で崩れないように軽く結んでGUのスカートを履く。アウトレットで見つけた500円のコルセットで締めて完成。鏡の向こうの私は、楽しそうに笑っていた。


インタビュイー:KaEri(@nana_sweets7)