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プシュカル~わたしとお酒とすずと~

※旅行記は気持ち的に書く余裕がないので中断。とりあえず前に書いた旅行も中盤に差し掛かった都市でのものを上げる。

私はちっとも飛べないが。酒は飲める。

 インドに来て好きになったものが、少なくとも五つある。クリシュナとチャイ屋とバイクと屋上、それと、お祈り。日本ではあまり触れられないもの、自分のいままでの日常にとって関係のなかったものだ。プシュカルでは、僕は屋上とお祈りに触れられた。特に屋上での日々は格別の体験だった。
 
 高台にある寺や城から街を眺めたが、インドの家は屋上がある家が多かった。乾期と雨期がはっきりと別れていて、雨期には河の増水や海岸の浸食が激しいと聞いたが、屋上の排水機能については聞き忘れた。水の重みで家が崩れるようなことはないのだろうか。とにかく、屋上はインドでは特別珍しいものではなかった。
 
 僕は初めブッタガヤで屋上のある宿に泊まってから、屋上トップルーフにはまってしまった。屋上はなんといっても安全で静かだ。昼間は椅子にもたれて穏やかな陽射しを浴び、夜はそこで宿の人と酒を飲んで楽しむ。昼間は外で働いている人やゆっくり歩んでいる牛を眺め、夜は星を見ながら、遠くに聞こえるお祈りの音に耳をすませる。朝屋上でチャイを飲んでる時も心地良かった。もし、自然に囲まれた田舎町に暮らすなら、あんな屋上が欲しいと僕は思う。
 
 さて、僕の屋上に対する思いも少しは伝わっただろうから、話を続けることにする。プシュカルにもまた三泊しか出来なかったが、ここでの生活は楽しくそして、ハードだった。プシュカルも出発当初の予定には入っていなかった街である。ここへ来たのは、グワーリヤルというこれもそうメジャーな都市ではないが、歴史ある街のお城へ行ったとき(インドではfortつまり要塞と呼んでいたが、昔王様が住んでた所なのだからお城だろう)、ガイドの青年と仲良くなり彼からここに珍しい寺のあることを聞いたのだ。何が珍しいかというと、ここプシュカルの寺ではヒンドゥー教の三大神の一人、ブラーフマー神を祀っているのだ。正確にいうと、インド国内で唯一彼を本尊として祀っている。ちなみに、三大神とは、世界創造神ブラーフマー、世界維持神ヴィシュヌ、世界破壊神シヴァのことである。そんな訳で、特別な聖地なのだ。ここにはかの有名なガンジス川は流れていない。ちなみに南インドにも流れていない。だが、プシュカルには河ではなく、聖なる湖がある。ブラーフマー神が手に持っていた蓮華が地上に落ち、そこから水が湧き出したといわれているらしい。と、真面目な話はこれくらいにしよう。

