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Station boys 3

これは創作大賞2024“漫画原作部門”応募作品の第3話です。
 第1、2話はコチラから↓



 靴磨きの道具を売って電車賃にし、ジローとマモルは川崎に向かった。
 道ゆく人に尋ねながら、ようやくたどり着いたそこには、大きなお屋敷があった。
 中から大勢の子供達の声が聞こえた。
 2人は、恐る恐る大きな門扉を押し開けて中を覗いた。

 「おう!遠慮しないで中に入んな」
 チンピラ風の若い男が笑顔で寄ってきて、扉を開けて2人を招き入れた。
 そして中へ入ると、握り飯と野菜の煮たのを持ってきてくれて、
 「遠慮しないで好きなだけ食え」と言って去って行った。

 呆気にとられたジローとマモルは、一瞬顔を見合わせ、そっと握り飯を手に取り一口食べると、久しぶりの白米の旨さに、がっつくようにして黙々と食べた。
 ケンタの無惨な最期を目にしてから、何日もろくに食べていなかったから、考えるよりも先に手が食べ物を掴んでいた。

 その後、さっきとは違うチンピラ風の男に、風呂に入るように促され、古着だけどちゃんと洗濯された着替えを用意してもらい、他の子供達と一緒に敷かれた布団で寝るように言われた。
 そして布団に入り込むと、あっという間に2人は寝息を立てた。

 死んだように眠った朝。
 まだ寝ぼけているジローは、自分のおかれた状況を把握するのに時間がかかった。

 「おー!ジロー!来たか〜」
 まだボンヤリしたままのジローの元へ、コージが笑いながら寄ってきた。
 「きっと来ると思ったぜ。これからよろしくな」
 コージは、ジローの肩をポンと叩いた。

 それからみんなで朝飯を食べて、他の子供達は自分の物を洗濯し始めたが、ジローとマモルが着ていた服はシラミがすごいから焼き捨てたと言われ、掃除をするように促された。
 その後、コージが言っていた学校のような授業を受けた。
 久しぶりの本。久しぶりの鉛筆を握りしめて、ジローは嬉しそうに勉強に励んだ。
 マモルは退屈そうに鉛筆で指遊びをしていた。

 午後になると、何人かの子供たちはチンピラ風の大人達と出かけ、残った子供達は、スリの授業と普通の授業と選んで受けるようにと言われた。
 ジローは普通の授業を選んだけど、マモルはスリの授業の方へ行ってしまった。

 スリの授業から戻ってきたマモルは、目を輝かせてスリの秘伝の奥義について嬉しそうにジローに聞かせた。
 「すげーよ。すげーよ。一言でスリって言っても、いろんな技があるんだ!
 『ナタ切り 』は、カミソリでバッグを上から真っ二つに裂いて中身を取るんだって。めちゃくちゃ大胆だよな!
 で、『てっぽう 』っていうのは、通行人の右胸にぶつかって、神経がそっちにいっている隙に左胸のポケットに入っている財布を抜き取るんだってさ。
 それから〜『カマナデ 』っていうのは、洋服のポケットをカミソリで横に切って財布を抜くっていう高度な技なんだって」
 嬉しそうに語るマモルの話しを聞きながら、ジローは複雑な思いだった。


 そんな平和な日々が何日か続いたある日の午後、マモルはスリの授業を受けていた少年達と共に、チンピラ風の大人達に連れられて外出をした。
 そして夕方になって帰ってきたマモルの顔は興奮して紅潮していた。
 他の少年達と共に、その日の成果をずっと楽しそうに語り合っていた。

 夕飯の前には必ず、「親父さん」とか「ボス」とか「校長」と、子供達にいろんな呼び方をされているこの家の主人(あるじ)がやってきて、その日成果を上げた子供を前に呼び出しては、笑顔で頭を撫でながら褒め称えた。
 その日、マモルが一番に名前を呼ばれて、「初めてにしては上出来だった」と、「マモルは手先が器用だから才能がある」と、絶賛された。
 学校で先生に褒められた経験のないマモルは、照れながらも誇らしげな顔をしていた。

