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愛されるかたち~『みみかきめいじん』

『みみかきめいじん』
 かがくいひろし
 かがくいひろし
講談社・2009年

 陽だまりの中で膝の上に頭をのせる。
 母のエプロンの匂いがいい。軽く耳をつまむ感じもいい。ごそり、ごそり、と押し入れを探るような音もいい。たまに、うっと顔をしかめたくなる刺激もあるけれど、そのあとの「ごめんね?」もいい。
 
 そう、耳かきは心地いい。
 
 耳鼻科の先生がはあれこれおっしゃるが、ここは譲れない。
 耳かきはただの耳掃除ではない。それをはるかに上回る満足があるのだ。
 
 大人になれば好きなときに好きなだけセルフ耳かきができるのに、あの頃の耳かきには及ばない。
 先端が小さく曲がった細い棒。顔の横に空いた狭い空間を好きにひっかくことはできても、心の奥のむずがゆさにはいつまでたっても届かない。

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 ひょうたんによく似た体形のひょ・うーたん先生は水やりをしている。
 庭に畑があって、そこにはタンポポの綿毛のようなものが頭に咲いたひょろりと背の高い植物がならんでいる。その名も「みみかき草」という。
 水やりをしながら先生が口ずさむ歌はこんな調子だ。
 
 「ぷっと まいて ぷっと まいて ぷっぷっぷっ」
 
 知らぬうちの節をつけてしまう。むしろ平坦に読むのが難しい。
 
 この「のせ上手」がかがくいひろし氏の持ち味のひとつだ。
 きっと絵本を書きながら自身も口ずさんでいたにちがいない。
 
 「ぷっと まいて ぷっと まいて ぷっぷっぷっ」

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 かがくいひろし氏といえば、あかちゃん絵本の定番『だるまさんが』シリーズの作者である。『だるまさんが』『だるまさんの』『だるまさんと』。助詞の使い方だけの違いでこのセンスである。
 そしてここでも「のせ上手」は光っている。
 
 「だ・る・ま・さ・ん・が…」
 
 この一言で日本中の赤ちゃんや子どもたちが大笑いしている。
 そしてこのフレーズを口にする大人たちは経を読むように「だーるーまーさーんーがー」とはやらない。
 スタッカートを効かせて「だ・る・ま・さ・ん・が…」とやってもいい。
 じらすように「だぁ~るまさんがぁ~~」とやるのも楽しい。
 
 すると子どもたちは「どてっ!」だの、「にこっ!」だのと応える。
 舌がまわらなくても、喃語でも、本人はそのつもりで応じる。
 人生初のコール・アンド・レスポンスが「だるまさん」だった子どもはきっと多い。
 
 ここでも、やっぱりかがくい節にのせられてしまう。
 
 なぜこんなにリズミカルな言葉を生み出したのだろう。そこで、かがくい氏の経歴を調べるとすぐに合点がいった。
 
 彼は長年、特別支援学級の教諭を務めつつ、仲間と共に人形劇を披露していた。毎日大勢の子どもたちと過ごしていた。そしてその子たちは同世代の子より、できないことが多かったのだ。
 しかし言葉も話せず歩けもしない何もできない赤ちゃんが実は全身で世界を味わっているのと同じように、特別支援学級の生徒たちも世界を楽しむことに貪欲であることを経験的に知っていたのだ。しかし世の中はきっと「普通の子ども」向けの楽しみばかりで、「特別な支援が必要な子ども」への楽しみを考える人は少ない。
 そうなるとかがくい氏が演じる人形劇の演目は、関係性や因果関係など情報が複雑になる「物語」よりも、音やリズムが楽しいものを選ぶことになる。音やリズムは、0歳から100歳まで誰でも楽しめる。
 
 複雑にしない。でも楽しいものにしたい。

 かがくい氏の想いは絵にも感じられる。
 クレヨンや色鉛筆といった素朴で懐かしい画材で柔らかく丸っこいキャラクターが描かれる。絵の雰囲気もほのぼのとしていて、いかにも子どもたちを優しく受けとめてきた人柄を感じさせる。丸くて柔らかいものは赤ちゃんが大好きなモチーフだ。それは親からの愛情を感じさせる。

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 ひょ・うーたん先生が一日の仕事を終えるころには、もう夕方だ。
 赤い夕焼けに黒いカラス。遠くのお寺のまろやかな鐘の音。
 さいきん耳かきの腕をあげたかわいい弟子。
 その膝枕でゆったりと耳かきを満喫する。
 ああ、いいきもちだ。
 
 膝を貸し、繊細で丁寧な仕事をしてもらえる。
 耳かきは愛されている姿の象徴なのだ。

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~かがくいひろしのその他の絵本~
『だるまさんが』
おしくら・まんじゅう』
『がまんのケーキ』

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