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(6)アメリカにおける「帰化」を考える〜米軍内の「外人部隊」

 前述の通り筆者は、軍属の語学教官として国防総省外国語学校(Defense Language Institute Foreign Language Center)に勤務した。
 現職ではなくても公務員には守秘義務があるので、ここに細かいことは書けないが、「米軍の中の移民」について書くことは、本稿のテーマを考える上で重要だと思うので、差しさわりのない範囲で書くことにする。
 筆者が教えた学生は、8割方が士官(将校)であった。最高位は大佐昇任リストに載って待命中の中佐。年齢でいうと40代前半だ。そういう年齢で、今まで見たことも聞いたこともない日本語を、命令によって突然学ばされる人もいる。最年少は高卒後すぐに志願して入隊したという18歳。彼らの方が飲み込みが早いのは言うまでもないが、佐官級が彼らに負けじと、帰宅後も休日も、毎日日本語と取り組む真摯な姿は、流石は職業軍人だと感心したものだ。学生の平均年齢は30代前半だと思う。少佐、大尉が一番多い。学生が大尉から少佐に昇進するセレモニーに出席する機会にも恵まれた。この学校ならではの経験だ。
 若い下士官兵は2割程度。その多くは、言わば、軍のベネフィットのひとつとして日本語を学んでいる。もちろん、それでも訓練の一環だから、部隊に所属し、射撃や行軍、運動の訓練などが放課後や授業のない日に行われている。
 人種構成のはっきりとした統計はないが、学校全体としては圧倒的に白人が多い。黒人の学生は極端に少ない(私が3年間余で教えた黒人の学生はひとりだけだった)。その中で目立ったのがアジア系、特に、韓国系の学生である。もちろん、支那系、台湾系、東南アジア系、中東系の学生もいる。彼らの中には、米国籍を持たない者や、二重国籍の者もいる。前に書いたが、アメリカでは永住権を持っていれば軍に志願できる。しかし、少尉に任官されるためには、米国籍を持っていなければならない。つまり、筆者が教えたアジア系の将校は全員「アメリカ人」だということだ。
 筆者が最後に担当したクラスのひとつは、実に8割がアジア系だった。会話練習の時に彼らのパーソナルヒストリーを聞く機会が多いのだが、殆どは子供の頃に親に連れられて移民している。プライバシーに関わることもあるので、細かい事情は聞かないが、母国で国際学校に通っていたという、いわば「エリート」もいれば、子供の頃、家にテレビもなかったという者もいるし、難民だった学生もいる。
 彼らの多くは、高校、大学時代に、米軍からの奨学金(返済義務はない。日本のような返済義務のあるものは、こちらでは全て「教育ローン」という)をもらっている。これは、言い方は悪いが、ヒモ付きの奨学金だ。卒業後、最低3年間の「御礼奉公」がある。しかし、その期間を過ぎても、そのまま軍に残るケースは少なくない。
 アジア系(中韓ではない)のA少佐もそんなひとりだ。彼は比較的裕福な移民の子弟だが、大学では軍の奨学金をもらって経営学を学び、卒業後、主計少尉に任官された。3年で退官するつもりが、軍での仕事が面白くなり、そのまま職業軍人の道を歩んだ。日本語を学んだ後、今は海外地域担当士官(Foreign Area Officer)として、アメリカとアジア諸国を結ぶ仕事をしている。
 アメリカ(特にカリフォルニア)では、大学にかかる費用は半端な額ではないので、貧しい移民の子弟は、当然のことながら奨学金にアプローチする。学校独自のものや、慈善団体、或いは人種団体など様々なものがあるが、軍の奨学金も人気があるもののひとつだ。
 アメリカは移民の国だから、いろんな民族、人種の軍人がいてもおかしくはない。移民の軍人は決して傭兵ではないが、どうしても世界史の教科書に出てくる、ゲルマン傭兵に倒された、ローマ帝国の崩壊過程をイメージしてしまう。米国をそれに例えるのは、数十年前からのことだが、経済的な面や、国際的影響力の低下といった観点も多かったと思う。しかし、軍の末席から眺めてみると、「傭兵」の増加は現実問題として実感できた。アジア人はそれでもまだ少数だ、しかし、ヒスパニックの兵士の数となると…。これまでアメリカを実際に動かしてきた白人の視点から考えれば、帝国の崩壊云々は決して杞憂ではないと思われるのではなかろうか。
 日本人の立場からすると、米軍の上層部に、「特ア」出身の士官が増えるのはちょっと心配だ。もちろん、彼らはアメリカ人であり、軍人なのだから、母国への忠誠を断ち切っているし、必ずしも反日ではない。しかし、例の慰安婦の像の問題や、偽南京事件への非難決議など、アメリカ国籍を持つ特ア系市民の反日への傾きは、一部日系人の反日的傾向と相まって、真の日米友好を阻害しているのは明らかであり、そういう人たちと同じ出自を持つ軍人が、同盟国である米軍内に沢山いることを日本人は覚えておくべきだ。これは、差別でも偏見でもない。知られざる事実なのだ。
 筆者は巨大な軍のすべてを知っている訳ではないが、筆者のいた期間に、日系人の学生や日本からの移民はひとりもいなかった。僅かに教官の中に一人、ROTC(予備役士官訓練部隊)から米国軍人になったという変わり種がいたが、彼だけだ。日米ハーフの学生は数人いたが、他のアジア人学生と比べると少ない。日本人の場合、母国に軍隊がないので、ROTCの募集広告を見ても、ピンとこないのではないだろうか。日本からの移民の子弟が米軍に志願しないのは、決して日本に対する祖国愛からではないと思う。自分が軍隊に入るというイメージがまずわかないのだ。自衛隊が継子扱いから解放されて、胸を張って軍隊と呼べる日が来るようになれば、変化は訪れるような気がする。尤も、日本の優秀な若者が、米軍に志願するとなると、それも惜しい話ではあるのだが。

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