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ボッコくん


オレは
カクテルバーを経営している、オーナー
バーテンダーだ。
カクテルを作るのは得意だが、
お客と話すのが苦手。だから、オーダーは
全て食券だ。客は自販機で食券を買い、カウンターのオレに差し出す。それをみながら、オレはカクテルを作る。
普通の店なら、バーテンダーが酒の用意をしながら、お客に一言二言話しかけるのだが、人見知りのオレは、そんな気の利いたことはできない。こんな無愛想で人見知りのオレがやってる店なのに、つぶれずになんとかやっていけてるのは、
星新一のボッコちゃんよろしく、カウンターの隅にいつも座っているボッコくんのおかげだ。彼を目当てに、連日女性客が店にやって来る。

ボッコくんは、スリムのジーンズに、黒の皮のジャケットを羽織り、皮のソフト帽をかぶって、カウンターに片ひじを付いて座っている。少し長めの髪からのぞく、憂いを帯びた横顔がとてもクールだ。

今夜も一人の女性客がボッコくんの隣に陣取る。

久しぶり。元気だった。
私、今日は最悪の一日だったの。部長がね‥

延々と喋り続ける女性に対して、ボッコくんは一言も言葉を発しない。実はボッコくんは小説のボッコちゃんみたいなロボットではなく、ただのマネキンだ。
女性は、自分の話しが出来れば、相手が聞いてようがいまいが、それで満足する人が大半で、酔えば酔うほど、相手の反応なんかお構い無し。一人でどんどん喋りまくっている。
だけどたまに、

ねえ私のこと、どう思う?

と、ボッコくんに身体をピッタリくっつけて、こんな質問をする女性が現れる。ボッコくんは、当たり前だが、何のリアクションもない。そうすると

そっか。私なんかに興味ないのね。ごめんなさい
おかしな質問しちゃって。

と、大抵の女性は自分から、 話しを切り上げてしまうのだった。
クールなボッコくんのおかげで、オレの店は、まあそれなりに繁盛していた。

今夜もボッコくんにお話しを聞いて貰おうと、若い女性が店に入って来た。カウンターに座るボッコくんの隣に陣取り

ねえ、私の彼ったら、浮気してるみたいなの
酷いでしょ?

そう切り出した女性は、ボッコくんに
向かって、延々とおしゃべりを続けた。
オレはその間、食券を見ながらカクテルを作る。女性が3杯目のカクテルを飲み終わったとき、

もう、あんなヤツとは今日でお別れよ!
ねえあんたさ、私の彼になってくれない?

と言い、ボッコくんにピッタリと身体を近づけた。するとそのとき

おい!何やってんだよ!

男の怒鳴り声がした。

あ!あんた。何よ。よくここがわかったわね!

GPSを辿って来たんだよ。なんだよその男は。

怒鳴り声の男は、そういいながら、ツカツカと店の中に入って来て、カウンターに座るボッコくんと女性の背後に立った。

男のくせに、髪の毛伸ばしてキザったらしいヤツだな。なんだよこの髪型は?

怒鳴り声の男はそう言うと、おもいっきり、ボッコくんの髪の毛を引っ張った。

あ!

思わずオレは叫んだ。
そんなことをされたら、ボッコくんの秘密が
わかってしまう。

やめろ!
やめろ!

と、叫んだオレと一緒に、叫んだ人が。
だれだ?

いてーな。黙ってればなんなんだよ。あんたら、いい加減にしろよな。

そう言ったのは‥ ボッコくんだった。
彼は頭をさすりながら、

つうか、つまんない揉め事に、オレを巻き込まないでくれるかな?喧嘩は2人でやってくれ。マスター、オレは違う店に行って飲み直すわ。じゃ。

そう言うと、ボッコくん立ち上がり、まだ手をつけてない女性のカクテルを一気に飲み干して、店の入り口からサッと夜の街に出て行ったのだった。












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