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立入禁止

最近、私のうちの隣の空き地に、勝手にクルマを停めてる人がいる。空き地と言っても、
ここは数年前に父が買い取った土地で、
うちの土地なのだ。

 敷地内に立ち入りを禁ずる。高橋

父はこんな立札を作り、空き地にたてた。

その晩、自宅の呼び鈴がなった。ドア越しから

こんばんは。隣に駐車したものですが。

聞き覚えのある男性の声。父と二人でドアを開けると、そこには父の会社によく出入りしている営業マンの木村さんが立っていた。

勝手に駐車してしまい、しかもそこが社長の地所だったなんて。本当にすみませんでした。 

と、汗だくで慌てて謝る木村さん。玄関先ではなんなので、中に入ってもらうことにした。

木村さんは、この近くに住む伯母さんのお見舞いに来ていた。腕を骨折して、しばらくは身の回りのことが出来ないので、代わりに買い物したり、差し入れを届けていたらしい。伯母さんのお宅には駐車場がないため、少しならいいかと思い、うちの土地にクルマを停めていたのだ。それを聞いて父は

無断駐車の件はもういいよ。しかし君も隣町から大変だな。伯母さまがよくなるまで、うちの空き地で良かったらら駐車場代わりに使ってください。

と、申し出た。

最初のうちは遠慮して、玄関先で軽くお礼を言ってさっと帰っていた木村さんだったが、父の「上がってお茶でも」の一言で、私たち3人での夜のお茶会が始まった。明るくよく気がつく彼を、父は自分の息子のように、私は兄のように思うときもあった。

ひと月くらい経ったある日のことだった。
父が会社で倒れ、そのまま入院してしまった。折りからの不景気も手伝って、会社は人手に渡る事になった。

木村さんが自宅にお見舞いに来てくれたが、父は入院中で、とても面会など出来る状態ではなかった。

ごめんなさい。父、とても悪いんです。今度違う病院に移ることになってしまって。だから、私も病院の近くに引っ越すことになりました。

驚いてる彼に、自宅は売却したこと。だから、駐車場はもう貸せないと伝えた。そして、

これが連絡先です。何かあったら‥

私はそう言って、彼の顔を見ると、何故か涙が溢れて来た。連絡先を書いた紙を彼に押し付けるように渡して、私は逃げるように彼の前から立ち去った。

あれからどれくらい経ったのか。ある日木村さんからショートメールが来た。

ご無沙汰です。突然ですが今晩、あなたの嘗てのご自宅の前でお待ちしてます。

と書いてあった。引越し以来、私はあのうちに近づくことはなかった。あのうちを見ると、父のことはもちろん、彼のことも思い出して、泣き出してしまうと思ったからだ。
そのうちの前で、しかもあんな立ち去り方をしてしまい、今まで連絡もしなかった彼に会う。

ドキドキするような、懐かしいような、切ないような、いろんな気持ちが入り混じる。そんな気持ちを抱えて、私は嘗ての自宅の前に立っていた。

人手に渡ったと聞いた自宅はまだそのままだった。あの空き地も。

あれ?

空き地には立札が立っていた。引越しするときに引き抜いたはずなのに。不思議に思って、立札のそばに行くと

 敷地内に立ち入りを禁ずる 木村

え?木村?どうして?

嘗てのご自宅、僕が買ったんです。またあの応接間で夜のお茶会を開く為にね。

声の方に振り向くと、木村さんが立っていた。

ずっとあなたが好きでした。僕とお付き合いしてください。

木村さんはそう言うと、優しく微笑んだ。
私はありがとうと言いたくても、上手く言葉が出ず、彼と最後に会ったときと同じように、涙を流すばかりだった。

それからしばらくして、私たちは結婚し、
そしてあの空き地に新居を建てた。ある日私が自宅の外にでてみると、門の横の小さな植え込みに、立札が立っていた。立札には

二人の仲に立ち入りを禁ずる 高橋

と書いてある。元気になって、隣の本宅に住む父の仕業であった。

(了)













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