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「カリフォルニアのど真ん中にある和菓子屋」の巻

 その店は、中央カリフォルニアの中心都市・フレズノ(Fresno)のダウンタウンの外れにあった。今もあるだろうか。

 フレズノにはかつて2本の旅客鉄道が走っていた。
 北側にサンタフェ鉄道の駅。こちらが今はアムトラックの駅となっている。南側にサザンパシフィック鉄道の駅。こちらは面影こそ残しているが
旅客扱いはしていない。その代わりにすぐ近くに、貧乏旅行の友・グレイハウンドのバスターミナルがある。
 ダウンタウン中心部はそれらの鉄道駅からやや北西に位置する。

 その店は南側の駅、すなわち廃駅からすぐのところにある。
 1930年代頃の面影を感じさせる小さな小さな旧支那人街の中にある。地元のお年寄りに聞いた話だが、支那人街とはいうものの、日系人や欧州系の人々も住み、それは名ばかりだったということだ。
 アメリカのチャイナタウンによくある "Chop Suey" (アメリカにしかない支那料理の名。野菜炒めのようなもの)の看板と、怪しげな漢字が並ぶ建物が、ここはかつて支那人街だったのかなと思わせる程度。

そこに和菓子屋があるのだ。

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 店の前のパーキングメーターは撤去され、2時間まで駐車自由になった。それだけを見れば炭鉱が閉山になったような、日本の田舎町にもありそうな光景だ。

 しかし忘れてはいけないここはカリフォルニアのど真ん中だ。なぜ和菓子屋があるのだろう。
 確かにフレズノはかつては日系人の街であったが、今は圧倒的にヒスパニックが増殖しているこの街に、手作りの和菓子屋さんが実在しているのだ。

 その店の名は "Kogetsu-Do"。

 和菓子が入っているアンティークな塗の箱に「湖月堂」とあるので、かつては看板にもそうあったのだろう。しかし今は、ローマ字の看板すらない。プリントアウトされた文字がガラス窓に貼られているだけだ。

 店内は、確かに「和菓子」は並んでいたものの、小物や日本製の有名なお菓子なんかも並び、雑然とした感じで、日本の商店街にある和菓子屋とは多少イメージが違う。

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 丁寧にラップに包まれた餅菓子が並ぶ。その中には草餅まである。薯蕷饅頭を思わせるトラディショナルな紅白饅頭、黄粉をまぶした餡入りの白い餅。この果てしなく広がる畑の中に浮かぶ中途半端な都会にはふさわしくない恐るべきミスマッチ。

 白い餅の中で、つぶ餡、漉し餡、白餡のものには表示がないのだが、英語で「餡」の種類が書かれたものがある。
 ラズベリー、チェリー、アプリコットとフルーツの餡が入っているものだ。さらには、生のフルーツが入っているもの、フルーツとアーモンドバターのコンビネーション、チョコレートをそのまま餅の中に入れてくるんだものと、「和菓子」の常識を覆すものが並んでいる

 とりあえずチェリーを購入(冒頭の写真。解像度が悪いものを拡大したので見えにくいが、中央に”Cherry”の文字)。口の中で餅が溶けるようだ。かなりやわらかめの求肥だ。そのほのかに甘い白い求肥の中からあふれ出るチェリーの果肉とソース。パンケーキやワッフルにかかっているあれだ

 アプリコット、ラズベリーと立て続けに試してみたが、どれもこれも
今までの和菓子にはない触感と風味だ。

 フルーツ大福というのがあるし、中部地方の人は、養老軒のものを口にした人は多いだろう。イチゴ大福はハワイ島でも見かけた。しかしこれは、そのどれでもない。ミスマッチではない。すばらしい発明だ、と筆者は思った。

 年代モノのレジスターがあり現役で稼働している。

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 店主のリンは「そんなに古いもんじゃないわよ」と言ったが、十分古い。
 店内をよく観察すると餅や饅頭が行儀よく並んでいる箱の塗のはげ具合が、やはりこの店の歴史を物語っている。そして ”Kogetsu-Do” が湖月堂であって、そこが和菓子屋だったのだと再認識させられる。

 「何で湖月堂っていう名前なの?」と聞く。
 「死んだおじいちゃんに聞かないとわからないわよ」とリンは笑った。

 ネットでちょっと検索してみると、長崎、福岡、千葉、三重など各地に同名の和菓子屋は存在するが、それらの店のひとつと、何らかの関係があるのだろうか。

 日系人の歴史は彼らの不幸な強制収容所体験もあり、次第に忘れられていく傾向にある。
 しかしその一方でこういった有形無形の日本文化が生き残っている。
 それを何とか残すことが一番アメリカに同化している移民と言われる日系人にとっても、そして日本の国益にとっても重要なことではないかと思うのだ。

 その店の名は「湖月堂」という(写真は全て2007年11月13日撮影)。

拙ブログ『無闇にアメリカに来てはいけない』より「その店の名は…」(2008年01月07日 10:13付)に加筆修正した。

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