 割と山のほうにあるプシュカルには線路が通っていなかったので、首都ニューデリーからアジメールという街まで列車に乗り、そこからバスに乗った。アジメールのこともそのうち書くつもりだから、いまはプシュカルの話をする。バスはまあまあ混んでいた。きっと皆聖地に巡礼に行くのだろう。お菓子のたくさん入った袋を持っていた女性たちは商人だろうか。バスが着くと、破り取ったガイドブックを手に僕は歩き出した。ここでも一応は宿を考えている。ニューデリーでお土産を買ってしまっていたので、鞄の重さもさることながら、金を使いたくない気分になっていたから、とりあえずガイドブックに載っている安い所をと。だが、このガイドブックというものはくせ者で、いざ使ってみると地図もなかなか分かり難いのだった。だけど、一度地図で行こうと決めてしまうと、ある程度体力が消耗してこない限り、僕は人に聞かない。最初から分からないことを前提に歩くのならば、人に聞いた方が楽なことは一目瞭然なのだが、僕はだいたいの時、自分は分かると思って歩いてしまうのでたちが悪い。今回もそうだった。だが、なんといってもプシュカルは有名な聖地である。しかも、外国人からも人気の場所なのだ。つまり、かもられる可能性も高い。そう思うと、宿までは話したくなくなるのも無理はない。はず。そんなこんなで歩き疲れ、近くにあったチャイ屋で休憩することにした。そこのおじさんは日本から来たカメラマンがいて友達になったと話してくれて、そのあと知り合いの宿を紹介してやると言ってきた。一瞬身構えるが、これも何かの縁と思うことにしてお願いすると、携帯で連絡してくれた。またチャイ飲みに来いよと見送られながら、僕はバイクに乗ってそこを立ち去った。結局、三日間ここに行くことはなかったが。バイクに乗りながら宿のおっさんは予算はいくらだと聞いてきた。「千ルピー(二千円)」と頭の中にあった限度額を正直に言ってしまい、しまったと思ったが、もう遅い。駆け引きに負けて少し後悔しながら、宿に到着した。宿の前に立ったとき、僕は嬉しかった。何故なら、屋上がついていたから。ワンフロアプラス屋上の造りの宿だった。そこには二人のお兄さんがいて、もう一度ダメモトで値段交渉した後、あっさり引き下がり、ここに決めた。部屋は綺麗でシャワーもお湯が出た。Wi-Fiはたまに繋がる。飯は街のレストランで食べるか屋上の隅の調理場で作ってもらえる。泊まっている間はハリーが街を案内してくれる。説明はそんな感じだった。これは宿代プラスアルファが心配だと思いながらも、他へ行くより面白そうなので流れに身を任せる。
 
 屋上で少し休んでからハリーが湖や街を案内してくれた。湖で夕陽が沈むにつれて、水の色が赤くなるのを見て、写真に写す。湖の前の道でインド人の一団と欧米人の青年が太鼓や笛でセッションをしていて、それを他の観光客と眺めた。インド人のおっさんの太鼓の細いバチが折れたのを今も思い出す。
 ここへ来た理由の一つに、ブラーフマー神の寺の夕方のお祈りを見たいというのがあったので、僕はハリーに提案した。今日のお祈りはもう始まってしまっているから、ハリーはもっと近い寺に案内してくれた。そこももうお祈りが始まっていて、小さい寺だからか神主以外は中に入れないようだった。寺の前で見ていると、あのすずの音が聞こえてきた。なんと表現すればいいのだろう。日本の鐘つきの鐘ではなく、神主(?)が手に持ってシャンシャンやるのだが、あのリズムと回りの静けさが堪らなく心地良かった。あの雰囲気を神聖というのだろうか。とにかく、日本にないものだった。今日はここで満足したので、明日はブラーフマーだと思いながら、僕たちは宿へ帰って行った。
 
