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忘れられない恋をしていた

来月で、今の恋人と付き合い始めて1年になる。
そして私には、かつてその三倍くらいの長さを恋人として共に過ごした人がいた。
ただそれだけのことなのに、元彼との思い出の数々は今もずっと心の奥底に居座り続けている。
好きじゃなくなっても、記憶が薄れても、きっと私にとって、いつまでもあの人は特別なのだ。

それほど好きだった。
別れたあともそれなりの間、羽ばたき方を忘れてしまうくらい。もう飛び立てないとさえ思ってしまったくらいに。

そんな“あの人”の話を、今回は少しだけ残しておこう。


もともとあの人と私は、必要なときにたまに言葉を交わすくらいのただの同級生だった、はず。普通に話すようになったのは、明確にいつからだったのかは覚えていない。
忘れているということは、それくらい昔のことなんだろう。

中学から高校までの学生時代の恋の思い出は、ほとんどすべてあの人のことだ。
それくらい追いかけて、想いつづけて、そばにいた。加えて人生で一番楽しい時に一緒にいたものだから、記憶に残り続けるのも仕方がないことかもしれない。


先に好きになったのは私の方だった。

ほかの男子よりもちょっとだけ話しやすくて、ちょっとだけ安心する人。
そんなふうに思っていたあの人と、席替えでたまたま前後の席になって、好きになるのに時間はかからなかった。
一日中あの人の背中を眺めていた。

あの人の後ろの席になってから、毎日1回は話をした。
テストの点数を競ったり、先生たちの面白い話をしたり。他のことも、たくさん話した。
私がいないとき掃除の時間に机を下げてくれたことを知った時は、ありがとうねと精一杯かわいくお礼を言った。
数々の私からのささやかなアピールは、あの頃、あの人には届いていただろうか。

プリントを回すとき、わざとフェイントをかけて意地悪されたこと。
肩をたたいて、人差し指でほっぺをぷすっとするいたずらでやり返したこと。
放課後、あの人が後ろ向きに座って、私の机で二人で勉強したこと。
それらのことを、離れた席から友達が見守っていたこと。
背中をとんとんすれば、いつでも振り向いてくれたことも。
昨日のことのように覚えている。
どれも楽しくてくすぐったい、大切な思い出だ。

秋になり、次の席替えが近付くある日のこと。
夕方のホームルームが終わったあと、私は机に突っ伏した。
もうすぐ彼の後ろじゃなくなってしまうのが残念で仕方なかった。
帰る準備を終えて席を立ち始める、クラスメイトたちの談笑や椅子を引く音に混ざって、前からあの人の声が聞こえた。

「寝てる?」

さっきまでホームルームだったのにそんなすぐ寝られるわけないでしょと思いながら、黙って頭を起こすと、あの人の顔が思ったよりすぐそばにあって固まった。
私があの人を見上げて、あの人は私を覗き込もうとしていた格好で、目が合っている。

あの人の瞳の中に私の姿を見つけた時、全身が火照るような熱に襲われた。
緊張で一瞬息が詰まり、でも嫌じゃなかったから、動揺を見せないようにそのままの距離で「そんなわけないでしょー」と応えた。
胸の音がうるさくて、その時うまく笑えていたかはわからない。

もっと驚いたことに、あの人のほうも特に慌てて距離をとるようなことをしなかった。
さすがに耐えきれなくて視線をそらした私を見つめて、「それもそうか」と笑った。

──この人もひょっとしたら私のことを?なんて、初めて淡い期待が生まれた瞬間だった。


少しだけのつもりだったのに思ったより長くなりそうなので、元彼への片想い時代の話はいったんここまで。
その後についてはまた今度書こう。

運命の人は2人いると言うけれど、私にとって間違いなくあの人が1人目だったと思う。
あの人は別れの辛さを教えてくれた。
だから。
2人目の、永遠の愛を教えてくれる運命の人は。
もうあの人ではないということだけが、残念ながらはっきりしている。
戻れないということは、わかっている。

あの頃のいろいろを思い出せばやっぱり少し切ないけれど、私は今もなんだかんだ楽しい。
前を向いて生きている。
あなたのおかげで。
それくらいには、強くなれたよ。

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