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【SSW19:STORY】さりげない切なさを歌い続ける ・でぐちゆうき

関東近郊のライブハウスを中心に活動しているピアノ弾き語りシンガーソングライター、でぐちゆうき。幼稚園生のころからピアノを習っていた彼は、バンドのギターボーカルとして活動した時代を経て、弾き語りを始めた。その変遷と、アーティストとしての在り方を聞いた。

母の影響を受け、音楽の道へ

東京都出身のでぐちゆうきは、物心ついたときから高校生になるまで約10年間、ピアノを習っていた。「母が音楽好きだったので、『嫌だったらやめればいい』くらいの気軽さで始めさせてもらいました」。

最初はクラシックの教材を中心に学んだが、徐々に、CDが付いている楽譜を持ち込み、聴きながら練習することが増えた。

「先生が『好きな曲をやっていいよ』と言ってくださったので、たとえばビリー・ジョエルとか、色んなジャンルの曲を弾いていました」。

初めてライブハウスへ足を運んだのは、小学校高学年のころだ。

「池袋のサンシャインシティで、シンガーソングライターの東野純直さんが演奏しているのを見た母が、CDを買ってきたんです。それを聞いて、『ライブに行ってみよう』ってなりました」。

ステージで歌う東野氏の姿に、心惹かれた。

「キラキラしてて、カッコいいと思いました。振り返ってみると、あのライブを観たことが、自分のターニングポイントになったかもしれません」。

憧れを心の片隅に秘めたまま、中学生になったでぐちは、家にあったアコースティックギターを弾くようになった。

「母はフォーク世代ということもあり、ギターを趣味にしていました。僕も、簡単なコードを鳴らして遊んだり、練習するようになりました」。

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高校生になると、バンド活動を始めた。

「小学校の同級生と再会して、音楽の話をするうちに、バンドを組むことになりました。僕がギターボーカルで、友達がドラムとベースっていう、3ピースバンドでした」。

THE YELLOW MONKEYやMr.Childrenなど、流行りの邦ロックをコピーして楽しむうちに、作詞作曲に目覚めていく。

「ギターでコードを鳴らしていたら、曲ができてきたんです。自然な流れで、『そろそろオリジナルやってみない?』ってなりました」。

初めて人前でライブをしたのも同じ時期だった。

「子どものころから、当たり前のように、音楽に触れて生きていました。18歳くらいのときには、なんとなく、『ずっと音楽をやっていきたい』と思っていましたね」。

高校を卒業してからは、メンバーの入れ替わりを経験しながらも、バンド活動を継続。大きな転機がやってきたのは、25歳ごろだった。

「とあるオリジナル曲を練習していたとき、『キーボードを入れたら、もっとよくなるんじゃない?』という話になったんです。僕はピアノを弾けるし、じゃあ、やってみようかと」。

すると、明らかに楽曲のクオリティが変わった。

「イメージ通り、お洒落なサウンドに仕上がりました。それからは、曲によってギターとピアノをスイッチするようになりました」。

ほどなくして、バンドのギタリストが脱退する。

「残ったのが僕とベース、ドラムでした。ギターボーカルとしてまた3ピースバンドをやれる気がしないし、やりたくなかったので、ピアノボーカルとして歌うようになりました。30歳ぐらいのころかな」。

だが、メンバーそれぞれに忙しくなり、集まることが難しくなった。

「バンドを解散したわけじゃないけど、休止というか。それでも音楽を続けたかったので、一人で、ピアノ弾き語りをするようになりました」。

ライブでの気づきを糧に、年輪を重ねる

こうして、約7年前から、ピアノ弾き語りシンガーソングライターとして活動を始めたでぐち。現在は、月3~4本、ライブハウスへ出演している。

「都内だったら大塚、あとは埼玉県など関東近郊でライブをしています」。

2020年からは、YouTubeへの動画投稿や、インスタライブなどの配信にも精力的に取り組んでいる。「元々僕は機械音痴だし、SNSで発信するのも苦手でした。でもコロナ禍を機に頑張ってみたら、インスタから僕を知って、ライブに来てくれるようになったお客さんもいました。こういった出逢いで繋がれたことに、喜びを感じています」。

21年10月15日には、大塚Deepaにて、ソロとしては初となるワンマンライブを開催。見事に成功を収めた。

「2部構成にして、最初は一人で弾き語り、後半はバンド編成で演奏しました。合間には、インスタライブの『いつでも歌えバナナ』名義でカバー曲メドレーをやったりして、自分で言うのもおかしいですが、お客様に喜んでいただけたんじゃないかなと思います」。

ワンマンライブをしたことで、新たな気づきがあったと語る。

「音楽活動を始めて20年ほど経ちますが、自分が主体となってライブを企画することはありませんでした。今回のワンマンも、ライブハウスの方にお声がけいただいて、なんとか意を決して、開催した次第です。大変でしたが、自分で考えたイベントで誰かに喜んでもらえるというのは、貴重な経験でした。応援してくれる人に対する恩返しとは、こういうことなのかもしれない、と思いました」。

今後も、積極的にイベントを主催していきたいと考えている。

「ワンマンとは言わなくても、ツーマンとか、スリーマンとか、企画できたらいいですね。昔ながらのお客さんにも『これからのでぐちゆうきは少し違うぞ』と、思ってもらえたら嬉しいです」。

これからも自分のペースで、末永く、音楽を続けていくつもりだ。

「年齢とともに、味が変わってきたりするかもしれません。今、演奏しても説得力のない曲が、何年後かには出来るようになっていたり」。

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彼は、音楽活動を始めてまもないころの思い出を語ってくれた。

「対バンした先輩アーティストから、よく『お前らはカッコつけすぎなんだよ』と言われていました。今、彼らの言っていたことが、すごく分かります。実際、18歳の僕が初めて書いたオリジナル曲は、気取ってました。カッコつけてたし、当時の僕には表現できないことをやろうとしていました」。

実際には体験していない内容を、想像だけで歌っていた。

「でも、今、その曲をアレンジしたら、良い楽曲になる気がします。まさに今の僕がやっていそうな曲なんですよ。あのころ、やりたい音楽をただ真っ直ぐにやってきた結果、今の僕がいる。それが正しかったか、間違っていたかはわからないけど、そういうことなんですよね」と、微笑む。

そんな彼が作る楽曲には、一抹の切なさがつきまとっている。

「音楽にも色々ありますよね。たとえば落ち込んでいる人を『元気出していこうぜ!』って励ます歌は沢山あるし、そういう曲を作るアーティストさんは素敵だなと思います。ただ、僕はそういう性格じゃないし、それは自分の役じゃない気がしています」。

辛いときや、「このままでいいのかな?」と思い悩むとき、そばにいる存在でありたいと考えている。「誰かの背中をさすってあげられる曲を歌えたら、僕のやっていることにも意味があるのかなって思います」。

でぐちの楽曲を心の支えとする人が、きっとこれからも増えていくことだろう。

text:momiji

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