 部屋で少し休んでから、ハリーに呼ばれて屋上へと上がる。もう暗くなったなかでハリーが調理場で料理を始めていた。さっき一緒に八百屋に行って買ってきた野菜(なんだったか)を手際よく切って、かまどに火を入れて炒める。ハリーともう一人のお兄さん(名前は覚えてない。御免なさいね。)とここに遊びに来ていたハリーの弟が料理をしているのを見ながら、たまに話したり、スピーカーから流れる大音量の洋楽を聞いていると、夕食が出来てきた。夕食は三日間ともここで作ってもらったカレーとチャパティ(ナンみたいなやつ)だった。        と、そこに三人のインド人。ここはハリーたちが乾期の間借りて経営している宿で、そこのオーナーと隣の宿のおっさんたちだ。場が一気に活気づく。酒を飲もうと誘われてもちろんと答えると、一人が酒を買いに行った。僕の金で。また五百円出費が増えた。
 お酒が来た。今日はウイスキー。透明のプラスチックのコップにそれを注ぎ、ぬるい水道水(?)で割る。皆で乾杯する。確か、現地の言葉では「ジャマタリー!」みたいな感じだった。一気に飲み干す。僕も一杯目はすぐに飲み干した。すると、また注がれる。「ジャマタリー!」皆飲み干す。僕は今度はゆっくり飲んでいたのだが、何故か皆で揃えて飲むようで、早く飲むように促される。僕は無理だよと言いながら、やっと飲むと、また注いで、以下略。途中で寒くなってきて、どこからか枯れ木を持ってきて、屋上で焚き火を始めた。それを囲みながらカレーを食べながら、話しながら酒を飲む。食生活の違いやなんやで、日本にいる時と比べたら体調の良くない僕は四杯行った所で限界が来ていて、ウイスキーもちょうどなくなったが、皆はけろっとしていて、もう一本飲もうと誘ってくる。また五百円。僕はそのあと一杯で止めて、寒くなってきたので火の近くに行って暖まっていた。その日は確か、十一時には終わった。かなりきつい。そうそう、ハリーは僕の一つ年下だった。とってもしっかりしている。

 朝少し遅く起きてシャワーを浴びてから屋上へ行くと、もう三人ほ起きていて、ハリーがチャイを作ってくれた。ちなみに、昨日は他に一組泊まっていたらしいが、僕は会っていない。朝早くチェックアウトしたらしい。昨日の残りのカレーを食べ、ゆっくりして今日は何をしようかと考えいると、これから家(クルというインド北部の街らしい)へ帰る弟をアジメールの駅まで送っていくから来るかと、ハリーから提案が。特に決めていた予定もないので僕はついて行くとことにした。昼ごろ出発して、バスに乗る前に安いレストランでカレーを食べてから僕たちはアジメールに向かった。ハリーは弟の荷物を持ってあげ、駅では切符を買いに行ってあげる優しいお兄さんだった。ハリーが切符を買いに並んでる間、弟と記念写真を撮ったりして待って、弟を見送ってから、帰りのバスに乗った。バス停に着いたとき、ちょうど発車する所だったので、動き始めているバスの、開いている扉から飛び乗った。バスはとても混んでいた。

 宿に戻って少し休んでから、一緒に夕飯の買い出しに行った。僕はちょうど二カ月間が経った頃でだいぶ疲れてしまっていたので、この三日間はハリーに任せて、一人では出歩かなかった。街を歩いていると、ハリーは色んな店の人と挨拶を交わしている。余所の街から出稼ぎに来ているのに、顔が広いんだなと僕は感心した。買い出しの後、さあ今日こそブラーフマーだと少し意気込んで、僕はハリーに着いて行った。寺は雰囲気のあるところで、今日は中に入れたので、近くでお祈りを見ることが出来た。三人の神主さんがすずを鳴らしたり、太鼓を叩いたり、儀式をやりながら歩き回ったりしているのを静かに眺めた。途中で欧米の観光客の二人も加わって、静かに眺めた後、寺から出て僕が感想を言うと、「ここはブラーフマーじゃない」とハリーは言った。なんだあと思ったが、明日は連れて行くと言われたので、まあここは一人で回っていたら来れなかっただろうなと考えて、明日を楽しみして宿に戻った。

 さて、どうやら今日も酒盛りだ。今日はラムだ。今日は隣の宿のおっさんが、アフリカで働いている彼のお兄さんにテレビ電話をつなぎだし、皆でふざけて騒いだ。訳が分からない。ニコニコしながらも、喜んでいるのか戸惑っているのか分からないお兄さんの反応をよそに、僕たちは歌ったり踊ったりしていた。以下略。もう、胃腸は、肝臓は限界だ。楽しくはあるが、体力も使う夜々。

