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「水道橋博士のメルマ旬報」第十六回

「きおくのうみ」

あたしには じいじのてんしが みえるんだ
きおくを みはるのが てんしのおしごとらしいの
だれにでも ひとり ついてるみたい

ほら きょうも じいじの きおくをのぞいてる

「ねえ じいじ あたしにも ちいさいころって あったの?」
「もちろんじゃ よ〜く覚えおるわ」

でもね このごろ じいじは わすれんぼうなの
だけど すごいよ めかくし してても みえるみたい
「あぁ わしには みえるのさ」

あるひ とつぜん じいじが さけんだの
「わしは ボケてなんか ないぞ!」

あ〜〜っ まぶしい!
じいじの おもいでが きらきら きらきら
そとに でていっちゃった

じいじは・・・
こわれちゃったの?

じいじのてんしは きらきらを 
ガラスのびんに つめちゃった・・・
なんて いじわるな てんし!

「ねえ ママ じいじは どこへ いっちゃったの?」
「おともだちと おおきなおうちに すんでいるの」

あたしも ママと そこへいったよ
そこにはいっぱい てんしたちが いたの
みんなから きらきらを はこんでた

おおきなかごに 玉がいっぱいになると
「きおくのうみ」へ ながしちゃうんだって・・・

じいじは あたしをみても しらんかお
でも あたしは じいじを おぼえているもん!

だって これは あたしのあたまを なでてくれた手
おおきくて あったかい・・・

泣いて いるの?

てんしが じいじのきらきらを のぞかせてくれた
あたしが おぼえていない ちいさいころの きおく

きおくが うみに とけても
あたしは おぼえてる
ずっと

*************
この文章は野離狐norikoさんという方が、僕の絵を見て書いてくれた物語で、「きおくのうみ」というタイトルだ。

話は二年前のコロナ禍にさかのぼる。趣味の絵を再開し、SNSで絵を発表し始めてすぐに、「絵本の絵を描きませんか?」という仕事の誘いをいただいた。色々なことに挑戦しようと思っていた僕には、その誘いを断る理由などどこにもなく、すぐに引き受けて、物語に合わせた絵を描いた。表紙と裏表紙を合わせて16枚。料理の仕事をしながら約一ヶ月で描き上げた。

それから2年、様々な理由でずっと絵本は出版されないままになっていた。しかし僕はずっと本の形になることを楽しみに待っていた。そして、もうすぐ開催される銀座のギャラリーゴトウでの展覧会と共に、絵本の原画展示と販売をさせてもらえることになり、いよいよ待ち望んでいた絵本が出版されるとワクワクしていた。しかし、そんな矢先に、「資金繰りが足りず、絵本は出版できなくなった。」と、企画者から言われたのだ。正直、頭が真っ白になった。今までずっと首を長くして待ち、色々な人に絵本のことを宣伝しまくっていた二年間はいったいなんだったのだろうか ? 「いい笑い者だな、僕は。」と思った。

しかし、この残念な知らせを聞きながらも、とても冷静な自分がいた。だから一切、企画者を責めようとは思わなかった。その方には、「ではもう絵本の話はなかったことにしましょう。絵本のために描いた絵は、僕に戻していただきたい。」とだけ話し、それから、結果としては、絵本にならなくて残念だったけれども、絵を始めて間もない僕に声をかけてくれたことは、嬉しかったので、そのお礼を言った。それは今でも本当にそう思っている。そんな話をしながら、僕の頭のなかでは、すぐに「絵本のために描いた16枚の絵を、どうにかしたい。」という思いが芽生え、何かないか ?と次の手立てを考え始めた。

絵本が出版できなくなった旨を聞いた数日後には、ギャラリーゴトウのオーナーと展覧会の打ち合わせの電話会議の予定があった。こんな間近になって、絵本が出版されなくなったと画廊に言わなければいけないことをとても申し訳ないと思ったし、何より僕が一番、悲しかった。さんざん「絵本が出版されます!」とSNSで宣伝していた僕に、「絶対買います!」と言ってくれていた熱心な方々にも、出版されなくなった旨を僕から直接伝えることにした。そしてその中の一人が野離狐norikoさんだった。