 それを見ている周りの子供達は、羨ましそうにその光景を見ていた。
 「オレももっと頑張って親父さんに褒められたい」と、そんな風に思っている顔ばかりだった。
 そして、そんな様子を冷めた表情で見ているのは、コージとジローだけだった。
 離れたところでコージはジローの様子を伺っていた。


 次の日、午後になってマモルは、楽しそうに他の少年達と一緒にまた出かけて行った。
 それを複雑な表情で見送るジローの肩を、コージはポンと叩いて言った。
 「オレらも出かけないか?」
 「え?」
 ジローは眉根を寄せてコージを見た。
 「チゲーよ。お前は何も教わってないんだからコレできないだろ」
 コージは右手の人差し指を曲げるスリの表現をしながら言った。
 「オレも最近はやってねぇんだ。そのかわりにやってる事がある」


 ジローがコージに連れて行かれたのは、米軍キャンプだった。
 そこでは、米兵以外に、楽器を手にした大人達や、カラフルに着飾った金髪の女性達が大勢行き交っていた。
 コージはジローを連れ立って楽団員に混じって、すんなりと中に入った。

 そこでジローが目にしたものは、まるで別世界だった。
 陽気な音楽が流れ、美味しそうな匂いがそこかしこからして、そこにいる全ての人間が笑顔だった。
 ボロボロの服を着て、ドブ臭い街をお腹を空かせて彷徨う日々を送ってきたジローにとって、そこはまるで天国だった。
 これが戦勝国か…、ジローは心の中で思った。
 絶句して立ちすくむジローは、コージがそばにいないことにも気づかなかった。

 ステージ上で生演奏が始まり、ジローはようやくそっちに目を向けると、驚いたことに派手な衣装に着替えたコージが、生演奏に合わせて踊っていた。
 「イエーイ!コージ!」と、拍手や歓声が巻き起こる。
 ステージ上で軽やかに踊るコージの姿に、ジローの目は釘付けになった。

 その後、チップやら食べ物をいっぱいもらって、コージはジローの元へ戻ってきた。
 「スゴイ…!いつの間に覚えたの?」
 「兄貴達と物資の横流しのために出入りするようになって、見よう見真似でな」と、コージは屈託のない笑顔を見せた。
 「これが…日本が戦っていたアメリカなんだ…」
 「驚くだろ? こんなに豊かなんだぜ。こんな国に勝てるわけねぇのにな」

 カルチャーショックで呆然としながら帰路についた。
 頭の中で、特攻隊で戦死した兄の言葉がグルグルと巡っていた。
 …真の自由…真の自由…自由のために生きろ…。

 屋敷に戻ると、中の様子がおかしかった。
 でも、子供達は騒がしかったけれど、大人達には別段なんの変化もなかった。
 部屋に入って何事かと聞くと、どうやら今日のスリが失敗して、何人かの子供が警察に捕まったとのことだった。
 ジローはすぐにマモルの姿を探したが、マモルはどこにもいなかった。

 大人達に聞くと、皆「知らねぇな〜」ととぼけるだけだった。
 それでも尚、
 「なんでですか?仲間じゃないんですか?助けに行ってもらえませんか?」と食い下がると、
 「しつけぇな!お前らの代わりなんていくらでもいんだよ!」と足蹴にされた。
 そして倒れこんだジローに向かって言った。
 「偉そうにほざくテメェは、いったいいつまでタダ飯食ってんだ? 恩返しする気もないならとっとと出て行きやがれ!」

 そう怒鳴られたジローは、そのまま屋敷を飛び出した。
 「ジロー!」
 コージは慌ててその後を追った。

 創作大賞2024“漫画原作部門”応募作品の為ここまで。

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