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春の花火

それがこのうだる暑さのせいかは知らないが、ここ最近は生きることへのモチベーションが下がっている。

仕事のやる気も出なければ、支払いという支払いを滞らせている。そしてそれを真面目にどうこうしようと考える気力も湧かない。

音楽だけは唯一そこそこやる気はある。というかできることなら音楽だけやっていたい。ここ最近は誰かと曲を書いたり、誰かに曲を書いたり、譜面を書いたりしていて、自分が動かなければ他人に迷惑をかけてしまうから、そこだけはしっかりしようとなんとか日々を繋いでいる。

そういえばそんなことを書いた歌詞があったなと、書きながら思い出した。

いつか背負った責任と まとわり続ける義務とが
今の僕をなんとか 急かして動かしているから

リカピチュレディオ「渇望」

(この歌詞を書いたのは17歳のときだが、よくこんな歌詞を書けたもんだと感心すると同時に、僕という人間は10年経ってもなにも変わってないんだなと少し辟易した。)





それ以外のときは、とりあえず体だけ職場に持っていき、人前ではなるべく朗らかに振る舞い、家に帰れば死んだように布団に倒れ込む、そんな毎日だ。

あるときドラッグストアへ買い物に出かけた。飲料を買って外に出ようというとき、入口付近に花火が売っているのを見かけた。

それを横目に駐車場に出て車に乗りこみ、数年ぶりに何となく買ってみたドクターペッパーを飲みながらふと、「最後に花火をしたのはいつだったかな」と考えていた。

寂しいことに、去年は記憶にない。一昨年の夏も記憶にない。さらに遡って考えていると、ふと思い出したことがあった。

2年ほど前のこと、当時バイト先に気になる女の子がいた。その子は大学生だったが、誰より愛嬌があり、仕事もてきぱきとこなし、年上の僕に対しても、年下の新人に対しても気遣いのできるひとだった。それでいて、きちんとした目標をもち学校に通い勉強もしているような堅実さも兼ね備えていた。

その当時僕はバンドとして動き始めたばかりのころで、(今の''リカピチュレディオ''の片仮名表記と違い''RecapituRadio''と英字表記だった時代)バレンタインも近いことから「メンバーにお菓子を作るかどうか」をバイト中その女の子と話していた。

「絶対作った方がいいですよ〜」
というその子の言葉に乗せられ(というか勝手にやる気になり)作ることにした僕は、その機会に乗じてアプローチもすることにした。

「じゃあ作るから良かったら○○さんも貰ってよ」
といわゆる逆チョコを渡すことにしたのだった。

「いいですよ〜」
と了承を得て丹精込めてお菓子を作り(何を作ったかは忘れた)、シフトが被っている時は大抵周りにも人がいるので直接渡すのは難しいと思い、彼女が働いているときに事務所の彼女の荷物にこっそり忍ばせる、という形でお菓子を渡したのだった。

別に渡してそれで終わりでもいいと思っていたのだが、3月に入りある日のシフトを終え帰ろうと事務所を出るとその子が待っていて、

「お返し渡したいんですけどどうすればいいですか?」
と聞いてきた。

どうするもこうするも、渡すだけならただ渡してくれればそれでいいのだが、察した僕は「じゃあ今度飲みにでも行ってそこで渡してよ」と誘って、そこではじめてLINEを交換したのだった。

舞い上がって、気持ちの悪い笑みを浮かべながら帰ったことは覚えている。

そしてその数日後、駅前の魚民に僕らは2人で入った。

席に着くなり彼女は紙袋に入ったクッキーを渡してくれた。(実際何をくれたかはさっぱり覚えていなかったが、スマホを見返してみたらしっかり写真に残していた。載せはしないが。)

曰く、「普段は友達にあげたりもしない」とのことで、バレンタインやホワイトデーにお菓子を作ったのは昔付き合っていた彼氏にあげて以来数年ぶりのことらしく、その事実に僕の心はまた舞い上がった。

ただそんな好調な滑り出しとは裏腹に、飲み会自体はそこそこの盛り上がりで終わった。まっすぐ帰りたくなかった僕は「少し散歩しない?」と誘って、2人で歩き始めた。

コートを羽織ってちょうど過ごしやすいほどの春先の気持ちのいい夜を散歩中、なんの話の流れだったかは忘れたが、「花火って夏じゃなくてどの季節にやっても楽しいよね」と僕が言い、彼女も賛同してくれた。そのときたまたま近くにドンキホーテがあることを思い出した僕らは、即席のささやかな花火大会を2人で開催することにしたのだった。

花火セットとチャッカマンを買って近所のちいさな公園に向かった。色鮮やかな手持ち花火に始まり、線香花火で耐久レースをする、ベタでお決まりな花火をした。楽しかったような気がする。いや、僕がそう思っていただけなのだろう。事実その日以降、僕らは二度と2人で出かけたりはしなかった。バイト先で会っても、何もなかったように互いに振る舞った。

きっと彼女からしたら、僕は「ナシ」だったのだろう。いや、お菓子を作ってくれたまではもしかしたら好意は少し芽吹いていたのかもしれない。2人で会って話してみたら、何か違うと思ったのかもしれない。どうであったかは、今となってはわからないし、どうでもいい。

その後しばらくして、バイト先の別の男と付き合ったらしいことを噂で耳にした。

彼女は目標を叶え就職を決め、今はバイト先にはいない。今となっては僕も何の感情もない。辞めるときも、その年多くいた辞めてく連中のひとり、そのくらいにしか思わなかった。寄せ書きにも当たり障りのないことを書いたような覚えがある。

今年もし花火をするようなことがあれば、その思い出が後で振り返ったとき苦々しく思うものにならないことを、僕は祈っている。

花火をするようなことが、あればだが。

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