野離狐norikoさんは、出版中止の話を聞いて、とても残念がってくれた。彼女は、もともと僕の絵のファンで、僕の絵をすでに何枚も買ってくれているのだ。しかも彼女は絵本のコレクターでもある。その彼女に、「絵本が出版されなくなったけれど、そのために描いた絵は残っているので、展覧会までにその絵を画集にして形にしたい。」という話を最初にしたと思う。その会話の中で、「それにしても絵本の絵の原画は企画者の手元にあり、その絵をデータにしないといけないし、そもそも、それを誰かにやってもらわないといけない」という話もした。

最初は、僕が展覧会時期に東京で滞在させてもらう予定でいる友達に頼もうと思っていたのだが、思い切って野離狐norikoさんに「もし良ければ原画を見て欲しい。」と言ってみた。そのお願いに、野離狐norikoさんが「ぜひ見てみたい。」と言ってくれたので、絵本の原画を、もともとの出版企画者から、彼女の家に送ってもらうことにした。

郵便小包で野離狐norikoさんの家に届いた原画は、もともとあった絵本の物語の順番通りに入っていなかったらしい。元の絵本の物語も、絵の順番も知らない彼女は、てっきり、原画が上から話の順番どおりに並んでいるものだと思い、その偶然に間違っていた順番の絵を見て、自分で物語を想像したそうだ。

そしてその野離狐norikoさんが想像したお話が、この記事の冒頭にある物語のプロットだ。絵を見てイメージが湧いたそうなのだが、それはもともとあった物語のために描いた絵の順番ではなかった。だから、この物語は偶然の産物と言ってもいいのかもしれない。

原画を手にした野離狐norikoさんと、彼女が想像した物語の話をした。しかし、もともとの物語が頭にあった僕には、野離狐norikoさんが想像したという話の展開に違和感があった。そしてその違和感の理由は、絵の順番がもともとの順番と異なることにあるのでは?と気がついた。そこで、彼女に、絵の後ろにはページ数が振ってあり、それがもともとあった物語にあてがった絵の順番だと説明した。案の定、絵の順番が違っていた。こういう些細なことから物事は始まることがある。そして偶然の間違いから生まれた物語は、もともとの物語を超えていった。「タイトルはもちろん、絵の順番も変えて、もう一度新たに違う物語で絵本を作りましょう!」僕たちは意気投合して、お互いに意見を言い合い、彼女の頭に思い浮かんだ物語をどんどん膨らませていった。

そして、勢いで短時間でできあがった絵本が、「きおくのうみ」だ。今回は、絵本のタイトルはもちろん、文も、全て彼女を信じて委ねた。いきなりの話で、野離狐norikoさん本人もきっと色々と驚いたと思うが、野離狐norikoさんならきっとやってくれるだろうという確信があったし、何より、絵本が好きな彼女に、好きなように楽しんで絵本を作ってもらえたらという想いがあった。

そんな紆余曲折を経て、どうにか銀座ギャラリーゴトウの展覧会で、絵本「きおくのうみ」を、来場者の皆様に見ていただけることになった。絵本に出てくる女の子は、僕の娘をイメージして描いていたものだ。老人は、家族の写真にアプリで老化エフェクトをかけて遊んだときに、おもしろかった僕自身の写真を参考にしている。要するにこの絵本は娘と僕の物語でもある。それもあって、どうにかして形にしたかった。

それを実現できることになったのは、野離狐norikoさんのお陰だ。彼女との出会いのきっかけも、僕が絵を再開してSNSで絵を見てもらったことなのだから、これもまた大変興味深い。

Square the circle 不可能なことを企てる。
僕がやっていることは、だいたいSquare the circleだが、僕はそれが楽しいと思っている。

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