終.告白

 最後になりましたが、感謝を。


 まずは、主治医の先生。わがままな僕の考えを時間をかけて全て受け止めてくれます。もちろん医師として出来ること、出来ないことがあることは理解しています。それでも会話を惜しまず、患者の価値観を尊重し、適切なアドバイスをくれ、患者の意思決定をサポートしてくれます。信頼できる先生に出会えたことは、たとえ患者になっても幸せなことだと感じています。一度職場の上司が病院が来た時に、上司と喧嘩もしてくれました。僕の思いを代わりに言わせてしまったことを申し訳ないと思うとともに、感謝しております。僕を「支える」と宣言してくれたあのときの言葉を、忘れることができません。


 病棟の皆様。看護師さん、助手さん、薬剤師さん、理学療法士さん、栄養士さん、緩和ケア班の皆様。たくさんの人が長い長い入院生活を支えてくれました。誰か1人がいなくても、今の自分の充実した時間は、実現しなかったと思います。勝手ながらみな家族のように慕っております。入院中の僕にとって人と言葉を交わすこと、視線を交わすことがどれほどプラスのエネルギーになったか。愚痴をこぼしたこともありましたし、わがままなことも言いましたが、根気強く耳を傾けてくれました。退院時には色紙もいただきました。皆様からいただいた励ましの言葉は今も僕の支えです。


 学生時代をともに過ごした友人、社会人になってからともに喜び、怒り、哀しみ、楽しんだ仲間のみなさま。病気になってからも沢山の励ましの言葉をいただきました。皆さんと悩み、騒いだ充実した日々が、入院中の僕の心の支えにもなりました。特にバレー部の同僚にはいらぬ心労をかけました。わがままな僕に付き合ってくれ、ただただ感謝です。また、小さな町でもたくさんの出会いがありました。どんなところでも、こだわりを持って仕事をしている、職人肌な方たちがいます。八百屋さん、コーヒー屋さん、パン屋さん、お医者さん、雑貨屋さん。。皆さんと出会ってから、今日は誰に会いに行こうかと、毎日が楽しいものになりました。仕事でも、ともに祭りを作ったり、地域の中で生徒を支えてくれ、素敵な時間を過ごせました。本当にありがとうございます。


 生徒の皆。全ての生徒が僕にとっては教師でした。1人1人との会話の中でどれほど沢山のことを僕が学んだか。彼らが、彼女らが、何を感じ、何を考えているのか、どんな顔をして、どんな言葉を発し、どんな行動をするのか。そのリアクションの一つ一つが僕にとって貴重な学びのチャンスでした。その中でも、もちろんバレー部の生徒は特別な存在です。素直で、パワフルで、笑顔の素敵な生徒ばかりです。皆さんの幸せをいつも願っています。


 両親へ。基本的に両親とは意見は合わず、特に大人になってからは不愉快な思いをたくさんさせました。弟の死に遭遇し、さらにその兄まで死に直面している現実は、どれほど二人に苦痛を与えているのでしょう。絶対に両親より長生きすると誓いましたが、もはやどうなるかわかりません。育ててくれた恩に報いることなど到底できそうにありませんが、どうか寛大な心でお許しください。


 1人になる弟へ。2人の兄を失おうとする今、貴方はどんな気持ちでしょう。想像力の足りない兄には全く考えが及びません。僕にとって貴方と過ごした少年時代は、とても楽しい思い出です。サッカーやゲーム、意地悪な兄でしたが、まともに張り合ってくれた弟はもちろん、2人とも自慢の弟です。家族のことを背負わせることになるかもしれませんが、胸を張って、自分の選択を貫いてください。


 妻のご両親とお義兄さん。どんな時も優しく、本当の家族のように気にかけてくれました。みなさんの存在が、どれほど私を安心させてくれることか。ご両親は、やかましい孫たちの相手で、身体もボロボロかもしれません。役に立たない義理の息子に腹を立てておられるかもしれません。ただお二人の人柄は、そんなことを僕に微塵も感じさせません。いつも温かく迎えていただき感謝の気持ちでいっぱいです。


 2歳半になる2人の娘。マイペースな姉。週に一度くらいしか会えない父でもすぐ近づいてきて相手をしてくれます。おっちょこちょいな姿も、いつも僕を癒してくれます。神経質で、それでいて豪快な妹。言葉を喋り始めた頃、僕の義足を見て「いたい?」と心配をしてくれました。優しい子です。自由気ままな2人は毎日喧嘩が絶えません。でもそれでいいと思います。どんな時でも好きに生き、のびのび育って欲しいと「うみ」と「そら」と名付けました。みんなに喜びも、悲しみも与えられる。そういう人に育って欲しい。頼りない父の、娘へのただ一つ願いです。


 そして妻へ。妻は実家でご両親とともに、仕事をしながら2人を必死で育ててくれています。本当に彼女と結婚してよかった。彼女のことを考えると悲しみ、やるせなさ、申し訳なさ、空しさ、辛さ、遠さ、愛しさ。ありとあらゆるマイナスの感情で心が締め付けられるような気がします。僕にはかける言葉を見つけられません。弱い夫です。僕は何も貴方にしてあげられませんでしたし、そのままこの世を去るのかもしれません。ただ僕は貴方を全く信頼しています。貴方といれば娘はきっと幸せです。

 僕は本当に幸せな人生を過ごしています。もしかしたらもうすぐ最期が訪れるかもしれませんが、それがいつだろうと僕の人生に悔いなどありません。これは、決して直接語ることのできない、一人のがん患者のあまりにも弱い告白です。ただ、言葉で語ることはできなくても、書き終えた今、少しだけ救われた気がしています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?