 明日の朝には、アーメダバードへ行くのかと、なんだか寂しいような嬉しいような気持ちで目覚め、またチャイを飲む。今日も何をしようかと思い、ハリーに相談すると、山の上の寺へ行こうと誘ってくれた。イスラエルから来ている友達を電話で誘っていたが、忙しくて来れないとのこと。昼過ぎまで屋上でごろごろした後、街の外れの山へ。山は二つあって、低い方へ行ったので、割と楽に登れた。確か、二つの山の寺にはブラーフマー神の第一婦人と第二婦人がそれぞれ祀られていると言っていた。山へ行く途中でサトウキビジュースを初めて飲んだ。少年が電動の機械で搾ってくれたそれは、思ったよりも冷たく、思ったよりも甘い。こんなうまいならもっと前から飲んでいれば良かった。一杯四十円くらいだった。山の上に登ると韓国から来ていた青年が一人景色を見ていて、ハリーが話しかけ、ハリーのお気に入りの場所から回りの山を眺め、三人で少し話した。彼も一人旅で二カ月間インドを回ると言っていた。三人で話していて、ハリーのおばあちゃんが韓国人で、クルで韓国料理の店をやっていること、ハリーもそこで十五くらいから働いていたことを聞いた。

 山の寺から戻り、明日の出発に向けて列車の切符を買った後、ようやくブラーフマー神の寺へ行けた。入り口でお祈りのお供え物を売りつけられそうになったが、断固拒否した。このお供え物商法はもう二三回釣られたが、五百ルピー前後という絶妙な値段の高さに加え、全部お供え物として渡すのではなく、中に入っているお菓子などは持って帰らされるという問題がある。荷物になるし、甘すぎてすぐに飽きる。だから、なおさら困る。ブラーフマー神は写真撮影は出来ない。そして、神様の形はなかなか似たり寄ったりで、初心者の僕にはブラーフマーかシヴァかハヌマーンかの見分けはつかない。神様を前にして、お祈りの儀式を真剣に見ている人たちを見て、自分も真剣にお祈りして、十ルピー札を一枚お賽銭で置いて、カレーの材料を買いに八百屋へ行った。今日はほうれん草のカレーで、後で宿のオーナーがチキンを調達してきてくれるらしい。ここは聖地だから、原則的には肉食は禁止なのだ。でも、なんとでもなる。

 酒盛りだ。今日もラム。焚き火を囲んでラム。皆がピンピンしているなか、酔いつぶれた僕は布が引いてあるところまで行って眠りについた。いつの間にか酒宴は終わり、ハリーに起こされて寒さに震えながら自分の部屋に戻る。この生活はとても一週間続けられるもんじゃない。そう思いながらも、今日も楽しかった。

 目が覚めると出発の時間になっていた。早朝の列車に乗ることにしたので、もちろんアジメールまでのバスはなく、宿の前までタクシーを頼んであったのだが、二人もまだ寝ているようで、外を見ると、ここであっているのかとうろうろしている車が一台。急いで荷物をまとめて、ハリーたちの部屋へ行き、タクシーを停めてもらって僕は慌ただしく出発した。ちなみにハリーは部屋に戻ってからも飲んでいたので起きず、もう一人のお兄さんと挨拶を交わして出て来た。ちなみに、宿代はそこそこで安心した。チップもこれだけお世話になって千ルピーは高くない。

 ハリーとはFacebookで連絡先を交換して、たまに話す。今度は地元のクルの家に来いと行ってくれているが、いつ行けるだろうかはまだ分からない。僕はFacebookに入っていなかったのだが、ハリーと連絡出来るようにプシュカルで登録したのだ。今朝もハリーから連絡が来て、僕がそろそろ働き始めると話すと、どれくらい日本にいるのかと、質問された。最初は意味が分からなかったが、聞き返して、つまりいつ仕事が終わるのかと言いたいらしい。俺もまたインドに行きたいよと思いながらも、今のところ、すぐ行ける訳でもないと答えるしかない。そんな中で、プシュカルを書いてみることにしたのだった。

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