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【R26:WORKS】モテる音楽を追求し、即興性を愛する  ライブに生きるミュージシャンの在り方

東京都を中心に演奏活動をしているディミトリ・ワイル。「モテたくてピアノを弾き始め」たと言い切る彼は、プロのミュージシャンに混じって腕を磨き、現在はビジネスマンとしても働いている。彼なりの音楽との向き合い方とは。

音楽はモテの源泉

ワイルの活動の軸は、ピアニストとして現場で演奏することだ。

「昔は作曲などもしていましたが、やめました。自分が歌をやっていたら、もう少し真剣に取り組んだかもしれません。でも、自分の声が好きじゃないし、歌でモテるっていうのは、何か違うんですよね」。

モテるための音楽については、彼なりの美学がある。

「歌っちゃうと、聴いている人は『あの人のラブソングって私のことかな?』と思うでしょう。言葉だから、はっきりと意味が伝わってしまう。でも、それって、詐欺じゃないですか。

『付き合おう』って告白されたから付き合ったのに、ねんごろになってから『あれは嘘だった』って言われるようなものでしょ。刺されても文句言えませんよ。僕はそういうやり方は嫌いなんです」と、彼は主張する。

「ピアノは、相手に何かを語りかけるけど、明言は避けているんですよね。言葉じゃなくて、純粋に『素敵ですね』とか『良い雰囲気ですよね』みたいな。ふんわりと伝えるだけで、うまくいけば、相手も雰囲気だけでその気になってくれたりする。その、野暮な明言の無い奥ゆかしさがいいんです」。

その無責任さは、歌い手よりもズルいのではないのかと編者は思うが、きっと価値観の問題だろう。

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ちなみに彼は、ピアノ以外にも、ギターとベースも演奏する。

「やっぱり、モテにはメロディとハーモニーが必要なんですよ。メロディはメッセージそのもので、和声はそれを支えて演出します。ドラムはちょっと触ってみたけど、そういう意味でモテないと思ったのでやめました」。

単音やリズムだけでは、文脈を失ってしまうと語る。

「単音には意味が持たせられないですが、メロディは、和声を仄めかします。悲しいのか、嬉しいのか、複雑でセクシーなのかっていう表情があって、モテに繋がる訳です。だからドラムはモテるのが大変だし、ベーシストはむっつりですね。ベースはボトムノートだから、最も基本的な和声を示唆する役割で、見えないところで全体を支配して、裏でモテてる。

合コンで一番端に座っていたくせに、3日後にこっそり女性と連絡を取りあって仲良くなってる感じです」。

分かるようで分からない理屈だが、その独自の感性が、彼の演奏を魅力的にしているのだろう。

好きな音はありますか?と訊ねると、「いわゆるドミナント・コードですね」と答えてくれた。

「Cのkeyなら、G。次に必ず何かが起きるコードなんです。ある意味では最も不安定で、曲の終わりには使えません。曲の始まりや、先の展開を示唆してくれます」。

たとえばライブの現場で、ボーカリストがMCをしているときは、ドミナント・コードを中心に展開しながら「準備OK、いつでも曲に入れますよ」という顔をしている。

「極力シンプル過ぎるコードは使わないように、話の流れや、お客さんの雰囲気を見ながら弾いていますね。ジャズっぽく、ブルースっぽく、ゴスペルっぽくなど、引き出しは多い方だと自負しています。あと、そこそこ喋れるので、場を繋ぐ必要があるときはお任せください」。

