不正報道があった認定NPOの決算書の不審点と第三者委員会に望むこと

2023年12月9日
(2/16 助成金支給実績との比較を追加)

先般、業界のトップランナーで政治的にも強い影響力を持つ著名な認定NPOで不正経理があったことについて、大勢の方が関心を持っておられるようです。
私も財務書類を確認してみたところ、気になるところがありましたので、記録しておきます。

1、資料提供等

  • nobuhiko部屋さんが詳細な分析を行っておられます。参考にしています。

  • また、資料については一般公開されている資料の他、アクリルさんが公開しているもの、及び浜田事務所の末永秘書が開示請求し、公開してくれたものを活用しています。

2、2021年度決算の不思議

① 決算の差し替え

  • この記事が詳しいです。

  • 要はある日決算書が差し替えられ、「支援費」という費目の支出と、それに対応する寄附金収入として、突然2億円近い資金がぽろっと出てきたわけです。

  • 以下の赤線部分が急に増えた部分です。

  • あくまで例え話ですが、不動産業者が2億円のビルをまったくの同額で売買し、その仕訳がたまたま抜け落ちることは絶対ないとは言えません。それは1取引分の仕訳ですから。

  • しかし同社のようなせいぜい数千円からの数万円の取引が中心の企業にとって、2億円というのは数百数千の取引・仕訳の積み重ねですから、抜け落ちるということはちょっと想像できません。異常だと言えるでしょう。

  • ではその原因は何なのか、探ってみました。

  • なお、以下の画像の出展は特に記載がない限りは「団体情報」内の会計報告やアニュアルレポート、東京都ページの「法人・団体情報」からの出展なので、気になる方はご自身でご確認下さい。

  • 差し替え前の2021年度決算書はウェブアーカイブにあります。

https://web.archive.org/web/20221110013939/https://www.seikatubunka.metro.tokyo.lg.jp/houjin/npo_houjin/list/ledger/0090824/90824-JH-R03-I1661994496777.pdf

② 比較分析

  • 突然2億円近く増えた「支援費」は、同社の決算書上は「食糧支援事業」の支出となっています。

  • では、その支出が差し替え前後でどのように変化したかを比較してみたいと思います。

  • 「支援費」という費目には食糧支援事業の他に、他団体への助成事業、個人へのクオカードや現金配布事業等の数値が入り混じっています。また、食糧支援事業以外の事業の支出は「支払助成金」と「支援費」とに分かれている場合があります。

費目の説明。
差し替え後の同社の2021年度年会計報告より。
  • そして食糧支援以外の事業はアニュアルレポートに「支援費」や「支払助成金」の大体の支出額が記載されています。

  • よって、類似事業の「支援費」「支払助成金」の総額から食料支援以外の事業支出を差し引けば、自然と食糧支援事業への「支援費」支出がいくらなのかが判明するはずです。

  • この考え方で3年分の支出を分析してみました。

  • 2021年度(差替後)決算の数値だけ、突出して食糧支援事業の支出単価が大きくなっていることがわかります。

類似の計算はnobuhiko部屋さんもやっています。
概ね同じような結果のようです。
  • 食料支援については対象世帯や時期によって米が10㎏になることはありますが、毎月大体似たり寄ったりの内容で、支援額に換算すると3,000円~5,000円の範囲に収まるはずですから、2021年度(差替後)決算の数値以外に概ね違和感はありません。

  • 2021年度(差替後)決算の数値だけが異常であり、わざわざ決算を差し替えたのにも関わらず、実情に即していない数値になっているようにも見えます。

参考までに2023年10月の食糧支援報告より。
同社のトピックスより全月分確認可能。
  • 差し替え前の決算数値は特に異常とも思えず、多額の計上漏れが存在していたようには見えません。

  • アニュアルレポートに記載されていない巨額の支出があった等の事情がないのであれば(もしあったらそれはそれで問題ですが)、差し替えで計上された寄付金に対応する2億円近い支出は実在しないかもしれません。

※以下、2/16追記

  • 上述した内容はアニュアルレポートの数値と決算上の「支援費」+「支払助成金」を比較したものです。

  • こちらにある「助成金支給等」には同社が支出した助成金額が記載されています。一応ついでに「助成金支給等」の数値との比較も行ってみました。

  • 明らかに差し替え後の2021年度決算が異常であることがわかります。

  • また、実は2021年度の差し替え前の決算数値についても、他の年度よりも両数値の乖離が大きいこともわかりました。

  • 他の年度について、「助成金支給等」の数値よりも決算上の「支援費」+「支払助成金」の数値がやや上回っているのは、後者には付帯費用が含まれている等の理由があるのでしょう。

  • しかし2021年度については新旧共に明らかに他の年度と違った傾向を示しており、何らかの理由がありそうです。

※ 以上、追記終わり。

3、当該数値の変動が公になっていない不正を示唆しているかもしれないことについて

① 不正の手法

  • 不正の手法というのは色々ありますが、典型的なのは、例えば1万円の収入があった際に3千円の収入しかなかったように見せかける、収入の過少計上です。

  • この場合、7千円の収入が浮いて「なかったこと」になるので、その7千円は見かけ上は会社に入らず、不正を行う人物がそのお金を好きに使えるようになるわけです。

  • 営利企業の例だと、有名なのは、飲食店でレジ打ちをせずにお金を受け取るやり方ですね。売上を「なかったこと」にしてポケットに入れてしまうわけです。

  • 冒頭で述べた認定NPOの例ではさらに荒っぽい手法が採られていたそうです。

  • 銀行に入金された、少なくとも800万円程度の寄付金を経理担当者が引き出してしまい、当該寄付金を帳簿に記載しないことで「なかったこと」にしていたようです。
    (未だ「全容は調査中」とのことで、不正の手法や金額はそれだけでは済まない可能性もあります)

