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雪とくらす~『しろいゆき あかるいゆき』

『しろいゆき あかるいゆき』
アルヴィン・トレッセルト 作
ロジャー・デュボアザン 絵
江國香織 訳
BL出版・1995年

 雪国うまれの雪国そだちだから雪とのおつきあいは長い。
 子どものころは初雪が待ちどおしかったし、小さな体が冷えきるまで雪のはらに座りこんで雪を丸めていたこともある。

 しかし成長するにつれて雪にたいする評価はさがっていった。
 つもっても、とけても、こおっても、歩きにくくなって外出がおっくうになる。
 暖かい部屋の中でネコのように自堕落にすごしたい。
 寒い世界などまっぴらごめんだ。
 
 けれど、いまでも雪を相手にしたひそかな愉しみがある。
 しんしんと雪が降る日に、頭へ、肩へ、ぽそぽそと微かな音を立てて落ちてくる雪の声を聴くのだ。
 霏々と降りしきるなか、音をたてぬように息をひそめていると、雪のささやきが聞こえる。心の内側がしんと白くなる。
 あらゆる音は結晶のすきまに吸いこまれて静けさの国にひとりぼっちになるのは、不思議とここちよい。


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 アルヴィン・トレッセルトはアメリカ・ニュージャージー州出身だ。
 大自然をテーマにすえた作品が多いのは、この故郷の影響がおおきいにちがいない。おおげさな自然賛美をすることなく、自然の営みを受けいれて淡々と季節にそった生活する人の姿が好もしい。

 この作品に登場する大人たちは不満のひとつも口にせず、当然のこととして季節のうつりかわりとともにいきる。雪がつもればつもったなりの「やること」がある。とてもシンプルだけど、なかなかこの境地にはいたれない。

 きっと幼いトレッセルトのまわりにはこんな大人がおおぜいいたのだろう。冬支度をぬかりなく、てきぱきとこなす大人たち。雪遊びのあいまにそんな大人のすがたを目にした子どもたちは、ふるさとの景色のひとつとして心のひだにしまったのだ。
 この素朴な住人たちのひんやりとした温かさが心地良い。
 
 そんな人々のうえにふんわりと音もなく降りつもる雪。
 灰色の雲からまいおりて、地上に白い花をさかせる。
 夜のあいだにひそやかに雪がつもる。
 そんな翌朝、青空のしたにかがやく景色はきのうとまったく違うすがたをみせる。

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 ああ、そうだ。夜にみる雪ぐもだ。
 私はカーテンをすこしあけて、すきまから空をみあげる。
 夜の雪ぐもはぼんやりとうすい桃色にひかっている。

「空がピンクだから、雪がふるわねえ」

 母の声だ。
 それをきいた小さな私はよろこんだのだろうか。
 自分の姿はおぼえていないけれど、母のことばはいまも残る。

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 つもった新雪におおよろこびする子どもたち。
 雪化粧はいつもの景色をとびきりすてきなものにしてくれる。
 てぶくろがぬれるのもかまわず雪を丸めて夢中でなにかをこさえるのだ。
 やがて春のいぶきが雪をやせさせみすぼらしくしおれさせるまで、子どもたちは雪のなかで遊びつづける。

 こまどりの声をきいたところでわたしは顔をあげる。
 年をへて、私はずいぶんと怠惰になっていたらしい。
 てぶくろをはずした手でにぎる冷たく締まった感触をおもいだす。
 明日はすこし雪にふれてみようか。
 雪の声に耳をすましてみようか。


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~アルヴィン・トレッセルトのその他の絵本~
『大きな木のおくりもの』
『ちいさなうさぎのものがたり』
『せかいのはてって どこですか?』

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