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#1 旅と旅行

とにかく書き始めてみようと思う。

書く方も読む方も飽きのこないように、内容はくだらないことや、つまらないこと、呆れるようなこと、又は何処が面白いのか分からないこと、まして生きていく上でタメになることなど一つとしてないものにしようと考えている。

こんなバラエティに富む読み物がそうそうあるだろうか。

まぁ、私の感じたり考えたりしたことであって裏は取れていないし、イメージで語るので、だから客観性は勿論、普遍性も無いのである。
まるで無い。

メモや走り書きの延長、つまりは極めて私的な備忘録・覚書といったところである。

さて、何を書くか。

一☆一☆一☆一

ここまで書いてから約半年が過ぎた。
着ているものがまるで違う。
というか年が違う。

白菜を買いに行ったり、猫のトイレを掃除したり、植木の剪定をしたり、信号に引っ掛かったり、寝たり等のとても大切な雑用に追われ続け今日になってしまったのだ。
それは良くあることなんである。

私は旅が好きで、昔はバックパックで色々な所へ行ったものだ。
旅の荷物は背負った方が動きやすいし、背中に重みを感じながら歩くのも悪くない。
何も考えずに歩いているように見えて、ホントに何も考えていないのだが、実は偶にあれこれ思うこともある。

ある時、"旅と旅行の違い"ってなんだろうと鋭い(その実、緩い)考察を始めたのだ。
歩きながらだったか、寝袋に包まりながらだったかは覚えていない。

私の感覚だと"旅行"は目的地へ行って家へ帰ってくることが前提であるもののような気がする。
矢印が 「⇅」こんな感じ。
「帰ってくるまでが遠足」みたいな感じですな。

一方"旅"は必ずしも帰ってくることを必須としない。
勿論"旅"だっていずれは家に戻るのだけれど、ひょっとしたらこのまま動き続けるかも知れないと云うある種の覚悟を覚えながらあくまでも矢印は「↑」だけなのである。
その一方通行の矢印の果てに家に辿り着くようなイメージ。

はっきり記しておくが"旅行"がダメと言っているのではないのだ。
安全に家に戻ることはとても大事なことだし、何より私だって何度も"旅行"している。
ただ、ひと方向だけの「↑」を感じながら、刹那さを抱えて旅の人となりたいだけなのだ。

あくまでもイメージなので上記の通り、客観性はないのである。

なので「なにカッコつけてんの。そんなのは言葉遊びみたいなもので、どっちも同じだよ!」
という貴方。

仰るとおりでございます。

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