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【R08:WORKS】時代の変わり目を告げる、卒業と覚醒の音色

サックス片手に全国を旅する音楽家、千野哲太(ちの・てった)。彼のソロやユニットでの演奏活動、20年2月に予定している卒業コンサートのプログラムについて訊いた。

(https://www.tunecore.co.jp/artist/TETTA-CHINO)

音大生の演奏活動の変化

19年7月に1st Album『依存苦愛』をリリースした千野。15曲のオリジナル曲を収録したこの一枚は、どんなコンセプトで制作されたのだろうか。

「本当は、EDM(※編集部注:エレクトロニック・ダンス・ミュージック)とバラードと歌と、3枚のアルバムを同時にリリースしたかったんです。ただ、経費もかかるので、絞りました。サックスのバラードのアルバムはごまんと出てますが、EDMってあまりないんですよね。あったとしても、ジャズサックスとして入ってる」と千野は説明する。

「クラシックサックスからEDMにアプローチしてる人っていないんですよ。だから今、僕にしかできないことかな、と。ほぼ完全にクラシックの奏法でやっています。サックスは基本、一度に1つの音しか出せないんですけど、複数の音を同時に鳴らす奏法もあったりして。そういうところもこだわりってます。気付いてもらえたらいいな」。

『依存苦愛』はTuneCore等でダウンロード販売されているほか、幾つかの楽曲はYouTubeで無料視聴できる。ぜひ一度聞いていただきたい。

千野は、ソロ活動だけでなく、ユニット活動にも取り組んでいる。そのうちのひとつが、高校時代の友人を誘い、サックス、トロンボーン、ユーフォニアム、コントラバスの4人で結成したアンサンブル・HiBi Quartet(ひびかる)だ。

17年8月に横浜市と酒田市での演奏ツアーを成功させたことを皮切りに、自主公演を重ねている。「僕が一番好き勝手に演奏できる場ですね」。19年2月には念願の酒田市民会館『希望ホール』大ホールにて演奏会を開催。20年にも複数のイベントでの演奏を予定している。

「藝大生というか音大生の演奏活動として、昔と変わってきていることがあって。僕の学年の一つ上の代までは、毎年、学年全体で外のホールを借りて演奏会をやっていたんです。

だけど僕の代からはそれがなくなって、個人技をやり出す人が増えました。さらに一つ下の代からは、ユニットを組んで活動していることが多いんです。HiBi Quartetは、その流れの先駆けでした。ちょっと休止してましたが、これをやらないのはもったいないなと」。

それは学生たちの意識の変化なのか、社会の変化なのか。おそらくどちらもだろう。

かつて、一般の聴衆が音大生の演奏を聴く機会は少なかったが、近年はライブ配信や動画投稿の場で活躍している音大生も多い。千野自身も17Liverとして活動しており、オススメLiverに選ばれたり、ゲスの極み乙女。の川谷絵音氏が出演する公式番組にて演奏を披露したりしている。

時代の変わり目は、まさに今、ここにあるのかもしれない。

クラシックとポップスの違いと、それぞれのよさ

千野にポップスの音楽の良さを訊くと、「やっぱり一体感が生まれるところかな」と答えてくれた。

「ジャンルっていうのは文法の違いでしかないから、それをどうこうというのは、割と僕的にはナンセンスなことだと思ってるんですけど。たとえばクラシックの現代音楽は敬遠されがちですが、『現代』の感覚には一番近いはずなんです。

ポップスも同じで、『今、生きていること』を一番実感できる。だから一体感が生まれて、スッと入ってくるのが面白いと思います。モーツァルトやベートーベンはクラシックの王道と言われますが、誰も今、彼らの気持ちはわからないですからね」。

卒業記念コンサートの一日目は、彼にとって思い入れのあるプログラムを演奏する。ニコロ・パガニーニ作曲のヴァイオリンコンチェルト第1番はその一つだ。18年7月、藝大フィルハーモニー管弦楽団とともに、ソプラノ・サックスとして世界初演を行った楽曲である。

「パガニーニ(※編集部注:1840年没の音楽家。サックスの発明は40年代であり、46年にパリで特許を取得している)は、全然サックスを知らないんですよ。でも、クラシックサックスをやる人が、当時の音楽を勉強しないわけにはいかないでしょう」と千野は言う。

「分かりやすい喩えにするなら、モーツァルトを知らずにクラシックを知ってるって言えますか?ビートルズを知らずにロックバンドやってたら、ヤバいでしょ?」。

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千野はかつて、夢や目標を次のように綴っている。

『お客さんに楽しんでもらって音楽界を盛り上げたい』『日常での音楽の優先順位をあげて、日本も国がお金を出してくれたり、もっと国を挙げて音楽を支援してくれるような社会を作りたい』。

サックスの超絶技巧を駆使し、ヴァイオリンの難曲であるパガニーニの楽曲に挑戦したのも、話題性を重視しながら、彼なりにクラシック音楽と向き合った結果である。

「サックスって実はクラシックのために作られた楽器で、オーケストラに入ることを目指していたんですよ。クラシックサックスをやる上で、バッハやモーツァルトのころから勉強していくべきだよなぁといつも思っています」。

さらにもう一曲、語らないわけにはいかない楽曲がある。アルフレッド・デザンクロによるサックスとピアノのための作品『Prelude Cadence et Finale』。ジュニア・サックスコンクールで優勝した時や、藝大へ受験した時など、千野の人生の節目節目で演奏してきた一曲だ。

「高校生の時はバカテクなんですよね、指も回るし。でも、今の方が絶対『響く音楽』ができてます。正統派クラシックをやりたかったけど、壁に当たって辞めて、『じゃあ自分は何をしたらいいか』を色々考えて。そういうのが自ずと演奏に反映してきたのかなと、最近思っています」。

サックスと出逢ってから約10年。演奏者として着実に成長してきた。

「自分がやりたいことをやりたい。だけどお客さんが求めてることを、自分が納得してできるようになれば、そこは落とし所だと思ってて。僕の恩師が言っていたことでもあって、座右の銘になってます」。

学生から社会人へ、新たなステージに歩を進めようとしている今、どんな音を聴かせてくれるのだろう。実に楽しみだ。

取材の最後に、「サックスの一番好きなところはどこですか?」と訊いてみた。

「まず形がセクシーですよね。持っているだけで『かっこいい』と言ってもらえて、話題のきっかけになるところが好きです」と冗談を交えながら話した後、「色んなジャンルにフィットできるところがいいですね。そういう意味では、僕と似ている楽器なのかなと」。

もしも彼の相棒がエレクトーンであれば、これほど軽やかに各地を旅することはできなかったかもしれない。サックス片手に世界を旅する、どこまでも自由な音楽家。千野哲太のさらなる活躍に期待したい。

text:Tsubasa Suzuki,Momiji edit:Momiji

INFORMATION

2020.02.23(Sun) open 18:45 / start 19:15
千野哲太記念サクソフォーンリサイタル2Days
「卒業」

[会場] 旭区民文化センターサンハート音楽ホール
[料金] 一般¥3,000/学生¥1,000(当日¥500増)
[プログラム]
 Desenclos/Prelude,Cadence et Final
 吉松隆/Fuzzy Bird Sonata
 Paganini/Violin Concerto no.1 D dur

2020.02.24(Mon) open 18:45 / start 19:15
千野哲太記念サクソフォーンリサイタル2Days
「覚醒」

[会場] 旭区民文化センターサンハート音楽ホール
[料金] 一般¥3,000/学生¥1,000(当日¥500増)

(https://www.tunecore.co.jp/artist/TETTA-CHINO)

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