多様なジャンルの演奏を楽しみたいアーティストは、彼に仕事を依頼してみてはいかがだろうか。

ライブミュージックの魅力

コロナ禍でリアルな現場でのライブが減っている昨今は、家でピアノを弾く時間が増えたと語るワイル。どんな練習を行っているのだろうか。

「主に、音楽の構造理解と、実践のリハーサルをしています。メカニカルな部分は、これらを十分にやれば、ある程度はついてくると思っています」。

構造理解は、コード理論の確認に近い。

「色んなボイシングを、全部のキーでやってみるとか。あらゆる局面から『この音はここに繋がりたくなるのね』って確かめていきます」。

実践では、自分の音楽的な引き出しを増やすことを意識している。

「好きなミュージシャンのライブや、YouTubeなどで聞いたカッコいいフレーズを耳コピして、全キーで弾けるようにしておきます。自分のようなミュージシャンは、手数が勝負なので」。

コロナ禍をきっかけに、TwitterとInstagramを始めてみたが、あまり活用できていない。

「食べ物とか、風景とか、柴犬のリツイートとか、日常系の投稿ばっかりですね。音楽じゃなくなってます」。

彼は、現在のSNSやYouTubeで流行っている音楽を「作品としてしっかり準備されたものだ」と分析する。

「受動的な消費者には、整理されたコンテンツが分かりやすくてウケると思います。冒頭でハイライトを流して、テロップや効果音で『ここが笑いどころ』『ここが泣き所』と明示されている方が、分かりやすい。現在のバーチャル世界では、『いかに整理されているか』が重要で、そうしたコンテンツを作るには、相当なリソースの投入が必要になります」。

バーチャル世界では、まだ、ライブミュージックの真の魅力を堪能することは難しいと感じている。

「匂いや熱気、振動はもちろん、現在の技術では伝えきれないものがたくさんあります。オキュラスみたいなVRゴーグルをつけたって、コンテンツが能動的か受動的かっていう違いを乗り越えるには、時間がかかるんじゃないかなあと思います」。

ワイルは、突発的な出来事こそ、その場にいる人をやみつきにさせると信じてやまない。

「音楽だけじゃなくて、ダンスも手品も大道芸も、ミュージカルや演劇も、飲食店も同じだと思います。生々しい臨場感のある、生身で体験する場でしか生まれない感情が、間違いなくあるはずです」。

その思いは、「高いレベルの音楽をする」という理想にも繋がっている。

「使い古されたフレーズを、使い古された場所で使うのも悪くありません。でも、一番カッコいいのは、必然性と斬新性が同時にある状態です。『こんなフレーズ聞いたことないけど、絶対ここに必要だ』って演奏を、追い求めていきたいですね」。

『斬新さ』は、受け取り手によって変わる概念であることも重要だ。

「生まれて初めて音楽を聴く子どもは、何を聴いても新鮮に感じますよね。スタンダードなクラシックでも、ジャズでも、ポップスでも。一方で、何年も色々な音楽を聴き続けて、すっかり耳の肥えた人には、それらは聴き飽きたものとなります」。

人によって、『良い』と感じる音楽は違う。

「最近、子どもが家に遊びに来ることがあって、アンパンマンマーチなどを弾くのですが、ちょっと崩しただけで、興味をなくしちゃうんですよね。テンション・コードなんて、絶対に弾けません」。

そこに合わせるのもプロの仕事だと、ワイルは語る。

「音楽はもちろん、料理でも文学でも、人間の文化的な営みをきわめていけば、同じところに辿り着く気がします。自分がどこまでいけるかは別として、そういう心持ちで、上を目指していきたいですね。そのときそのときに、何を大事にして、誰に届けるのかっていう軸があればいいと思っています」。

今、会場にいるのは、どんなお客さんなのか。10代の学生が多いのか、70代の音楽好きばかりなのか。聴く人に合わせて演奏し、対話を重ね、みんなで高いレベルの音楽を目指していく。

彼の愛するライブミュージックを、多くの人に体感してほしい。

text:momiji

Information

2022.10.02(Sat) Open 10:00 Start 11:30
雑食!!音楽好きのためのセッション

[会場] 東中野ALT_SPEAKER(東京都中野区東中野1-25-101F)
[料金] 観覧者¥1,100(+1D)  観覧者¥1,650(+1D)
[配信] ¥1,100(購入はこちら)

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