朝日新聞デジタルの記事より

② 上記不正の手法と、決算数値の変動から「あってもおかしくない」こと

  • 当たり前ですが、「あってもおかしくない」ことは、「必ずあった」ことを意味しません。

  • よって以下に書くことは当該NPOの事例を指してはいるものの、あくまでも可能性の話であるとご認識下さい。

  • またこの記事は同社を批判する目的ではなく、不正の全容解明に多少なりとも役立てばいいと考えて書いていますから誤解なきようお願いします。

  • まず時系列を整理しましょう。報道によると、同社が経理担当者の不正を認識したのは2023年5月です。

  • そして、2021年度決算の差し替えが行われたのは2023年6月30日です。

  • 繰り返しますが、今回は振り込まれた寄付金を「なかったこと」にして、収入に計上せずに口座から抜くという手口が使われたようです。

2019年度からの4年間で計802万7603円の使途不明金が生じていると発表した。同法人は「会計担当だった女性職員の不正の可能性が濃厚」と指摘。先月末に女性職員を懲戒解雇し、業務上横領罪での刑事告訴の手続きを進めている。
 同法人によると、今年5月、決算の過程で現金の残高不足を確認。その後の調査で、銀行口座に振り込まれた寄付が引き出されている一方、帳簿には未記載だったことなどが分かった。

上記記事から引用
  • 逆に「なかったこと」にされた寄付金を無理やり正常な勘定に戻すにはどうすればいいか考えてみましょう。

  • 荒っぽいやり方でいいなら簡単で、要は「なかったこと」にされた寄付を収入に計上し、適当な費目で同額を支出した形にしてしまえば良いのです。

  • そうすれば帳簿から抜け落ちていた寄付を改めて収入に計上できる上に、その分の支出もあったことになります。

  • もちろん適正なやり方ではありませんが、それで辻褄を合わせることができます。

  • 実在の「食糧支援事業」の事業支出だとすると、不自然になる2億円近い寄付金収入・費用の追加計上に関しては、合わない勘定を無理やり合わすための力技だった可能性がゼロではありません。

  • 経理担当者の女性が抜いていた金額というのは本当に800万円程度なのでしょうか?

  • 同社は2021年度決算を差し替えた理由をきちんと説明しなければ、無用の疑いをかけられる可能性があり、心配です。

4、まとめ

① NPOの税法上の特徴

  • 営利企業との大きな違いは、収益に対する課税がない点です。
    (消費税や法人税の均等割り等の課税はありますし、収益事業を営んでいる場合はその部分について普通法人と同様に課税されますが。)

  • 語弊がある表現かもしれませんが、税務署による税務調査は、要は多額の税金を回収できそうな先がターゲットにされます。

  • 仮にNPOに税務調査が入って、経費の認識に誤り見つかり、収益額が大きくなったところで法人税を追徴課税できるわけではありませんから、税務署にとっての「成果」を挙げられないため、税務調査の対象にはなり難いのです。

  • 営利企業にとって税務署の存在が不正のかなり強い抑止力になっている点を踏まえると、NPOによる不正経理は比較的容易であると表現できるかもしれません。

② 監督官庁(都道府県)の放任

  • NPOの監督官庁は都道府県です。ですが、コンビニの店舗数と同程度にまで膨れ上がった無数の法人を事実上管理しきれていないようです。

  • 例えばNPOは監督官庁に向けて決算期到来後3か月以内に決算書を提出する義務がありますが、履行されていないことも多いです。
    (一応3年間の未申告に対しては認証取消し(法人格の取り消し)というペナルティはありますが)

  • 東京都のある法人の例では、監督官庁の都へ決算書の正本を提出しなくとも、自社でまとめた財務資料さえ提出すれば、国や都から補助金を受けたり、事業の委託を受けたりする際の問題にはならないことは確認されています。

  • では、補助金等の審査では、せめて添付されている財務資料くらいはチェックされているのかというと、そんなこともないようです。

  • 以下の記事はNPOではなく任意団体に関する記事ですが、補助金審査の際に東京都が財務数値をチェックしていないということがよくわかると思います。

  • よって、NPOの財務については事実上の放任状態であり、「決算内容に不整合があっても誰からも何も言われない」状態にも見えます。

  • それは不正の心理的ハードルを下げることにも繋がっているかもしれません。

③ まとめ

  • 以上の通り、当然ながら財務というのは営利企業においては重視されています

  • しかしながらNPOにおいてはその原則がいささか違っており、その上で行政も財務面については事実上放任しているようです。。

  • それが今回の事件の一因になっていることは否定できないでしょう。

  • これを機に今までのNPOの管理体制を見直していただかないと、類似の事件が起きかねず、心配です。

  • 現在、同社の経理の不正については第三者委員会が調査を行っており、結果は1月に発表されるそうです。

  • 上記の観点も踏まえた適正な調査が行われることを願います。

  • 報告がどのようなものになるか、そしてそれを受けて行政がどのような反応を示すか、注目したいと思います。

以上

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