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[連載小説] 満月の森 #5 山の暮らしの物語 父さんと入る五右衛門風呂

昭和31年 冬 5才

台所の裏木戸を開けると きゃっ きゃっというゆきちゃんの笑い声がした。
「ほれ〜 お猿さんが追いかけてくるぞ」
「クラゲさん 逃げなあかんよぉ」
「ぶく ぶく ぶく 〜 クラゲは海に潜ってしもうた」

井戸のそばに据えた大きな五右衛門風呂の湯気の中は、さっき読んでいた絵本のお話でにぎやかだった。父さんは、ぬらした日本手ぬぐいに息を吹き込んでぷくっとふくらませクラゲを熱演している。ゆきちゃんは大はしゃぎだ。

薄暗い石油ランプの灯る中、風呂釜の下では薪があかあかと燃えている。漬物だるや畑で使うクワが並んだ土間の一角に、五右衛門風呂がでんと座っているのだ。そばに置いた大きな切り株を踏み台にして、よっこらしょと風呂釜に入るだけで、風呂場なんて気の利いたものではない。

おんぼろの屋根はあるが所々に穴が開いているし、囲いがない。吹きさらしだから、あたりには粉雪がちらちら舞っている。

今が一番寒い季節だ。だけど、ちょうどこの頃に生まれたゆきちゃんは、へっちゃらだった。お湯が熱くなったのか、そばの谷川から引き込んでいる冷たい水をゴクッと飲むと、まだまだ遊び足りない顔をしている。

「もう いい加減に出えよ」

薪をもう一本くべて、片隅の樽から白菜の漬け物を出しながら、母さんが言った。父さんと ゆきちゃんはちょっと首をすくめた。

「ほれ もうお終い 母ちゃんに怒られるぞ、ちゃんと温もれ」
父さんは、ゆきちゃんを肩までお湯に押し込む。

しばらくすると、漬物を片付けた母さんが、薄っぺらい日本手ぬぐいを手に迎えに来た。

村のどの家にもバスタオルどころかタオルさえないので、これが精一杯だ。
五右衛門風呂は大きくて、子猿みたいなゆきちゃんはまだ一人ではうまく出られない。父さんがひょいと抱き上げて、母さんに渡す。

ほかほかと湯気の立っているゆきちゃんは、母さんに抱っこされて一足先にお家に入って行った。


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