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【北京大学留学日誌】憲法の授業

こんにちは!はんやんです。更新が滞ってしまって申し訳ないです...(あと今回は写真全然ないです。ごめんなさい。)

まず最近の北京と言えば、国慶節がありました。10月1日が建国記念日で、10月1日〜3日が法定の祝日で、国慶節と呼ばれています。この時期、中国人は旅行に行く人が多いようでどの観光地行っても観光客でごった返しになっているようです。
北京大学は10月の4日と5日もついでにお休みになって、土日含めて夢の9連休でした。ただ、僕は居留許可証申請のためにパスポートが手元になくて、北京市の外には行けませんでした。中国では他の都市に行くような電車に乗るのにも身分証明書が必要なのです(泣)

さてさて、授業も4週目に入ってきてなんとなくお勉強始まった感があります。僕は全て中国語の授業を取っているのですが、割と聞き取れなくて毎日落ち込んで寮に戻ってきます笑

そんな僕ですが、憲法の授業を受けてみて思ったことを授業の紹介もしつつ、さらさらっと書いていきたいと思います。(ただし、日本の憲法でさえあまり理解できていない状態なのでそこはご了承ください)

①授業紹介

僕が受けているのが、「宪法学」(「憲法学」)という授業。法学院の1年生の必修の授業です。だからなのか、心なしか教室がわちゃわちゃしたかんじがします(笑)出席率はどこぞの900番講堂とか25番教室とは違ってかなり高くて、授業終わったあとに先生に質問したりwechatグループで質問したりする学生がいっぱいいます。真面目なのか四月病のようなものなのかは分かりませんが。

先生は张千帆教授(中国語読める方はリンク先をどうぞ)。これ見て初めて知ったんですが、生物物理学の博士取ってから法学始めて7年で博士取れちゃってます。すげー。法学は最初っからアメリカで勉強されたみたいです。
周りの話を聞いていると、どうも中国ではけっこう有名な先生で、ただ政府に批判的なことばかりしゃべるので著作が発禁処分になったり、公共の場での講演ができていなかったりしているみたいです。

②中国憲法学の弱さー違憲審査制の欠如

何回か授業受けたり、教科書ちょっと読んでみた感想が、中国憲法学は弱いなということでした。その最たる要因が、違憲審査制が定められていないことにあると思います。日本では憲法81条に

最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

というように最高裁判所が違憲審査をできるというふうに書かれているわけで(下級審ができないことについてはいくらかの補足説明が必要)、これをもとに数多くの憲法訴訟がなされ、多くの判例が蓄積されています。このように憲法問題が裁判所を通じて具体的に論じられるようになっており、判例、そして芦部先生がパイオニアとして広められた憲法訴訟論を通じて学習、あるいは研究されています。

しかし、中国では違憲審査制が定められていないので、憲法問題を論じることができる判例がほとんど皆無であるため、判例を通じて学習、研究ができません。そのため、なんとも雲を掴むような議論が展開されているかんじが否めないです。
しかも先生の話がアメリカでの議論を直輸入しているかんじがするので、憲法訴訟論がとても流行っているらしきアメリカの議論でこれからどのように講義していくのか、まさかアメリカの判例をそのまま当てはめていくわけじゃあないだろうなと思いつつ、そこは関心を持って聞いています。

違憲審査制がないこと自体もなかなか問題で、先生はこれをすごく強調されていますが、その議論の中身はちょっとなぁと思うところも多いのでそれはまた今度書きます。

③日本の特徴

こちらに来て授業を受けてみて改めて感じたのが、日本国憲法の特徴のようなもの(?)です。
戦前の反省と明治憲法の挫折がいまの日本国憲法の根底にあるということが、改めて感じられるというか、中国の憲法は大きな挫折を経ずにここまで来ちゃったんだろうなあというかんじがすごいしています。人権の議論にしろ刑事訴訟手続きの議論にしろ、日本では戦前のような状態にしては絶対にダメだというような、そういう雰囲気が感じられます。芦部先生の世代には顕著にあらわれているわけですが、憲法に限らず日本には戦前の反省が脈々と生きていて、これからも生き続けるだろうというような気がします。今まで聞いてきた中での議論では、こういうのは絶対ダメってわけではなくて、まあよくできるところは良くしていきましょうというようなちょっとのほほんとしたかんじがします。
これに限らず、歴史的な背景が憲法学の背後にあるので、学んでいて苦しいけど楽しいなと個人的には思っています。

④現時点での授業の感想

まず、先生の世代的には胡耀邦の時代で中華人民共和国史上最も自由だった時代に大学生活を送られていて、天安門事件のときはアメリカで過ごしているようです(1989年6月4日なので、たぶん北京にいたということはないでしょう)。てか15年間もアメリカで研究されていたようですね。
そういうこともあってか、芦部先生もびっくりのだいぶアメリカべったりな議論になっています。なので、日本で聞いたことあるような議論ばかりでちょっとなあという気持ちです。もうちょっと中国の憲法の論理の中でどう解釈すれば良いのかを聞かせてくれよという気がします。
先生の考え方としては、法律の行き過ぎや法律が縛り過ぎるのを止めるのが憲法の任務であるというような言い方をされています。そして、憲法は奥の院にしまい込むのではなく、現実の社会で大いに使えるようにするべきというようにおっしゃっています。これについては紹介するに止めておきたいと思います。
個別の論点については、いやちょっとそれは甘いでしょうというようなところがあったり、中国での学説が全く出てこなかったり、学説どころか中国憲法の話も今のところほとんど皆無なので、なんじゃこりゃと戸惑っているところです。もうちょっと聞き続ければいつか腑に落ちるようになるかもしれませんが...

と、ここまでさらさらっと書いてきましたが、僕自身憲法をあまり理解できていないので読み流しつつこんなこと言ってる人もいるんだ、いやここは違うだろうというようにしていただければと思います。
間違っている部分があったり、そりゃおかしいだろうというような部分がありましたら、noteのコメントかツイッターのリプかなんかで伝えていただければ僕の勉強になりますので、お願いします。

個別の論点や他の授業についてもこれから書いていければと思います!あと、こっちでの生活とか留学生チックな投稿もしていくので楽しみしていただければ嬉しいです〜〜
では、季節の変わり目ですが皆さんもお身体に気を付けて!

ps.下のスキボタン押してくれると僕が喜ぶので押してくれると嬉しいです〜〜

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